◆第八話『切り札』
ヴィンスの安否を確認する暇はなかった。
眼前までガリアッドの右手が迫っていたのだ。
「くそっ」
ゼノは全力で右方へ身を投げ打った。
ごんっと鈍い音が響く。
ちらりと振り返ればへこんだ足場が映り込んだ。
ガリアッドの手は巨大なうえに5本の刃を組み合わせた構造だ。
突かれても、掴まれても死しか待っていない。
さらに脅威は接近戦だけに留まらない。
「ヒィヤァアアアア!」
デジャンの奇声とともに向けられたガリアッドの右掌。そこに埋め込まれた緑色の丸い水晶が発光するや、同色の光球が撃ち出された。
ゼノは半ば反射的に身を転がす。
と、すぐそばを成人を丸々呑み込むほどの光球がとおりすぎ、塔の外壁に激突。抉るように巨大な穴を開けてみせた。
つぅ、と背筋にいやな汗が流れる。
ガリアッドの手は風銃と同じく風撃を放つことができる。ただ、その威力は風銃とは比べ物にならないほど高い。
遠近どちらにも死角がない。
まさしく戦闘のために生み出された兵器だ。
「ははは! どうした!? わたしを倒せばお前たちは勝てるかもしれんのだぞ! さあ、反撃してこい! さぁ、さぁ、さぁっ!」
敵は、こちらが反撃できないことを理解したうえで遊んでいた。
ゼノはガリアッドから繰り出される攻撃を紙一重のところで回避しながら3階のテラスを駆け回る。
ガリアッドは非常に高い戦闘能力を有している。
仮にシャラたちが手錠の鍵を入手し、フェザリアが使える状態で戻ってきてもガリアッドを倒すのは難しいだろう。
もっとも怖いのは唯一のアストラ使いであるシャラが狙われることだ。シャラさえ生きていれば、ほかの仲間たちも手錠を解除できる。さすがに数十人規模であればガリアッドにも対処できるはずだ。
ゆえに、シャラの安全を確保するためにも、一刻も早くここからガリアッドを遠ざける必要があった。
ゼノは2階へと繋がる階段へと走りだす。
が、すぐさま行く手を阻まれたうえに風撃で階段を破壊されてしまった。
デジャンが醜悪な笑みを向けてくる。
「せっかく起動させたのだ。まだまだ付き合ってもらうぞ」
「じゃあ、しっかりと追いかけてこいよ……反乱を起こさせた有能な看守長さんよ」
「きさまぁ……っ」
なんとも安い挑発に乗ってくれた。
デジャンが怒りに任せた攻撃をしかけてくる。
たとえ先に道がなくとも、いまは敵をこの場所から遠ざけなければならない。
ゼノは弾かれるようにして反転し、駆けだした。
上階へと繋がる階段を駆け上がる。
つい先ほどまで立っていた足場が次々に破壊されていく。
まさに奇蹟の連続といっても過言ではない回避が続いていた。
……いや、実際は奇蹟などではない。
敵は絶対的優位な立場を利用してか、まだこちらを弄んでいる。
「自ら退路のない場所に来るとはな……きさまは相当なバカのようだ」
ついに中央塔の屋上まで辿りついた。
円形状のだだっ広い場所だ。
平らで置かれたものはなにもない。
ただ、高い場所とあってか。
最悪な状況とは相反して最高の夜空を望めた。
ゼノはガリアッドを警戒しつつ、距離をとる。
「バカはお前のほうだろ。いつ爆発してもおかしくない囚人たちを挑発して、こんな反乱を起こさせた。これは大失態ってことになるんじゃないのか?」
ぐっ、とデジャンがたじろぐ。
どうやら失敗したという自覚はあるようだ。
「自尊心の塊みたいなお前のことだ。こんな辺境の看守で終わるつもりなんてなかったんだろ」
「……たしかにそのとおりだ」
あっさり認めるとは思わなかった。
ただ、デジャンに堪えた様子はない。
それどころか口元を綻ばせている。
「帝国が誇る13輝将の1人として数えられること。そして、本土が連結する島の1つの所有者となることがわたしの目指す到達点だった」
「大層な夢だが、もう無理だろ」
「だが、わたしは思いだしたのだ。すべての失態を帳消しにするどころか功績となる可能性がある切り札のことをな。……ああ、そうだ。お前のことだ」
デジャンからねっとりとした目を向けられた。
「……なにを言ってるのかわからないな」
「とぼけても無駄だ。かつて翼竜人とともに帝国を震撼させた史上最悪の反逆者――」
それは懐かしく……。
そして、過去に捨てた名だった。
「――ゼノ・クラーラ」




