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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【明日への旅立ち】第一章

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◆第七話『妄執のデジャン』

 ――いまから世界が終焉を迎える。

 そう言われても頷けるほどに凄まじい揺れだった。


「無事か?」

「は、はい」


 ゼノは胸に抱いていたシャラを離した。

 男慣れしていないのか、相変わらず真っ赤だ。


 周囲にはほかに11人の仲間が潜んでいた。

 点在する岩の陰に身を隠した格好だ。


 先ほどの揺れで命を落としたものはいないが、軽い傷を負っている者は多かった。


 島の衝突に備えていてもこれほどの被害だ。

 看守たちが受けた被害は想像を絶するものだったに違いない。


「いまなら敵も混乱してるはずだ。急ぐぞ!」


 ゼノは仲間を連れ、駆け出した。


 衝突でどれほど島が削れるのかを予想できなかったため、外縁から充分に離れた場所で待機していたのだが……。


 その判断は正解だったようだ。

 衝突したダナガとシュボスの外縁が広範囲に渡って粉砕していた。


 あちこちに亀裂が走り、足場が隆起したり陥没したりと凄惨な状態だ。仮に外縁に近い場所で待機していれば、間違いなく命はなかっただろう。


「あっちはもう始まったみたいだぜ!」


 仲間の1人が遠くの外縁を見ながら叫んだ。


 ダナガ発着場。

 空車輪が離着陸をする場所だ。


 どうやら仲間たちが指示どおりに攻撃をしかけたようだ。

 空には緑色の筋が幾つも走り、抗争の声もかすかに聞こえてきている。


 ダナガ発着場に向かわせた仲間は約80人。

 対して、あそこに常駐する看守は約30人。


 数的には圧倒的優位だが、装備の充実度に大きな開きがある。こちらも看守から奪った空車輪を4機、風銃を4挺投入しているが、簡単な戦いにはならないだろう。


 とはいえ、先の衝突で敵も混乱している。

 充分に勝機はあるはずだ。


「いい感じに注意がそれてるな」

「ああ、おかげでこんな近くまで来られたぜ」


 潜めた声で会話を交わす仲間たち。


 戦闘になることなく倉庫区まで辿りついた。

 整然と並んだ矩形の建物に隠れながら慎重に進んでいく。


 突入組を最小限にしたのは隠密行動のためだ。

 あとは狭い場所での戦闘も想定していたからだった。


 倉庫区の先――シュボス島の中央に目を向ける。

 そこには圧倒的な存在感を放つ塔が建っていた。


 同じように陰から顔を出したシャラが、ぼそりと口にする。


「……あれが中央塔」

「ああ、奴らの根城だ」


 円形の焼き菓子が幾つも重なったような形だ。

 6段で構成され、上に行くほど小さくなっている。

 看守から得た情報では、あの3階に手錠の鍵が保管されているという。


「全員、隠れろ!」


 ゼノはシャラを抱き寄せながら陰に隠れた。

 直後、先ほどまで顔を出していた箇所を緑の光――風撃が翔け抜けた。


「いたぞ! 奴らだ!」


 看守の声が聞こえてきた。

 どうやら見つかってしまったようだ。

 もう少し距離を詰めたかったが、こうなっては仕方ない。


「くそっ、これじゃ進めねぇっ」

「どうする、ゼノっ」


 連射される風撃を前に仲間たちが弱気な声をもらしはじめる。


 先ほど捉えた敵の数は3人だった。

 ただ、時間をかければ敵の増援がやってくる。


 幸いこの倉庫区は障害物が多い。

 ここは早いうちに仕留めるべきだ。


「少しここで待ってろ」


 ゼノはシャラにそう声をかけたのち、先ほど顔を覗かせた箇所とは反対から飛び出した。


 視界には1人の敵しかいない。

 先ほど視認した敵の配置から、敵2人の死角となった場所を狙ったのだ。


 突っ込んでくるとは思わなかったのか。

 敵が慌てて銃口を向けてくるが――遅い。

 ゼノは敵の腹に拳を突き込み、一撃で仕留めた。


「こいつっ」


 こちらの奇襲に残りの敵も気づいたようだ。


 向けられた風銃から一筋の光が飛んでくる。

 風銃は銃口さえ確認できれば避けるのはたやすい。

 ――というより回避には慣れていた。


 ゼノは体を横に開いて最小限の動きで回避する。

 と、敵の1人がぐんっと加速して接近してきた。


 その体は輪郭をなぞる形で緑色に光っている。

 フェザリアを使ったときに起こる現象だ。


 敵が素早い動きで手に持った棒を振り下ろしてくる。

 その棒もまた緑色の光を発していた。風翔石を用いて作られ、フェザリアを流すことで破壊力を増す武器だ。


 ゼノは敵を見据えつつ、軽く腰を落とす。


 どれだけ速くとも人間の動きはある程度制限されるため、予測ができる。もちろん予測したところで反応できなければ意味がない。


 だが、この敵が使うフェザリアの力は並み。

 充分に対応できる範囲だ。


 ゼノは振り下ろされた棒を回避しつつ、敵の腕を右手で固めた。そのまま敵の後頭部を左手で掴み、顔面から地面に押し込む。どん、っと鈍い音とともにひしゃげるような音が鳴る。


