◆第六話『悪魔の祝祭』
「……レイゾンさん」
「ああ、立ち向かおう。もうこれ以上、彼の好きにさせるわけにはいかない」
レイゾンは島の仲間たちと頷き合った。
クラーラに促されるがまま始めた議論は、司祭コズノワに抗う方向で固まった。もとよりいつ爆発してもおかしくなかったところだ。
ここで冷静に対応させてもらったと考えれば、《雷帝のクラーラ》との接触はいい機会だったのかもしれない。
「みなさん、まだここにいたのですか」
店の扉が開けられたかと思うや、入ってきたのはコズノワだった。あまりに予想外な登場とあって全員が揃って目を見開いてしまう。
「し、司祭様……どうしてここに」
「みなさんが遅いので様子を見にきたのです」
コズノワが夜に外を出歩くことは珍しい。
ゆえに、来ないだろうと勝手に思い込んでしまっていた。
抗うと決めたが、まだ心構えはできていない。
完全に虚を突かれた格好だ。
コズノワが店内を見回しはじめる。
「それで例の彼女はどこにいるのですか? もしやわたくしのために趣向を凝らしてくれたのですか? ……なかなかあなた方もわかってきたではないですか」
表情こそ崩していないものの、言葉の端々から凄まじい怖気を感じられた。やはりこの男は人間ではない。悪の権化そのものだ。愛する者たちのためにも、これ以上は従うべきではない。
「司祭様、もうやめにしましょう」
「……なにを言っているのですか?」
淡々とした声とともに、コズノワの腫れぼったいまぶたが持ち上げられた。うっすらと覗いた目からは、たしかな怒りが放たれている。
長く彼の言いなりになってきたからか。
あるいは聖王国という大きなものが後ろに控えているからか。
たったそれだけの威圧で息が詰まりそうだった。
だが、クラーラを前にしたときに比べればマシだった。
レイゾンは喉の奥から押し出すようにして言葉を放つ。
「あなたが神の祝福と謳って島の女たちにおこなっていることです」
ついに言えた。
凄まじい安堵感が押し寄せてくる。
ただ、すぐに緊張を解くわけにはいかなかった。
コズノワが呆れたように大きなため息をついたのち、店内に集まった島の男たちを睥睨しはじめる。
「なにを吹き込まれたのかは知りませんが、あなた方はそれでいいのですか? 聖王国に逆らうということが、どういうことなのかを理解しているのですか?」
「勘違いしないでいただきたい。我々は聖王国と敵対するつもりはない。……あなたの非道は聖王国も認めるところではない。きっと巡礼島の聖騎士様もお咎めになるはずだ」
一度踏みだしたからか、すぐさま反論できた。
ただ、告発すると言われたにもかかわらず、コズノワに焦った様子はなかった。そればかりか余裕すら感じられる。
「そちらこそ、なにか勘違いしているようですが……巡礼島は来ませんよ」
「なにを言って……明日に来るはずじゃ」
「ダナガを停めるための嘘に決まってるじゃないですか。そもそも、そんな都合よくくるはずがないでしょう」
愉快な人たちですね、と嘲笑するコズノワ。
仲間の1人が「どうしてそんな嘘を」と口にする。
「もちろん決まっているでしょう。あの女性に祝福を与えるためですよ。テムザスの女たちとは違い、髪も肌も美しく……なにより肉付きがすばらしい。彼女こそ祝福を受けるに相応しい女性だ」
やはりコズノワの表情は大きく崩れない。
だが、恍惚にまみれていることだけはありありと伝わってきた。
これまで食い物にされてきた女性を貶めるような言い分をされ、怒りをあらわにする仲間たち。だが、コズノワは意に介した様子もなく続ける。
「だというのに、あなたたちときたら……これを埋め合わせるには多くの女性が必要です。さあ、みなさん。いまから急いで教会に女たちを集めなさい。祝祭を開きますよ」
「……言っただろう。もうわたしたちはあなたに従うつもりはないと」
仲間たちも声をあげて援護、コズノワを批難しはじめる。店内は完全にコズノワ1人対島の男たちといった構図ができあがっていた。にもかかわらず、やはりコズノワに動じた様子はない。
「しかたありません。少々手間ではありますが、わたくしが自ら足を運んで祝福するとしましょうか」
「レイゾンさんの話を聞いてたのか? 行かせるわけないだろっ」
歩きだしたコズノワの行く手を仲間の1人が塞いだ。
コズノワの皺まみれの額が男の胸に触れた、瞬間。
「あぁっ、あああああ……っ!」
コズノワが頭を押さえて倒れた。
さらに転がりながら大げさに痛がりだす。
「ちょ、ちょっと当たっただけだろっ」
「な、なんだこいつ……っ」
仲間たちが困惑する中、コズノワが動きを止めた。
うずくまったまま、薄く開いた目を向けてくる。
「これは聖王国への敵対行為とみなすしかありません」
「横暴にもほどがある……っ」
「こんな奴の言うこと、聖王国の人間だって信じるわけが――」
「信じますよ。わたくしはそれだけの信頼を得て司祭となっているのですから」
きっとコズノワは確信しているのだ。
仮に聖王国の者がテムザスに来たとしても咎められることはない、と。
「ですが、わたくしは慈悲深い人間です。あなたがたに罪を償う機会を与えて差し上げましょう」
コズノワがゆっくりと立ち上がったのち、ぐわっと目を見開いた。
「さあ、早く女たちを教会に連れてくるのです。さもなければ……わたくしの祝福が溢れてしまいます」
店内にこだまする下卑た笑い。
いまほど理解したことはなかった。
自分たちが庇護を受けていたのは決して神の使いではない。
ただの悪魔だ。




