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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【星鳴りの少女】第二章

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◆第三話『もうひとつの救い』

 翌日もゼノはシャラとともに朝からテムザス島を訪れていた。


 露店が幾つも並んだ通りには、多くの仲間の姿が見える。いまやフォルツティア王国も加わったことでかなりの大所帯だ。当然ながらまだ全員の顔を覚えきれてはいない。それでも彼らの笑顔を見れば、幾分か早く覚えられそうな気がした。


「今日はどうするのですか?」

「そうだな……ここでミリィでも待とうと思ってる」


 通りの脇に置かれた少し傷んだ長椅子に座った。

 ここは昨日、ミリィが荷車を引いて買い物に来ていた場所だ。


 シャラが立ったまま首を傾げる。


「教会に行けばいいのでは」

「できれば司祭に見つかるのは避けたい」

「そう、ですか」


 生返事をしつつ、彼女は隣に座った。

 幅があるにもかかわらず、衣服が触れる程度の近さだ。どれだけ気を許してくれているかがわかる。


 だが、その距離に相反して彼女の整った眉はかすかに逆立っていた。また抗議でもするかのように、こちらと目も合わせようとしない。


「……どうした?」

「なにがですか?」

「いや、怒ってるだろ」

「いつもと一緒です」


 シャラはもとから淡々とした喋り方をする。

 ほかの者なら、彼女が言う〝いつもと一緒〟に頷くかもしれないが――。


「不思議なもんでな。短い間でも、こうずっと一緒にいると些細な変化ってのがわかってくるもんなんだよ」

「……ゼノ」


 恋愛感情か、あるいは契約者だからという理由か。

 いずれにせよ、シャラの独占欲がとても強いことは明らかだった。いまの不機嫌もクァーナが〝デート〟を強調したからで間違いないだろう。


「また匂いをつけにくればいい。なんなら今夜にでもくるか?」

「い、言ったはずです。わたしは動物ではありません……っ」

「なら、やめとくか」

「……行きます」


 顔をそらしながら、ぼそりと返してくる。


 これまで多くの者と出会ってきたが、彼女ほど欲望に忠実な者は初めてだ。赤らんだ彼女の形のいい耳を見ながら、思わず笑みをこぼしてしまう。


 彼女も笑われていることに気づいているのだろう。なかなかこちらを見ようともしなかった。そんな穏やかな時間を過ごしはじめてから、間もなく――。


「ゼノ、来ました」


 シャラが通りの先を見ながら言った。


 彼女の視線を辿ると、ミリィを見つけた。昨日と同じく荷車を引いている。すでに多くの買い物を済ませてきたようで、載った食料はてんこ盛り状態だ。


「今日もたっぷり買い込むみたいだな」

「……司祭は大食いなのですね」

「シャラといい勝負かもな」

「わ、わたしもあそこまでは食べませんっ」

「そんじゃ、行くとするか」

「ゼノっ……」


 ふくれっ面で抗議をしてくるシャラとともに、ミリィのもとに向かった。


 いまもミリィは全身を使って軋む荷車を引いている。ただ、引くことだけに専念しているからか、近づいてもこちらに気づいた様子はなかった。


「よ、昨日ぶりだな」

「こんにちは、ミリィ」

「あ……ゼノさんと、シャラさん」


 ミリィがこちらを見るなり顔を綻ばせた。

 ただ、その顔は一瞬にして暗いものになってしまう。


「あの……いまはお仕事中なので……」

「重いだろ。また手伝うぜ」

「だ、大丈夫です!」


 まるで叫ぶように声をあげるミリィ。


 昨日からずっと大人しかった彼女が、こんなにも大きな声を出すとは思いもしなかった。ゼノはシャラとともに思わず目を瞬いてしまう。


 ただ、ミリィも自身の声に動揺しているようだった。

 ばつが悪そうに目をあちこちに向けている。


「ご、ごめんなさい……でも、怒られてしまうので」


 怒ってくるのは間違いなくコズノワのことだろう。


 ミリィが再び荷車を引こうと腕を伸ばす。

 と、わずかにめくれていた袖からあざが見えた。


「そのあざ、あいつにやられたのか?」

「ち、違います。自分でぶつけてしまって」


 慌てて袖を伸ばしてあざを隠すミリィ。


「どうしてあんな人のもとにいるのですか? 彼のしていることをミリィも知っているのでしょう」


 優しい声音で問いかけるシャラ。

 なにかに葛藤しているのか、ミリィが俯いたまま黙りこんでしまう。だが、ぎゅっと両手に小さな拳を作ると、訥々と語りはじめた。


「……コズノワ様は親のいないミリィを拾ってくれた人です。一生かかっても返しきれない恩があるんです」


 ――だから、コズノワには逆らえない。

 最後まで紡がれることはなかったが、つまりはそういうことだろう。


「昨日はありがとうございました。そ、それでは……」


 ミリィがそそくさと荷車を引きはじめ、ゆっくりと遠ざかっていく。その姿は相変わらず危なっかしかったが、明確に示された拒絶もあって手伝うことはできなかった。


「……昔はいい人だったのでしょうか」

「さあな。ただひとつ言えることは、どれだけ昔はいい奴だったとしても、いましていることがクズならクズに変わりない」


 コズノワがどのような人間か。

 テムザスの民やミリィを見れば、外からでも容易にはかれる。


「にしてもアテが外れたな。コズノワのしていることをミリィに告発してもらえば、巡礼島もテムザスの味方をする可能性が高まるかもしれない。そう思っていたんだが……」

「あの様子だと、難しそうですね」


 ミリィは幼くして親を失い、独りとなってしまった。

 きっと自分を守りながら必死に生きてきたのだろう。


 ――いまが正しい道と信じて。


 そんな人間の意思を変えることは難しい。


 テムザス島だけではない。

 どうにかしてミリィを救えないだろうか、と。


 気づけばそんなことを考えはじめていた。



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