 そのまま身を投げるように転がった。

 1人残った敵から風撃が放たれるタイミングだと思ったのだ。予想は当たったようで視界の端に緑の光が走った。


 ゼノは残った敵に接近せんと駆け出した。

 敵も風銃の装填が間に合わないと踏んだか。

 棒を手にし、払うように繰り出してくる。


 先ほどの敵と同じで予測しやすい攻撃だった。

 屈む格好で躱し、そのまま右手で喉をがっしと掴む。


「な、なんだお前っ」

「――ただの囚人だ」


 怯える敵にそう答えつつ、そのまま後頭部から地面に叩き落した。呻き声すら漏らさずに敵が沈黙する。


 もともと風銃は現地調達の予定だったが、これほどすんなり手に入るとは思わなかった。落ちた風銃を仲間に放り投げる。


「俺が道を作る。お前たちは援護を頼む」

「わ、わかった」


 仲間たちが戸惑いつつ、風銃を手にする。


「でも、援護の必要あんのかこれ……」

「するんだよ、しなくちゃ俺たちのいる意味がなくなるだろっ」


 本格的に援護が必要になってくるのはこれからだ。

 仲間が必要ないなんてことは絶対にない。

 ふと倒れた敵をじっと見るシャラが目に入った。


「やっぱり怖いんだろう」

「いいえ、これっぽっちも怖くありません」


 真っ直ぐな目で淀みない声を返してくる。

 ただ、彼女の体はかすかに震えていた。


「お前を見てると、あいつを思いだすな」

「あいつ……?」

「古い友人だ」


 そう答えたとき、幾つもの足音が聞こえてきた。

 増援の帝国兵が駆けつけてきたようだ。

 3人どころではないうえに続々と向かってきている。


「敵が集まりきる前に塔まで詰めるぞ!」


 ゼノは再び1人で前へと飛び出した。


 敵は警戒をさらに強めているようだ。

 しかし、味方に風銃が渡ったこともあり、むしろ戦いやすい状況となった。


 増援の帝国兵を倒しては突き進んでいく。

 味方に風銃が行き渡る頃には塔へと辿りついた。


 各階の外縁――テラスを繋ぐ階段があるため、わざわざ内部に入る必要はなかった。ゼノはわらわらと押し寄せる敵を排除しながら先頭をひた走る。


「ここの階だ! 急げ!」


 ついに3階まで辿りついた。


 ここまで脱落者はいない。

 だが、敵の追撃は激しさを増している。


 ゼノは先に仲間を3階の内部へと繋がる通路に引き入れたのち、階段から追いかけてくる敵を迎撃していく。


 通路は人2人分程度の幅しかない。

 そこから味方も風銃で援護をしてくれている。


「ゼノも早く!」


 ちょうど階段からの敵の増援も落ちついている。

 合流するならいましかない、と駆け出したとき。


 行く手を塞ぐ形で1人の帝国兵が上階から飛び下りてきた。


 体格もよく見るからに実力のある戦士だ。

 自信に満ちた顔で緑に光る両拳を突きあわせている。


 相手はなめらかに動きだし、右拳を真っ直ぐに突き出してきた。

 ――鋭い。


 ゼノは紙一重のところで躱し、反撃へと移ろうとする。が、敵が繰り出した左拳がすでに右側から迫ってきていた。回避は間に合わない。とっさに右腕を割り込ませ、衝撃を逃がす方向で構えた、直後。


