◆第十話『ミリィとトリブ』
シャラととともに落ちた果物たちを拾っては、荷車の籠に入れていく。傍らでは、いきなり現れたこちらの存在にミリィがぽかんとしていた。
「あ、あの……っ」
「大丈夫だ。ここは教会じゃない」
昨日、教会でのことだ。
怒られる、という理由で手伝いを断られたことがあった。ゆえに、先んじて牽制したのだが、やはり今回も断ろうとしていたようだ。ミリィが開けかけた口を閉じていた。
ミリィが戸惑いつつ、果物拾いを再開する。
ただ、こちらが気になるようでちらちらと窺ってきていた。
「昨日、教会に来られていた……」
「ゼノだ。こいつはシャラ」
紹介を受け、シャラが静々と頭を下げた。
「ミ、ミリィです。よろしくお願いします……っ」
姿勢まで正して丁寧に頭を下げてくるミリィ。
おどおどとしてはいるものの、本当にしっかりとしている。
その後、ミリィは名前を覚えようとしてか、懸命な顔で「ゼノさんとシャラさん……」と呟きながら果物拾いをしていた。
「あ、ありがとうございましたっ。とても……助かりました」
さすがに3人で集めていたこともあり、果物は早々に拾い終わった。ミリィは深々と頭を下げたのち、「で、ではっ」と早々に荷車を引こうとしはじめる。
「待て。俺が引く。教会まででいいか?」
「で、ですが……」
「また落とされても困るしな」
責められたと感じたのか、あるいは羞恥心からか。
ミリィがわずかに目を潤ませた。
「ゼノは、ミリィが困ってるところをもう見たくないと言っているんです」
すかさずそう声をかけるシャラ。
そのかいあってか、ミリィの顔が和らいでいた。
「そう……なのですか?」
「さあな。とにかく俺が勝手に引いた。そういうことにすればいい」
ミリィの無垢な瞳を迎え続けることに抵抗を感じて、そうおざなりに返事しつつ荷車を引きはじめた。そばに並んだシャラが嬉しそうな顔でなにか言いたげにしていたが、触れないように視界から追い出しておいた。
ミリィもとことこと小さな歩幅で懸命にあわせて隣に並んでくる。荷車を引いてもらっている、という立場もあってか、どこか萎縮しているように見えた。ただ、好奇心が勝っているのか、何度もちらちらとこちらを窺っている。
見れば見るほど小さな子だ。このぐらいの歳なら親と一緒にいてもおかしくはないが、教会で働いているという。歳には不釣合いにしっかりしたさまからみても、孤児の可能性は高そうだ。
「いつもは売ってねえのに今日は出てる!」
「やったぜ、俺これ好きなんだよなー」
「いつも売ってくれりゃいいのになっ」
道中、ミリィと同い年ぐらいの子どもたちがトリブを購入し、美味そうに頬張っていた。トリブは、商業島ではよく食べ歩きの定番品として売られているものだ。
そんな彼らをミリィが物欲しげな目で見ていた。
ただ、自制心を働かせているのか、顔に力を入れては視線をそらすといったことを繰り返している。……なんともわかりやすい反応だ。
「親父、2つくれるか?」
「あ、あいよ」
格好から《雷帝のクラーラ》であることを察したのだろうか。わずかに怯えや戸惑いを感じているようだったが、とくに問題もなくトリブを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
1本のトリブをシャラに渡し、ミリィにもう1本を差しだす。と、ミリィがきょとんとしたのち、こちらの顔とトリブへと交互に目線を送りはじめた。
「も、もしかして……ミリィにですか?」
なにやら心底驚いているようだった。
「シャラが物欲しげにしてたからな。ついでだ」
「そんな顔、してませんっ」
「いらないのか?」
「……いります」
年下のミリィの前とあってか、いつも以上に強がっていたシャラだが、最終的には素直に受け取った。幸せそうにトリブを頬張るシャラを横目に見つつ、ミリィにもう1度、トリブを差しだす。
「ほら」
「ですが、こんな贅沢なもの……」
値段的にはかなり安いものだ。
これを贅沢というのは少々無理がある。
教会で働いた対価がどれだけ低いかを物語っている。
「俺はあまり腹がすいてない。もし受け取ってもらえないなら捨てるしかないが……」
「い、いただきますっ」
