◆第五話『教会までの道』
「帝国兵が来たりはしないのか?」
「過去に何度か。ただ、商業島とは違うので留まっても利益はないと判断したのでしょう。最近は様子を窺いにくることはあっても上陸してくることはなくなりました」
こちらの問いに、レイゾンが答えた。
いまは彼の案内のもと、発着場から続く通りを歩いているところだ。
左右に並ぶ建物は多くが店と居住区が一体となったものだった。商業島ほどではないが、多様な店が並んでいる。のどかで垢抜けていない市場といった感じだ。
「帝国の目がないのは最高デスネ」
「……だが、そのわりに暗い」
グリッグの言葉にシギが毒づいた。
シギの言うとおり島の空気はどこか暗かった。
店を出す者や、ちらほらと往来する者。どこを見ても笑顔がほとんどない。とても平和な日々を送っている者たちが暮らす島とは思えない光景だ。
「教会があるとはいえ、情勢が情勢ですから。いつ帝国からの襲撃があるかわからないとみな怯えているのです」
レイゾンが少し困ったように言った。
彼の言い分もわからなくはないが、果たして直面すらしていない脅威を前に笑顔を失うほど恐れるだろうか。それも警備兵ではなく一般人が、だ。
と、なにやらシャラがいぶかるように辺りを見回していた。
「どうした?」
「……いえ、女性が少ないな、と」
たしかに先ほどから女性を見ていない。
見かけても少女か、あるいは高齢の女ばかりだ。
「女たちは畑のほうに出払っています。ちょうどここから島の反対側の区画に広がっているところです」
テムザス島に上陸する前、一区画を占める畑は確認している。自給自足ができる環境を整え、島1つで完結しているところは少なくない。テムザス島もそのうちの1つというわけだ。
「帝国との争いは……どのような状況なのでしょうか?」
レイゾンが恐る恐るといった様子で訊いてきた。
ただ、肩越しに向けられた目はひどく真剣だった。
「知ってどうする?」
「ただ、領主として外のことも少しは知っておきたいのです」
その言葉に嘘はないように見える。
一蹴しようかとも考えたが、思い留まった。
今後、ダナガの活躍を知って帝国に立ち向かおうとする組織が現れるかもしれない。こちらの存在を広めることは、決して無駄にはなららないはずだ。
「つい先日、フォルツティア王国が仲間に加わったところだ」
「フォルツティア王国が!? たしか帝国に降っていたはずでは……」
「色々あって裏切り者扱いをされてしまったんデス」
「……そこを俺たちが北東要塞から救いだした」
誇らしげに説明するグリッグとシギ。
かなり省略されていたが、伝わったようだ。
レイゾンが足を止めるなり、驚いた顔を向けてくる。
「ということは……あの《黄金のルピナ》も?」
「ああ、島で待機してる」
レイゾンは興奮しているのか、「すごい……!」と呟いていた。さらに期待に満ちた目を向けてくる。いますぐにでも仲間に加わえてくれと言い出しそうな雰囲気だ。
「やめたほうがいい」
牽制するつもりで伝えた。
レイゾンが開きかけた口を閉じる。
どうしてと言いたげな目を向けられた。
「いまも追われてるところだ。すぐにでもこの島の周囲で戦闘が始まってもおかしくはない」
現在地からもっとも近い北西要塞には少なくない被害を与えたばかりだ。さすがにすぐに襲われることはないと思うが、絶対ではない。
凄惨な未来を示したからか。
レイゾンが先ほどとは打って代わって顔をこわばらせていた。
「わざわざ教会の庇護を捨ててまで来るほど恵まれた環境じゃない」
「……そう、ですね」
自嘲するかのようにそうこぼすと、彼は再び歩きだした。
まるで心の底から思っていないともとれるような笑みだった。シャラたちも同じように感じていたようだ。おかげで怪訝な顔を見合わせることになった。
それからしばらく案内のもと歩き続け――。
ようやく足を止めたのは島の中央付近に辿りついたときだった。
「つきました。ここが聖王国の教会です」
レイゾンに促されるがまま、その先に鎮座する建物を見やる。
青い屋根に真っ白な壁。
入口の縁脇に施されたレリーフ。
なにより目についたのは、その大きさだ。
聖王国の教会は幾つか見たことはあるが、一度に30人が礼拝に来ても入れる程度の大きさが一般的だ。しかし、目の前の教会はそれらよりもわずかに大きい。外観からではあるが、50人程度が入れる規模を想定していそうだ。
「立派な教会ですね」
シャラが見上げながら感嘆の声をもらした。
後ろではグリッグやシギも同様の反応を見せている。
たしかにとても立派だ。
ただ、それだけに閑散としているのが気になった。
「中までご案内しますね」
レイゾンに続いて教会の中へと入る。
礼拝堂は予想していたとおりの大きさだった。
幾つもの長椅子が射し込む陽光を受けながら並んでいる。
静謐な空気が際立っていた。
誰1人としていないから余計にそう思えた。
その瞬間までは。
「あ……わぁっ」
どこからか可愛らしい声が聞こえてきた。




