◆第ニ話『デートの約束』
その日の夜。
ゼノはシュボス中央塔の指揮所で本日の報告を行っていた。
席についているのはシャラにヴィンス。
そしてクァーナとレイカ、ルピナだ。
「1枚岩じゃねーってのは聖王国も同じか」
ヴィンスが背もたれに身を預けながら、気だるげに言った。
本日、テムザス島で見聞きした多くのことをすでに話していた。話していないのはせいぜいミリィとの些細な出来事ぐらいだ。
「まだ推測の域を出ないけどな」
「でも、ゼノもシャラちゃんもほぼ確信してるんでしょ?」
クァーナの問いかけに、ゼノはシャラとともに頷いた。
レイカがこちらの推測を改めて口にする。
「その、コズノワという司祭が女性を食い物にしている、ですか。本当だとすれば同じ女性として許しがたいことですね」
「できれば救いたいところだが、相手が厄介だな」
ルピナが難しい顔をしながらそうこぼした。
直情的な彼女のことだ。仮にコズノワが聖王国の人間でなければ、問題解決に向けていますぐにでも飛び出していたことだろう。
「みんなもわかってるとは思うが、いま聖王国を敵に回すことはできない」
「帝国相手にするだけでも一杯一杯だもんね~……」
クァーナが肩を竦めつつ苦笑混じりに言った。
ヴィンスが「う~ん」と唸ったのちに意見を口にする。
「島の住民を保護するってのは?」
「俺たちが拉致したともとれてしまうから難しいな」
「あ~、それはもっとやばいことに発展しそうだ」
大義名分があるだけに本格的な攻勢に出てこられる可能性も高い。ヴィンスもその未来を想像したのか、乾いた笑みを浮かべながらあっさりと意見を取り下げた。
「薄情だととられてしまうかもしれませんが、テムザスの方たちだけで対応してもらうしかないですね」
「断固として対応すれば司祭も迂闊には手を出せなくなるかもしれない。それに巡礼島も近々来るという話だ。その場で告発するという手段もある」
レイカが葛藤を滲ませながらこぼした言葉に、ルピナがそう続けた。
「つっても、それができないからいまのいままで司祭の言いなりだったんだろ。大体、俺たちが説得しようにも司祭を庇ってとぼける可能性だってあるんじゃないか?」
「それに関してはもう手は打ってある。テムザスの奴らが俺たちの話を聞かざるを得ない状況を作る、な」
ヴィンスの言葉にそう答えたのち、一度全員の顔を見回した。注目を集めたのちに、その内容について順を追って話していく。
「先に話したと思うが……今回、テムザス島が俺たちを歓迎したのは、おそらく司祭がクァーナのことを気に入ったからだ。実際に領主もクァーナが来るタイミングを訊いてきたし、店もすすめられた」
司祭のコズノワがクァーナを見た瞬間、目をぎらつかせていた。あのときの反応は、おそらく彼にとって獲物を見つけたときのものだったのだろう。
「おそらく明日、領主はクァーナを司祭のところに連れて行くため、なんらかの手を打ってくるだろう。そこを取り押さえて領主を話の場に引きずり下ろす」
こちらから一方的に説得するのではなく、相手の立場を悪くしてからのほうが話に応じてもらいやすい。簡単な交渉術の手段だ。
最後に今回の案でもっとも重要な人物であるクァーナに目を向ける。
「クァーナ、やってくれるか?」
「つまり……あたしは囮ってことよね?」
「そうだ。ただ、危険がないように明日はシギの部隊に対象の店近辺を見張ってもらうつもりだ。当然だが、俺も一緒についていく」
とはいえ、危険をすべて排除できるとは限らない。
それはクァーナもわかっていることだろう。だが、彼女はやけに落ちついていた。むしろ呑気に思案するような素振りを見せたのち、にやりと口の端を吊り上げた。
「囮になるのはいいけど、1つだけ条件があります」
「……言ってみてくれ。極力応じるつもりだ」
クァーナのことだ。
変わった条件を突きつけてくることはある程度予測がついていた。
「明日の夜、ゼノはあたしと2人きりでデートすること」
「それはずる――」
レイカがほぼ間を置かずに声をあげ、とっさに口を噤んだ。居心地が悪そうに咳払いをしたのち、落ちついた口調で話を続ける。
「おふたりの安全のためにも、シャラさんに同行していただくほうが安全かと思います」
「たしか毒を見分けられるという話だったな。ならば、わたしも賛成だ」
ごく真面目な顔で首肯するルピナ。
レイカの思惑など微塵も感じていない様子だ。
「わたしも同行するべきだと思います」
そう淡々と口にしたシャラ。
ただ、その目はやけに力強かった。
「……鼻を頼られるの、いやだったんじゃないのか?」
「ゼノに危険が迫っているなら話はべつです」
その気持ちは嬉しい限りだが、ほかの意図が混ざっているのは明らかだった。
「2人きりじゃないなら、あたしは行きたくなーい」
「クァーナ……っ」
もどかしそうなレイカに、ちろりと舌を出して応じるクァーナ。微妙に重苦しい空気になりかけたとき、ヴィンスが相変わらずの呑気な声を出した。
「ま、大丈夫じゃねえの。さすがに島の奴らもゼノを殺すなんてことしねぇだろうしさ」
ただ、すぐさまレイカとシャラの鋭い視線を受け、ヴィンスは「あ、すいません黙ります」と縮こまっていた。不憫な男だった。
ルピナの顔を窺うと、首肯が返ってきた。
反対を示していた彼女だが、最終的な判断は任せるといったところか。
「わかった。明日の夜は俺とクァーナの2人で行動する」
「やたっ」
クァーナが可愛らしく無邪気な声をあげた。
相反して険しい顔になったレイカが、すかさず意見を述べてくる。
「もし致死量の毒を盛られていたらどうするのですか……?」
「ヴィンスも言っていたが、俺もさすがにそれはないと思ってる。命欲しさに司祭の言いなりになってる奴らだからな。わざわざ俺たちを敵に回すなんてことはしないだろ。もちろん、充分に注意はする」
「……ゼノさんがそういうのであれば、わかりました」
レイカが渋々ながら呑みこんでくれた。
シャラももう反対はしてこなかったが、納得がいっていないようだ。むすっとした顔で、「近くにはいますから」とこぼしていた。
彼女たちが私情だけでなく、こちらの身を案じてくれているのはわかっている。だが、今回の相手は帝国ではなく、ただの一般人だ。そこまで身構える必要はない。
「決まりってことでいいんだよね?」
クァーナが淑やかに嬉しさを顔に出した。
彼女は自身の魅力を充分に理解し、またそれを発揮する術を心得ている。頬杖をつきながら蠱惑的な笑みを向けてきた。
「じゃー、ゼノ。明日の夜はよろしくね」




