◆第六話『突撃のダナガ』
「どうして囚人がここに――ぐぁっ」
帝国兵が呻き声を残して地に伏した。
これで5人目だ。
ヴィンス・ローランドは6人の仲間とダナガの地下に潜っていた。
いましがた倒した帝国兵の奥には、荒々しく角ばった結晶が台座に置かれていた。人を10人合わせても足りないほどに巨大なものだ。それにほんのりと青い光も発している。
あれは流命核。
島を浮かしているものだ。
また水もこの流命核の下部から生成されている。
いまも脇の溝に目を向ければ、ちろちろと流れている。
ほかにも流命核には変わった力がある。
それは周囲の石を風翔石に変質させるというものだ。
おかげで辺りは採掘道具が散乱していた。
採った風翔石を運ぶためのトロッコもたくさんある。
空に浮いた石を集めるのも、集めた石を島に馴染ませるのも、すべてはこの風翔石を得るため。減った石を補充しては、この流命核の近くに運んでくるのだ。
「仕事以外で来るとなかなかいい場所に見えてくるな。なあ、あんたもそうは思わねぇか?」
先ほど地上で倒した看守を1人だけ連れてきていた。
手首は縛って暴れられない状態にしてある。
「おら、さっさとフェザリアを流せ」
看守を流命核の周りに置かれた椅子に座らせた。
仲間が看守の首元に尖った棒を突きつける。と、看守が怯えつつも反抗的な目を向けてきた。
「お、俺が従うとでも思ってるのか?」
「ああ、思ってる」
ヴィンスはナイフの切っ先を看守に見せつけた。
先ほど地上でデジャンが手放したものだ。切れ味は鋭いし、握り心地もなかなかによかったのでもらってきた。
「俺は、こういうことには慣れててな。いつもまずは目玉からイクって決めてんだ」
さらに切っ先を近づけると、看守が短い悲鳴をあげた。
帝国本土の兵士は忠誠心が高いらしいが、こんな辺境の、しかもデジャンの部下だ。予想どおり簡単に従ってくれた。
「さすがヴィンスだぜっ」
「ああ、俺らとは場数が違うな」
仲間たちから称賛の声があがる。
本当は慣れているどころか1回もしたことはない。
そもそも眼球をくり抜くところなんて見たくもなかった。
ただ脅しを頑張った甲斐あってか。
看守が指示に従って動きだした。
椅子前の台座に埋め込まれた半球状の水晶に手を当てる。フェザリアを流したのだろう。中央の流命核が光を増し、緩やかにその場で横回転を始めた。
直後、流命核の置かれた台座の中央にうっすらと青味を持った透明版が浮かび上がった。これは空図と呼ばれるもので島付近の様子が描かれる。
いま描かれているのは2つの点のみ。
ダナガとシュボスだ。
島の操縦はいたって簡単だ。
空図前に天を仰ぐ形で置かれた円盤型の操舵輪。これが島と連動している。回せば島は横回転、進みたい方向へ倒せば前進する。
『――聞こえますか、ヴィンスさん』
突然、頭の中に声が届いてきた。
ゼノの女――シャラがアストラの交信術を使って話しかけてきたのだ。同じ島内程度の距離であれば、離れた相手と会話ができるという。体験するのは初めてだが、なんとも便利な力だ。
『配置につきましたので準備が出来次第お願いします』
「了解、こっちもちょうどいまから動かすところだ」
そう返答しつつ、ヴィンスは空図に従って島をシュボスのほうへと倒した。ごごご、と辺りが地鳴りを響かせはじめる。どうやら問題なくダナガが動きだしたようだ。
「連結さえしてなければこのまま逃げられたのにな」
仲間の1人がそうこぼした。
ダナガとシュボスは鎖で繋がれている。
これは人力ではなく、島の機能として備わっているものだ。
一定距離に浮遊する複数の島の所有者が同じ場合、鎖で繋がれる。
所有者となるには流命核に血を垂らすだけでいい。
ただし、すでに所有者がいる場合は、その限りではない。
所有権は、所有者が死ぬか。
所有者が島から遠く離れるか。
あるいはもう一度所有者が流命核に血を垂らすことで解消される。
「どのみち追いつかれてやられるだけだ。大体、ダナガの発着場にも看守は残ってんだぜ。俺たちはもうやるしかねぇんだよ。ゼノと一緒によ」
ヴィンスはそう強く言い切った。
「……ゼノか。あいつ本当にやばかったよな」
「だな。まさかあそこまで強ぇとは思わなかったぜ」
仲間たちがしみじみと語りはじめる。
島では誰もがゼノに一目置いていた。
纏う空気感が常人のそれを超えているのだ。
だからこそずっと反乱の先導を頼んでいたのだが、結果は想像以上だった。
