◆第五話『テムザスの今後』
「――飲んだ」
レイゾンは店内の様子を仲間とともに陰から窺っていた。
視界の中では、クラーラがグラスの縁に口をつけているところだ。あの中には睡眠薬入りの酒が入っている。飲めば、たちまち眠気に襲われ、起きてはいられなくなる。
息を呑みながら、レイゾンは自身の胸を押さえた。
先ほどからずっと心臓がばくばくとうるさく鳴りつづけているのだ。
相手はあの《雷帝》。
腕や脚をもがれても動きつづける。
大量の血を流しても動きつづける。
そんな色々な逸話のある男だ。
睡眠薬程度、効かないのではと思っていたが……どうやら杞憂だったようだ。
片手で頭を押さえたかと思うや、クラーラが机に突っ伏した。傍らでは、クァーナと呼ばれていた女が慌てて席を立ち、彼のもとに駆け寄っている。
隣にいた仲間の1人から声をかけられる。
「レイゾンさんっ」
「ああ、みんな行くぞっ」
レイゾンは仲間たちに合図を送り、店内へと乗り込む。
協力者は店外に5人と店内に28人。
女1人を相手にするには、あまりに多い数だが、あの《雷帝》とともに帝国を相手どっている者だ。油断するわけにはいかなかった。
「すまない。我々と一緒に来てもらう」
クァーナを包囲しつつ、風銃を向けた。
彼女はいまだクラーラの身を案じるように俯いている。
「大人しくしてくれれば悪いようにはしない」
「……あなたたちはしなくても、司祭にはされるんでしょ?」
こちらの警告に、クァーナが淡々と返してきた。
「どうしてそのことを……!?」
「30人ぐらいかな? ん~、ちょっと少なすぎたかもね。といっても、何人いたところで変わらなかっただろうけど」
クァーナが周囲を見回したのち、呑気に言った。
いまも風銃を突きつけられているとは、とても思えない落ちつきぶりだ。ただ、その余裕ぶりにもすぐに納得がいった。
窓の外から風銃を向けている者たちがいた。
全員で10人程度。島の男たちでないことからして、クラーラの仲間だろう。
こちらの動きを完全に読まれていた形だ。
ただ、相手の数はこちらよりも少ない。
戦うかいなか。
逡巡をはじめた、そのとき。
「あ、抵抗するのはおすすめしないかな。ゼノも寝たフリしてるだけだから。……演技、上手かったよ」
「……できれば2度としたくないな」
クァーナに声をかけられ、むくりと体を起こすクラーラ。その姿からは、眠気に耐えたといった様子もない。おそらく飲んだフリをしていたのだろう。
「どうする、レイゾンさん!?」
「や、やるか……!?」
仲間たちから次なる対応への催促がかかる。
クラーラが加わっても、まだ数の上では勝っているが……。
「……いや、やめよう」
レイゾンは武器を降ろした。
クラーラの戦闘を間近で見たわけではない。
ただ、こうして対峙することでわかったことがある。
彼には絶対に勝てない、と。
体だけでなく心までもが警告を鳴らしていた。
「懸命な判断だ」
クラーラがどこかほっとしたような顔を見せた。
かと思うや、対面の席に座るよう目で促してくる。
「それじゃ話を聴かせてもらうぜ。どうしてこんなことをしたのか、な」
◆◇◆◇◆
「大体、予想どおりか」
「まさか本当にしてたとはね~……」
ゼノは傍らに立つ、クァーナととともに嘆息した。
対面の席には、レイゾンがうな垂れた状態で座っている。
話を纏めれば、実際に司祭のコズノワは気に入った女性の身を我が物にしていた。そして島の者たちは聖王国の庇護を受けている身とあって従うしかなかったという。
「……いつから気づいていたのでしょうか」
「違和感は最初からあった。島に女がいないことや、司祭から垣間見える下衆な一面。とはいえ、確信にいたったのは島の子どもたちから、お前らを助けてくれって頼まれたときだな」
「そう、ですか。子どもたちが……」
司祭の対応に追われ、子どもにまで気を回せなかったのだろう。
「でも、どうしてあたしだったの? 正直、可愛さならシャラちゃんのほうが上だと思うんだけど」
クァーナが心底疑問だとばかりに問いかけた。
レイゾンが「その……」と言いよどんだ。
そんな彼を見かねてか、ほかの男たちが答える。
「司祭様は、とくに色香の強い者を好んでいるんだ」
「中でも胸の大きな女性には目がなくて……」
男たちの視線はクァーナの胸に向いていた。
ダナガの者たちとは違ってそこにいやらしさはなかったが、抵抗はあったようだ。クァーナがわずかに恥ずかしそうにしながら、腕で胸を隠した。
たしかにクァーナの胸は大きいほうだ。
とはいえ、シャラの胸も小さなほうではない。
一般的といっていいほどには膨らみがある。
つまり、司祭の好みは〝とくに胸の大きな女〟ということだ。
「……クラーラ様、どうか我々を助けてください。いえ、どうかテムザスをあなたの島に加えてください……!」
突然、レイゾンががばっと頭を下げた。
彼の独断だろう。ほかの男たちは困惑していた。
ただ、反対意見はないようだ。
全員が懇願するような目を向けてくる。
予想していた事態だった。
ゆえに答えも決まっている。
「悪いが、無理だ」
「ど、どうしてですか!?」
「はっきりと言わせてもらうが……俺たちは帝国と争ってる最中だ。聖王国にまで目をつけられるのは避けたい」
期待させることだけはしたくなかった。
ただ、こちらの配慮が伝わるはずもなく――。
返ってきたのは、絶望やら恨みやら様々な負の感情が混ざった目だった。
「薄情者だと罵りたいならいくらでもしろ。だが、俺は意見を変えるつもりはない。お前たちとは違って、俺は仲間がなによりも大事だからな」
その言葉に嬉しそうに顔を綻ばせるクァーナ。ほかの仲間たちも同じような反応をみせたが、シギだけは「雷帝……っ」といまにも昇天しそうなほど感じ入っていた。
とにもかくにも、あえてレイゾンたちを煽ってみたが、反応は予想以上だった。誰もが怒りをあらわにしながら睨みつけてくる。
「わ、わたしたちだって帝国の脅威がなければコズノワに従うつもりはっ」
「一度でも自分たちで立ち向かったのか?」
「そ、それは……」
愛する者たちをとられているのだ。
もちろんある程度は抵抗したこともあるのだろう。
ただ、それが本気であればいまの事態を招かなかったのではないか。相手は力でものをいわせる帝国ではない。徹底的に抵抗することで道がひらける可能性は高い。
「明日には巡礼島が来るんだろ。あのコズノワよりも立場が上の聖騎士もいるはずだ。そこで告発すればいい」
それだけを言い残し、ゼノは仲間たちを連れて店をあとにした。
上手くいくかどうかなんてわからない。
煽るだけ煽って放置なんて無責任もいいところだろう。
しかし、彼らがいまの状況に納得していないことはたしかだ。
振り返った先、店内ではいまだレイゾンたちが深刻な顔で下向いていた。ただ、口元は動いている。
いまを受け入れるか、あるいは抗うのか。
どのような決断にいたるかはわからないが、いま再び議論することにしたのだろう。
こちらができることはもうない。
あとは彼ら次第だ。