少々強引ではあったが、渡すことに成功した。
ミリィは初めこそこわばっていたが、トリブを間近にして興奮が勝ったようだ。いままでに見たことがないほど顔をぱあっと輝かせた。そのまま小さな口で外の皮とわずかな果肉をかじる。と、まぶたを跳ね上げた。
「お、おいしいですっ」
「中を食べてみろ。もっと美味いぞ」
再びトリブに口を運んだミリィが、果肉をかじる。と、中に入った蜜やミルクの層に辿りついたようだ。まるで竦みあがったかのように全身を硬直させたのち、驚愕した顔を向けてくる。
どうやら言葉にならないようだ。
ただ、どれだけ美味しいと感じたかは面白いほど伝わってきた。
「好きなだけ食え。それはもうお前のものだ」
食べることに夢中になってしまったのか。
先ほどまでのおどおどした姿は消えている。
出会ってから一度も歳相応の無邪気さを見ていなかったこともあり、いまのミリィの姿には心の底から嬉しく感じた。
どうやらシャラも同じように感じていたようだ。
いまは食べることを後回しにして、慈しむような顔でミリィを見守っていた。
その後、のんびりと荷車を引いて教会に辿りついた。
「ここまでで大丈夫です」
ミリィがとてとてと前に歩み出てきた。
教会を背にして、がばっと頭を下げてくる。
「今日はなにからなにまで本当にありがとうございました……っ」
他愛もない話をしたおかげだろうか。
ミリィから緊張がとけているように感じた。
「気にするな。何度も言ったが、俺たちが勝手にしたことだ」
「それでも、ありがとうございます……っ」
またも感謝の言葉を口にするミリィ。
本当によく出来た子だ。
「知ってるとは思うが、俺たちは巡礼島が来るまでテムザスを何度も訪れる予定だ。また会ったときは、よろしく頼む」
「また一緒にトリブを食べられるといいですね」
シャラも微笑みながら、食い意地が垣間見える言葉を続ける。トリブを奢ってもらうことに抵抗を感じたのか、わずかにためらいは見せるミリィ。だが、こちらを気遣ってか、すぐさま笑顔で「は、はいっ」と頷いていた。
「おや、ミリィと……クラーラ殿ではないですか」
ふいに聞こえてきた覚えのある声。
見れば、教会の入口にコズノワが立っていた。
彼は置かれた荷車を見たのち、ミリィに目を向ける。
「もしかして彼に引いていただいたのですか?」
「あ、あの……」
再びおどおどとしはじめるミリィ。なんとなく察してはいたが、やはり彼女がいつも〝怒られる〟と萎縮している相手は、このコズノワで間違いないようだ。
「俺が勝手に引いただけだ。こいつを責めないでやってくれ」
「ですが、これは教会の仕事で――」
「大体、こんな小さい奴に運ばせるには重過ぎるしな」
遠まわしではあるが、思わず批難してしまった。
ただ、コズノワを黙らせるには充分な効果を発揮したようだ。コズノワはまるで怒気を吐き出すように間を置いたのち、穏やかな笑みを向けてくる。
「彼女を手伝ってくれて感謝いたします。それでは、これからわたくしは大切な仕事がありますので、失礼します」
そのまま教会内に戻ろうとしたが、重い足取りで荷車のほうに向かった。ミリィが動揺する中、荷車を引いて中へと消えていく。ミリィもこちらに頭を下げたのち、コズノワを追って教会の中に入っていった。
「……やはりあの人は好きになれません」
「ああ、俺もだ」
あのコズノワが裏の顔を持っていることは明らかだろう。とはいえ、それをどうこうすることはできない。いま、聖王国と事を荒立てるわけにはいかないからだ。帝国と争っている現状において、聖王国まで敵に回すことだけはなんとしてでも避けたい。
胸にもやを抱えたまま、シャラとともに教会の敷地をあとにする。
「あ、あなたが《雷帝のクラーラ》ですか?」
突然、横合いから声をかけられた。
見れば、12歳程度の少年が立っていた。
「そう呼ばれることもある」
「た、助けてほしいんです!」
必死な形相でしがみつかれた。
あまりにいきなりで思わず目を瞬いてしまう。
「落ちつけ。ひとまずなにがどうしたのかを話せ」
そう声をかけると、少年がゆっくりと離れた。
両手に拳を作りながら、悔しげに声を搾りだす。
「あの司祭……コズノワに島の大人たちみんなが脅されてるんだっ」




