◆第八話『屋上庭園』
「クラーラ様、いらしていたのですねっ」
フォルツィアット城の貴賓室に案内される最中、偶然にも廊下でユリアスと鉢合わせた。
ユリアスは早足でそばまで来ると、陽のような笑みを向けてきた。王としての威厳はまるで感じられないが、信頼の証だと思えば悪い気はしなかった。
廊下の先では、侍女のスフレが淑やかに頭を下げている。彼女に目で応じつつ、ゼノはユリアスに応じる。
「ああ、ルピナとちょっと話があってな」
「姉上とですか。なにか大事なお話しですか?」
無垢な瞳で問いかけられた。
どうやら昼に起きたフォルツティア兵とコゼトの元囚人たちの諍いを聞いていないようだ。一瞬、話すか迷ったが、思い留まった。話すにしてもルピナの口からがいいだろう。
「そんなところだ。それより王様の仕事は順調か?」
「はい、と自信を持って頷ければよかったのですが、なにをするにも時間がかかってしまって……姉上に甘えていたのだな、と実感しているところです」
「王になってからまだ数日だ。無理もない」
「それでもわたしは王です。民のために妥協は許されません」
言って、ユリアスがきりりと顔を引き締める。
先ほどまでの歳相応の甘さは感じられない。
「いい顔になったな。ただ、あんまり気負う過ぎるなよ。王って言っても1人の人間だ。辛いときは周りの人間に頼れ。お前の大好きな姉だけじゃない。スフレも、ほかの兵たちもお前の力になってくれる。もちろん、俺もだ」
「クラーラ様……はいっ」
いずれ王となることは決定していたようだが、その時期を早めたのは間違いない。ユリアスが王としての務めを果たすための助力は惜しまないつもりだ。
「クラーラ? それにユリアスも」
「……姉上っ」
見るからに顔を明るくするユリアス。
釣られて振り向くと、そこにルピナが立っていた。
彼女は少しだけ驚いたのち、柔らかく微笑んだ。
「2人とも一緒だったのか」
「はいっ、先ほど偶然出会ってお話しをしていたところです」
ユリアスが嬉しそうに答える中、ルピナがちらりとそばの扉を見やった。そこは当初の案内先である貴賓室だ。
「ユリアス、そういうときは先に中へと通すべきだろう?」
優しく咎めるような声だった。
ただ、ユリアスは重大な失敗をしたとばかりに顔をこわばらせてしまう。
「も、申し訳ございません、クラーラ様……っ」
「気にするな。俺には立派な部屋で茶を飲みながらよりも、廊下で立ち話のほうがよっぽど似合ってる」
躾としては素直に応じるべきだったのだろう。
ただ、ユリアスが浮かれるほど喜んでくれたこともあり、反射的に味方をしてしまった。
「まったく……貴公という男は……」
ルピナが呆れたように息をついたかと思うや、くすりと笑みをこぼし、演技じみたような問いかけをしてきた。
「では、外で星を見ながらというのは貴公に向いているのかな?」
「向いているかはさておき、星を見るのは嫌いじゃない」
「ならば、決まりだ」
◆◆◆◆◆
案内された先は城の屋上だった。
一区画が庭のように緑が配され、縁取る形で色とりどりの花々が植えられている。緑の上には椅子や机も置かれ、まさに憩いの場といった様相だ。
どちらからともなく椅子に座った。
対峙する形ではなく、互いに好き勝手に体を向けた形だ。
「ユリアスは貴公にとても懐いているようだ」
「気軽に話せる同姓ってだけだろう」
「あまり表にこそ出さないが、ユリアスはなかなかに人見知りだからな。きっとそれだけではないはずだ」
微笑むルピナの顔を視界から外し、空を見上げる。
まさに満天の星といった光景が広がっていた。
高さ的にはシュボスの中央塔のほうが上だが、こちらもなかなか悪くない。座っているからだろうか。どこか空気が穏やかで、星の煌めきも不思議と柔らかく感じる。
「にしても、星を見る……か。俺が想像していたのよりもよっぽど優雅な場所だな」
「先ほどもそうだが、優雅が似合わないと卑下してばかりだな。もとは貴公も領主の家だったのだろう」
そう口にしてからルピナがはっとなった。
「……すまない」
「いまさら気遣う必要はないだろ」
互いに帝国の手によって両親を失っている。
一国の王と、領主の息子。
立場的に開きはあるが、境遇的には酷似している。
少しの間、沈黙が続いた。
先の空気が充分に流れたと感じた、そのとき。
ルピナが「ひとつだけ確認したいことがある」と静かに切り出した。
「本当はわたしが止めるとわかっていたのだろう?」
「なんのことだ?」
「昼間の一件だ」
フォルツティア兵と、コゼトの元囚人たちが言い争った件のことだろう。今回、ルピナに話がしたいと呼ばれたときから、この話題になるだろうことは容易に想像できていた。
