◆第四話『束の間の休息』
陽が落ちるとともに、営業を終える多くの露店。
代わりとばかりに建物内の店が橙色の光を漏らし、主張をはじめる。賑わいを見せていた通りは、瞬く間に落ちついた空間へと変貌していた。
「にしても強引だったな。べつに囮のときじゃなくてもよかっただろ」
「だってこうでもしないとなかなか2人きりになれないでしょ。いっつもシャラちゃんと一緒だし」
先ほどクァーナと合流したところだった。
いまはテムザス島の発着場から続く通りを歩いているところだ。
島にはほかにもまだ仲間たちの姿がちらほらと見える。知った顔であれば、すれ違うたび、軽く手を上げたり目線を合わせたりと雑に挨拶を交わしている。
「恋人っていうの、嘘なんでしょ?」
唐突にクァーナが訊いてきた。
シャラと恋人である、とダナガの仲間たちに公言した。そのことは、あとから仲間になった者たちにも伝わっている。いまや周知の情報だ。ただ、クァーナはその情報を素直に受け入れてはくれなかったらしい。
「……気づいてたのか」
「気づくもなにもバレバレ。大方、ダナガの猛獣たちから守るためってところかな」
言って、得意気な顔を向けてくるクァーナ。
まさしくそのとおりだったため、小さなため息で応じた。
「ね、シャラちゃんのこと好きなの?」
「……愛情があるのは事実だ」
「その言い方だと恋人としてではないよね。妹みたいなものかな? 2人を見ててもそんな感じがするし……うん、それがすっきりするかも」
女の勘というやつなのか。
あるいはクァーナ自身の推察か。
いずれにせよ、的外れではなかった。
いまやシャラを家族のように感じているのは事実だ。
「昔、一緒に戦ってた翼竜人の妹なんでしょ、シャラちゃん。やっぱり似てるの?」
「……ああ。あいつのほうが髪は短かったし、背も少し低かったが……ほかはよく似ている」
銀色の髪や青い瞳。白い肌。
なにより似ているのは空気感だ。
いつ消えてもおかしくないといったような、儚さを強く感じる。
「その人のこと、好きだったの?」
好奇心に満ちた目とともに訊いてくるクァーナ。
ただ、すぐにはっとなってばつの悪い顔をみせた。
「ごめん……ちょっとぐいぐい行き過ぎた。話したくないよね」
「いや、べつにいい」
再び立ち上がると決めたときから、もう振り切れている。もちろん、感情を――後悔を忘れたというわけではない。ただ、過去に向き合えるようになっただけだ。
「……そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」
「すごく曖昧ね」
「あの頃の俺は、ただ帝国を潰すことだけを考えていた。……ほかのことを考える余裕がなかったんだ」
最初、彼女――ソフィアを帝国に対抗するための道具として見ていたのは事実だ。その心情は、彼女と幾度も空を飛ぶようになったことで変わっていった。失うことで心が壊れるほどには、彼女を人として見られるようになっていた。
クァーナがにこりと微笑みつつ、顔を覗き込んでくる。
「いまは余裕がないって感じはしないかも」
「もう2回目だ。歳もとった。色んなものを落ちついて見られるぐらいに余裕はできた」
いまの自分なら――。
そう頭が過去を振り返ろうとしたときだった。
「じゃ、その余裕をいまはあたしに注いでほしいかな」
言いながら、クァーナが前に躍り出てきた。
体を少し前に倒すと、上目遣いとともに悪戯っ子のような笑みを向けてくる。
「こんな機会なんて滅多にないし、今日はたくさん楽しませてもらうからね」
◆◆◆◆◆
しばらくテムザス島の店を堪能したのち、領主のレイゾンにすすめられた飲食店を訪れた。
大通りの店は多くが木造だったが、ここは石造りだ。
ただ、店内に冷たい感じはなく、むしろ温かい空気感が作られている。きっとそこかしこに置かれていた観葉植物のおかげだろう。
4人用のテーブル席が全部で10程度。
カウンター席も10程度がずらりと並んでいる。
相応に大きく、また席同士の間隔もゆったりとしている。
「なんか意外と普通だね」
「シギの部隊員も入れてあるが、ほかは全員が領主の手先だと考えていいだろう」
現在、店内にいるのは店員も含めれば約55人といったところか。うち、潜ませたシギの部隊員が5人。いかに領主が警戒して投入してきたかが見て取れる。
1人の店員が歩み寄ってきた。
「お待ちしておりました、クラーラ様。料理に関してですが、レイゾン様から特別なコースをご用意するよう仰せつかっているのですが、そちらでかまわないでしょうか」
「それで頼む」
「かしこまりました」
店員が去ったのを機に、ふいにクァーナが大きなため息をついた。
「わかってはいたけど、これって囮なんだよね。食事まで楽しみたかったなあ」
「だったら、また楽しめばいい」
「付き合ってくれるの? もちろん2人きり」
「帝国が邪魔しなければな」
「なんか明日からちょっと頑張れそうかも」
うな垂れていたクァーナが再び顔を明るくした。
立ち直りが早くてなによりだ。
「でも、こんなにのんびりほかの島を観光できるなんて思わなかった」
「いまの俺たちを潰すには13輝将が最低でも4人は必要になったからな」
「帝国も迂闊には手を出せなくなった、か。うん、この調子なら本当に近いうちにでも〝あの人〟とも合流できるかも」
またクァーナの口から〝あの人〟が出てきた。
「やっぱりまだ話してはもらえないか」
「信頼してないわけじゃないからね。ただ、どこで知られるかもわからないから」
「わかってる。にしても、それだけ隠すってことはよほどの大物か」
「たぶん、ゼノが思ってる以上だと思う」
明かした際の反応でも想像しているのか。
クァーナの顔はひどく楽しげだった。
そうして会話を楽しんでいると、料理が運ばれてきた。といってもコースのようで前菜からだった。あとは、グラスに入れられた酒のみ。
「さて料理が来たわけだけど」
「一応、レイカから毒や薬によるニオイや色の変化、盛られる可能性のある料理や飲み物も含めて教えてもらっていたが……見事に的中したな。おそらく睡眠薬の類が入ってる」
グラスを片手に持ちながら言った。
中には深い赤色をした酒が入っている。
帝国ならまだしも、テムザスのようなただの島が栽培できるものなら限られる。そう推測したレイカが出してくれた眠り草のうちのひとつだ。
少し鼻がすっとする爽やかなにおいを出している。
知らなければ、〝そういうものだ〟と放置してもおかしくない程度の違和感だ。
「さすがレイカさん。経験者なだけある」
「それ、かなり気にしてるみたいだからな」
「知ってる。たまにいじってるもん」
ひどいとは思ったが、レイカの自業自得だ。
それにいじってもらったほうがレイカも気が紛れるだろう。
「これなら飲む振りで済むな」
「じゃー、残念だけどここで終わりってことね。でも、また付き合ってくれるって約束、覚えてるから」
目に寂しげな色を宿してはいるものの、笑みは崩さないクァーナ。
そんな彼女に「ああ」と応じつつ、ゼノはグラスを軽くかかげた。そのまま引き戻したグラスに縁に口をつけ、傾ける。




