◆第九話『テムザスでの休暇』
翌朝。
ゼノはシャラとともにテムザス島の発着場を訪れていた。
視界の中では空車輪や輸送船が幾つも着陸。
中から続々とダナガの仲間たちが降りてきている。
昨夜のうちにヴィンスやレイカと相談し、休暇と称してテムザス島に上陸する方向で動くことになった。本日は様子見で戦闘員ばかりだが、明日からは非戦闘員も順次上陸させる予定となっている。
端のほうにシギの部隊が纏まっていた。
今回滞在中の警備はシギの部隊が担ってくれることになっていた。
ほかの部隊と持ち回りで警戒に当たってもらうことも考えたが、今回は歓迎してもらう立場だ。あまり表立って警戒心をあらわにすることもできないため、そういった器用な真似ができるシギの部隊に頼んだというわけだ。
彼らのもとに向かい、声をかける。
「悪いな、お前たちも楽しみたいだろうに」
「……問題ない。みな、雷帝のためならなんでもする奴らだ。死ねと言われれば、喜んで死ぬ」
「じゃあ、全力で生きつつ警戒してくれ」
「……りょ、了解」
想定していた反応と違ったか。
動揺しつつも、シギが力強く頷いていた。
彼の後ろでは、彼の部下たちも任せろとばかりに勇ましい顔を向けてくる。……相変わらず出来た部隊だ。
彼らのそばを離れるなり、隣でなにやらシャラがくすりと笑っていた。
「好かれていますね」
「少し……いや、かなり行きすぎだけどな」
とはいえ、助かっているのもまた事実だ。
それゆえに甘えてしまうことが多いのだが……。
いずれ、なにか埋め合わせは必要だろう。
と、幾人かにてきぱきと指示を出すレイカの姿が目に入った。彼女のそばに停まっている5機の輸送船を横目に見つつ、声をかける。
「にしても結構な数を用意したな」
「ひとまずは特産品だったり、ヒュレンでは扱っていない香辛料を中心に仕入れる予定です。あとは日持ちのする食糧も可能な限り、ですね」
金のほうはいくらでもあるわけではないが、そもそも取引相手がほぼいない状況だ。フォルツティアが加わったこともあり、食糧の対価に関しては充分な余裕があった。
「一応、休暇って名目もあるからな」
「はい、終われば自由にしてもらうつもりです。……みんな、上陸できると知ってから楽しみにしているようでした」
レイカが微笑みつつ、そうこぼした。
かと思うや、ほんの少しばかり難しい顔を見せた。
「やはり多少の娯楽は必要かもしれませんね」
「どこかの島に商業島みたいな役割を持たせるのもアリか」
「あとは労働に見合った対価を、ですね」
そうレイカが言ったときだった。
今回、彼女の護衛として上陸したオルクスが得意気な顔で割り込んできた。
「俺には酒でいいぜ、お嬢」
「オルクスさん、そうしつこいと上げたくなくなります」
「じょ、冗談に決まってるだろ? べつに俺も言うほど酒が好きなわけじゃ――」
「ではもう一生必要ありませんね。みなさんにもそのように周知させていただきます」
「お嬢っ、そりゃねぇだろ! いまのこそが冗談だって!」
突っぱねるレイカに、ねだるオルクス。
最近では日常の象徴となりつつある光景だ。
相変わらずですね、とシャラも笑っていた。
オルクスの相手もほどほどに、レイカがこちらに向きなおった。
「ゼノさんたちは先に行っていてください。わたしはもう少しここですることがあるので、それが終わり次第向かいます」
「ああ、そうさせてもらう」
ひとまずレイカのことはオルクスに任せれていれば大丈夫だろう。酒だ酒だと言っているが、彼も歴戦の勇士。きっと有事の際には万全の状態で動いてくれるはずだ。
「頼むぜお嬢っ、酒がなければ俺はもう生きていけねぇんだよっ」
「もうっ、本当にしつこいですっ!」
……きっと大丈夫だ。
◆◆◆◆◆
「昨日とは打って変わって明るいですね」
大通りを歩きはじめてから間もなく、シャラがそうこぼした。
昨日よりも露店の数も多いし、種類も豊富だ。
すでにダナガの者たちが上陸し、通りを歩いているが、彼らを迎える店主たちにも笑顔が見える。商売のためと言えばそれまでかもしれないが……。
「一応、歓迎するって話は本当だったみたいだな」
「ただ……女性の姿はやっぱりほとんどないですね」
昨日と同じ指摘をするシャラ。
領主の説明では、若い女性は畑に行っているという話だったが、先ほど上陸前にシャラと島の周囲を散策した際、確認できたのは男性ばかり。
つまり領主が嘘をついていたというわけだ。
「シャラも変な空気には気づいていると思うが、色々注意しておいてくれ。とくに食べ物から異臭を感じとったらすぐに教えてくれ」
「あ、あの……たしかにわたしは鼻がよく利きますが、それを本来の役割と思ってもらうのはちょっと……」
「いやなら無理強いはしない。ただ、してくれると助かる」
「します、けど……っ」
最終的には頷いてくれたが、その頬は膨れたままだ。
「俺のベッドにこっそりしのびこんで匂いをつけてることは役割なのか?」
「あ、あれは……っ! 翼竜人の本能といいますか、しょうがないことで……っ」
ふくれっ面から一転、俯いて耳を真っ赤にするシャラ。
本能であるなら仕方ないことだが、やはり彼女の姉であるソフィアからはそのようなことはされていない。何度目かの確信だが、彼女特有で間違いないだろう。
そうしてシャラ相手に遊んでいたとき。
いまの通りからそれた狭い通りに見覚えのある少女を見つけた。
「昨日、教会で見た子ですね」
「たしかミリィって言ったか」
彼女は露店で果物を購入していた。
ただ、店主の対応が悪いのが気になった。
なんというかミリィを腫れ物のように扱っている感じだ。
ミリィは購入した果物がたくさん入った籠をそばの荷車に載せた。荷車にはほかにもたくさんの食料が載っている。とても少女1人が引けるとは思えない量だ。しかし、ミリィはとくにためらうことなく荷車を引きはじめた。
「ん~~っ」
そんな可愛らしい呻き声をもらしながら、全身を使って荷車を引くミリィ。一応、車輪は動いているが、かなりの遅さだ。
「……なんだか危なっかしいですね」
そうシャラが不安げにもらしたとき。
荷車が段差で大きく跳ねてしまった。
幾つもの丸い果物がこぼれ落ちてしまう。
「あ、ああっ」
あたふたと落ちた果物たちを拾い集めるミリィ。
ゼノはシャラと顔を見合わせたのち、無言でミリィを手伝いに向かった。