「本気で殺すつもりだった」
「そのわりには軽かったぞ」
「お前以外ならあれで充分命はとれる」
とくに気持ちも込めずに淡々と告げた。
ルピナが少しだけ困ったようにまなじりを下げる。
「今後、仲間が増えていくうえで同じようなことが起こるかもしれない。それを防ぐための見せしめ……といったところか。わたしもなかなか不器用な自覚はあったが、貴公には負けるかもな」
たしかにそのような考えがあったのは事実だ。
ただ、感情任せに動いてしまったのもまた事実だった。それもこれも、ルピナがどんな想いで数年を過ごしてきたのかを知ってしまったからだ。
「おそらく、今回のことでフォルツティアがなにか言われることはなくなるだろう。本当に貴公には助けられてばかりだ。心から感謝する」
「責任をとったまでだ。あいつらを引き入れると決めたのも俺の判断だからな」
そう告げたところ、ルピナにくすりと笑われてしまった。
「1人で気負わず仲間を頼れ。この意味を貴公ほど知らない者はいないだろう? なにしろユリアスに言っていたぐらいだからな」
「……タチが悪いな。聞いてたのか」
睨みつけると、したり顔で返されれてしまった。
どうやら彼女は陰に隠れて聞き耳をたてていたようだ。
「これからは、わたしにもできることがあればなんでもいってほしい。いまはわたしも同じ道を歩む者だからな」
ルピナが自身の胸に右手を当てながら言った。
彼女という戦友ができたことは心強いことだ。
持ちかけられた申し出は嬉しい限りだが……。
「なんでもってのはそう軽く使うもんじゃない」
「軽い気持ちではない。わたしは本気で――」
「とくに男相手にはな」
先ほどの仕返しとばかりに放った言葉は思った以上の効果を発揮してくれた。ルピナが首を傾げたかと思うや、次の瞬間には〝答え〟に至ったのか、暗がりでもわかるほどに顔を真っ赤に染め上げた。
「ク、クラーラ! わたしは真面目な話をして……っ」
「頼まれなくてもそのつもりだ。そのときが来たらお前には頼らせてもらう」
建前でもなんでもない。
ルピナも、こちらの本心をしかと感じとったのだろう。表情をいつもの凛々しいものへと戻し、「ああっ」と気持ちのいい声とともに頷いた。
「そう言えば、巡礼島のほうはどうなった?」
「あ~、ごたごたして話してなかったな。3日後に来るらしい」
「それは……いましかないというタイミングだな」
「ああ、本当についてる。しかもそれまで島をあげて歓迎してくれるそうだ」
「帝国を警戒して突き放してきてもおかしくないものだが……それだけ聖王国の影響が強いということか」
首を傾げながら難しい顔をするルピナ。
こちらも初めは同じように思ったものだ。
「一応、ヴィンスやレイカにも意見を聞いたが、2人とも気分転換や物資補給を理由に肯定的だ」
「わたしも賛成だ。ほかの島に寄れる機会はそうそうあるものではないからな」
「そうだな。俺もそうするべきだと思う」
「……クラーラは反対なのか?」
「いや、反対ってほどでもない。ただ、気になることがあってな」
「上陸後になにかあったのか」
気遣うような声音で問いかえられた。
どうやら顔に出てしまっていたようだ。
「いや、とくになにか問題が起こったわけじゃない。ただ、島全体がなにかを隠してるように感じてな」
「帝国兵か?」
「わからない。だが、あまりいいものじゃないってことはたしかだ」
島全体にいやな空気がまとわりついているようだった。殺気は感じなかったし、命に関わるようなことではないかもしれないが……気が抜けない状況であることは間違いない。
ルピナがすっくと立ち上がった。
「なら、今日と同じようにわたしはダナガを含めすべての島を守る。だから、クラーラはテムザスに上陸した仲間たちを守ってやってくれ」
「……早速、頼りになってくれてるじゃねえか」
「こんなものでよければいくらでも任せてくれ」
言って、得意気な顔を向けてくるルピナ。
本当に頼もしい限りだ。
「わかった。ヴィンスたちにも上陸する方向で動いてもらう。一気にってわけにもいかないから幾つかにわけてになると思うが」
「承知した。こちらもそのつもりで準備しておこう」
ゼノは席を立ち、屋上の縁へと向かった。
欄干に手を置いて、遥か先に浮かぶテムザス島を見据える。
巡礼島が来るのは3日後。
それまでなにもなければいいが……。
もしなにかあっても対処できるようにしなければならない。
そう胸中で警戒を強めつつ、ゼノは欄干の手すりをぐっと握りしめた。




