◆第一話『秘密基地』
「ここが俺たちの秘密基地だ!」
教会からほど近い通りから続く狭い路地。
少年に連れられるがまま進み、間もなくして辿りついた。
そこ――秘密基地は一見して退廃地区ともとれるような薄汚い空間だった。廃材を使った机や椅子、ぼろぼろのソファが乱雑に置かれている。隅には、手作りと思しき小屋も見える。
くつろぐには少々難しい場所だ。
ただ、〝彼ら〟にとっては楽園なのだろう。
いまも居座る5人の子どもたちは誰もが見てわかるほどに安らいでいた。
「みんな、連れてきたぞ! この人が俺たちを救ってくれる《雷帝のクラーラ》だ!」
「おい、俺はまだ救うなんて一言も――」
言っていない。
そう口にしようとしたときだった。
4人の少年たちが弾かれるようにして駆け寄ってきた。
「すっげー、マジもんかよ!」
「体やっべぇ! なんだこの腕! うわ、脚もやべぇっ」
「お腹もカッチカチだぞ……っ」
ぺたぺたと体を触ってくる。
全員が最初に声をかけてきた少年よりも年下だ。
そんなこともあってか、無邪気過ぎて手に負えない。
「お、おい。お前たち……っ」
「ゼノ、大人気ですね」
他人事のようにくすくすと笑うシャラ。
だが、彼女にも好奇の目は向いていた。
1人の少女がシャラのことをじっと見つめている。
「お姉さん、すごく綺麗……」
「……あ、ありがとうございます」
真っ直ぐに褒められたこともあってか。
シャラも戸惑い気味に応じていた。
「みんな、落ちつくんだ。遊ぶために雷帝を呼んだんじゃないんだぞ」
「そ、そうだな。リーダーの言うとおりだ」
年長者とあってか、最初に声をかけてきた少年が統率者のようだ。彼の声に応じて、名残惜しそうにではあるが、子どもたちが離れていった。
「ひとまず適当なところに座ってくれ」
近くに幾つかの木箱が置かれていたので、シャラともどもそこに座った。
「コズノワに脅されてるって話、詳しく聞かせてくれるか?」
そう問いかけると、子どもたちが先ほどまでの無邪気な空気を消した。顔を見合わせ、こわばった面持ちで頷く。
「あいつが来た約3年前。あのときから島が帝国に襲われないのは聖王国のおかげだって……やりたい放題しはじめたんだ」
「俺たちにばバレてないと思ってるみたいだけどな」
「あいつ結構間抜けだからな。バレバレだぜ」
仕方ないことだが、なかなかに騒がしかった。
これなら秘密基地に来ないでリーダーの少年とだけ話せばよかったかもしれない。
「あ~……具体的には、どんな要求をされてるんだ?」
「おいしい食べ物!」
「あとは金銀財宝もっ」
得意気に答える子どもたち。
「この島にはそんな宝みたいなものがあったのか?」
「たぶんな。俺はそう睨んでる!」
1人の少年が自信満々に言ったものの、どう考えても完全なる憶測だ。物語に出てくるような典型的な悪者にコズノワを当てはめているのかもしれない。
「ほかにはありますか?」
シャラが淡々と、しかしながら優しい声音で問いかける。
たった1人の少女がぼそりと答える。
「女の人が外を歩けなくなった」
「……それはどういうことですか?」
シャラが問い返すと、少女は緊張してしまったのか、口を噤んでしまった。代わりにリーダーの少年が答える。
「コズノワがすっごい女嫌いらしいんだ。だから、外に出たらだめだってうちの親父がいつも姉ちゃんに言ってる」
「うちも、母ちゃんが外に出なくなっちまった」
俺んちもだ、とほかの子どもたちも続く。
と、1人の少年が「あっ」と少女を見ながら言う。
「子どもとか、ばあちゃんは大丈夫らしい!」
島で若い女を見かけなかったことに関して、領主が畑仕事に出ていると嘘をついていたことは気になっていた。本当のところは家の中に潜んでいたというわけか。
理由はコズノワの女嫌い。
話としてはわかるが、疑問がある。
こちらの視線を受けたシャラが子どもたちに告げる。
「わたしは彼の前に立ってもとくに問題はありませんでしたが」
「……ほんとだ」
ぽかんと口を開けるリーダーの少年。
そのままほかの子どもたちのほうに顔を向ける。
「どいういうことだ……?」
「し、知らねぇよ。テムザスの女だけが嫌いなのかも?」
そんな都合のいい話があるとは思えない。
こちらの疑念を子どもながらに察したようだ。リーダーの少年が「と、とにかく!」と大きな声をあげた。
「コズノワが来てから、ずっと島は暗いままなんだ! どうにかしてくれ! いや、してください!」
リーダーの少年に続いて、ほかの子どもたちも声を張り上げる。
「お願いだ。コズノワを倒してくれ!」
コズノワを〝始末〟するだけなら簡単だ。
ただ、彼は聖王国の人間だ。
ゼノは頷くこともせず、シャラとともに秘密基地をあとにした。
◆◆◆◆◆
「なんというか、ぼやけていますね」
少年たちの秘密基地をあとにしたのち、シャラが困惑気味にこぼした。
「ああ。ただ、大体の察しはつく」
「そうですね。わたしももうなんとなくは」
「とはいえ……できればたしかめたいな」
動くつもりはない。
だが、このまま真実を知らずにいるのも気持ち悪い。
「クラーラさん。ここにいらしたのですね」
覚えのある声が聞こえてきた。
目を向けた先にいたのは、やはりテムザス島の領主であるレイゾンだった。話しぶりからして、こちらを探していたようだ。
「レイゾンか。どうした?」
「いえ、楽しんでいただけているのか不安で……少しお話を聞かせていただければと」
「まだ来て間もないからな。ただ、仲間たちがテムザスに来るのを楽しみにしていたのは間違いない」
「では、今後のわたくしたち次第というわけですね」
レイゾンが愛想よく応じたのち、ちらちらと周囲を窺いはじめる。
「昨日の綺麗なお方は一緒ではないのですか?」
彼の言う〝お方〟が誰なのかはすぐに理解した。
だが、素直に答える気にはなれなかった。
隣のシャラを横目に見つつ、レイゾンを睨む。
「こいつも充分に綺麗だと思うが」
「ゼ、ゼノ……っ?」
顔を赤くしてあたふたとしはじめるシャラ。
レイゾンもべつの意味で慌てていた。
「も、申し訳ございません。貶める意図はなかったのですが」
「わかってる。クァーナのことだろ」
子どもたちの告発。
そしてレイゾンのこの行動。
コズノワに出会って感じたいやな空気の正体を掴むには充分な材料だった。あとは正確なことを知る場が必要だ。シャラに目配せをしたのち、レイゾンに伝える。
「今日は色々と用事を任せていてな。あいつが来られるのはたぶん明日の夜になる」
「そう、ですか。女性におすすめのお店があるのでよければどうかなと。あ、もちろん、彼女も。クラーラさんの〝いい人〟なのでしょう?」
下品な感じではなかったが、その匂わせるような発言にシャラがはにかんでいた。俯いたまま「い、いい人……」とぼそぼそ繰り返している。
ひとまず彼女のことは置いておくとして。
レイゾンが上手く餌を放り投げてくれた。
あとは、これを逆に引き寄せるだけだ。