「けど、あいつも人間だ。1人でなんでもかんでもできるわけがねぇ……お前ら、あとは任せるぞ。俺も上陸組に合流する」
言って、ヴィンスは操舵輪から離れた。
結果的にゼノが頭という形になった。
だが、担ぎ上げたのは間違いなく自分だ。
せめて責任をとって最前線で戦いたかった。
「あ、ヴィンス! どうせなら、あれに乗ってったらいいんじゃねえの?」
「……あれ?」
「〝バンカースケイル〟だよ。俺たちの仕事道具だ」
仲間たちに促され、空洞の隅に目を向ける。
と、そこには人型のナニカが置かれていた。
全高は成人3人程度。
箱を幾つも接合させたような無骨な造りをしている。
また両腕には大きな杭が1本ずつ取りつけられている。
あれはバンカースケイル。
掘削用の重装機兵だ。
「こんな辺境だ。どうせあっちにゃガリアッドなんて配備されてねえだろうし、そいつで暴れ放題かもよ!」
ガリアッドは帝国が誇る戦闘用の重装機兵だ。
対するバンカースケイルは採掘用とあって戦闘は想定されていない。
動きはぎこちないし、攻撃手段も杭を突き出すぐらいしかない。ただ、それでも装甲だけは生身の人間よりは硬い。単純な力もある。
「なにかの役に立つかもしれねぇし……その案、採用だっ」
◆◇◆◇◆
デジャン・ベイクンはシュボス島の帝国軍本部へと帰還していた。空車輪から降りるなり、3人の部下たちが駆け寄ってくる。
「デ、デジャン様っ!? 付き添いの者たちは……っ」
「囚人どもが反乱を起こした! それも全員だ!」
血の味のする口を動かして叫んだ。
思いだすだけで怒りが込み上げてくる。
「な、なんと……しかしそのような中、よくぞご無事で……」
「無事ではない! 見ろ、この歯を! わたしの美しい歯がたくさん折れたんだぞ! あ……いま、貴様笑ったな?」
「い、いえ決してそのようなことは……」
「笑ったなぁっ!」
怒りに任せて部下の口目掛けて拳を振り切った。
「ぐぁっ」
血まみれで倒れる部下。
歯が折れたかをたしかめる気にはならなかった。
ひとまず殴ったことで頭が冷え、どうでもよくなったのだ。
「では、ダナガ発着場の者たちに鎮圧を命じられたのですか?」
「奴らには待機を命じてきた」
「し、しかしそれでは」
「バカか、きさま!」
2人目も殴り飛ばした。
残った1人とともに早足で歩きだす。
「あそこには30人程度しかいない。相手の数が数だ。無闇に突撃すればこちらがやられる可能性もあるだろう」
「はい、まったくもってそのとおりでございます!」
「知ったような口をきくな!」
「ぐぁっ」
冷静になれたと思ったが、勘違いだったようだ。
3人いた部下たちがいなくなってしまった。
しかし、いまはどうでもいい。
目的の場所――格納庫に辿りついた。
無機質な空間の中、巨大な影が奥に佇んでいる。
「我々の圧倒的な武力を思い知らせなければならない。奴らが二度とわたしに歯向かうなどとバカなことを考えないようにな」
デジャンは1歩2歩と踏みしめるように前進する。
と、ついにそれは影から姿をあらわにした。
「ああ、何度見ても美しい造形だ……っ」
戦闘用重装機兵――ガリアッド。
約2年前。
ジグレール帝国の王、ディメルより賜ったものだ。
多くの輪郭が流線によって形作られ、また人間で言うところの無駄な肉を削いだような外見をしている。言うなれば、鋭い刃だ。
その洗練された姿は、同じ重装機兵のバンカースケイルとは比べ物にならない。
通常、辺境の島に与えられるものではない。
だからこそ、これは王からの信頼の証であると確信していた。
――もちろん、優秀なこのデジャン・ベイクンへの。
「囚人どもめ、このデジャン様に歯向かったことを後悔させてや――ぐばっ」
突如として激しい揺れに見舞われた。
背中をハンマーかなにかで叩かれたような衝撃だった。ガリアッドに体当たりをかまし、その場でうずくまってしまう。
凄まじくみっともない格好だった。
誰にも見られまいと痛みを我慢してすぐさま立ち上がる。
周りを確認すると、格納庫の備品があちこちに散乱していた。先ほどの衝撃がどれほど凄まじかったかを物語っている。
「い、いったい何事だ……!?」
「デジャン様っ!」
1人の帝国兵が格納庫に駆け込んできた。
切羽詰まった様子で声を張り上げる。
「ダナガがっ、ダナガがシュボスに突っ込んできましたっ!」
「…………はぁあああああッ!?」