 どんっと凄まじい衝撃に見舞われた。


「ぐぁっ」


 体が浮き、飛ばされる。

 衝撃を逃がしてもこの威力だ。

 骨が折れていないだけマシだった。


 ゼノは腹まで抜けてきた痛みを押し殺した。

 追撃をまぬがれんとすぐさま立ち上がって構えなおす。


 相手は優秀なフェザリア使いだ。

 これまでの帝国兵とはわけが違う。


 と、敵が早々に距離を詰めてきた。

 反撃を考えればいますぐにでも殺られる。

 回避に専念し、敵の攻撃をなんとか凌いでいく。


「ゼノッ!」


 仲間たちが援護射撃をしようとしてくれている。

 だが、相手の動きが速いうえに誤射もしかねない状況だ。


「お前たちは先に行け!」


 そう叫んだときだった。

 通路から顔を出したシャラが必死な顔を向けてくる。


「そんなっ、あなた1人を置いてはっ」

「1人のほうが戦いやすいんだよ!」


 食い下がるシャラにそう言い切った。


 納得してはいないようだったが、聞き分けてくれたようだ。シャラは仲間たちとともに通路の先へと駆け込んでいった。


「まるで1人なら勝てるような口振りだな」


 眼前の帝国兵が嘲笑しながら攻撃を加速させる。


 悔しいことに相手の言うとおりだ。

 勝てる見込みはまるでなかった。


 いまは回避に専念し、時間稼ぎしかない。

 初めはそう思っていたが、それすらも厳しい状況だった。


 回避が間に合わない場合は腕による防御をかました。

 だが、その上からも突き抜ける衝撃に体力を着実に削られていく。


 ついには脳を激しく揺らされた。

 すぐには立ち上がれず、その場に膝をついてしまう。


「フェザリアなしでここまで耐えたのは褒めてやる。だが、貴様も知ってのとおり……真の強者の前ではすべてが無意味だ」


 敵が眼前に立ち、合わせた両手を振りかざした。

 そのまま槌のごとく振り下ろそうとした、瞬間。


 外縁側から巨大な影が飛びだしてきた。

 掘削用の重装機兵、バンカースケイルだ。


 その重さもあって着地と同時に床が揺れた。


 帝国兵がフラついたところへと、バンカースケイルの右腕が接近。その先から大きな杭が突き出された。もとは岩を粉砕するためのものだ。いくらフェザリアで強化された人間でも受け止められる衝撃ではなかった。


 眼前にいた帝国兵は体を抉られる形で命を散らした。


「ふぅ、ぎりぎり間に合ったみたいだな!」


 操縦者はヴィンスだった。

 おそらくダナガの採掘で使っていた機体だろう。

 まさかここまで乗ってくるとは思いもしなかった。


「めちゃくちゃだな……でも、助かったぜ」

「へへ、これならフェザリアなしでも役に立て――」


 続きの言葉は紡がれなかった。

 突如として視界の横から現れた影によってバンカースケイルが吹っ飛ばされたのだ。


「ヴィンスッ!」


 最悪の事態だ。

 目の前に現れたのは帝国が誇る戦闘用重装機兵、ガリアッドだった。


「わたしの美しい顔を汚した罪を償ってもらうぞ……!」

「デジャン……ッ!」



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