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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【黄金の意志】第三章

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◆第八話『黄金のルピナ』

 空と地上のどちらからも襲ってくる数多の風撃。

 いまが夜とは思えないほどに映る光景は明るかった。


「シャラ、とにかく敵に捉えられないように動き回れ!」


 ゼノはルピナを解放後、シャラに乗って要塞の空を飛んでいた。


 戦斧を放り投げては地上の施設や増援で送られてきたガリアッドを破壊。接近した空車輪は片っ端から雷撃で墜としていく。すでに眼下は惨憺たる状況だ。殺した帝国兵の数にいたっても間違いなく100は下らないだろう。


「なんなんだ、こいつは!?」

「本当に同じ人間なのか……っ」


 恐怖に満ちた顔のまま、また新たな帝国兵が沈んでいく。このままできるだけ多くの敵兵を引きつけ、戦力をそいでおきたい。だが、もうこれ以上は難しくなりそうだった。


『ゼノ、来ます!』


 シャラの声が頭に響いたかと思うや、下方から黒竜が接近してきた。騎乗しているのは小柄な男。自身の背よりも遥かに長い槍を突き出しながら迫ってくる。


 シャラの体を傾け、戦斧の腹で槍の一撃を受け止めた。だが、勢いまでは抑えきれず、ぐいと上方へ追いやられる。


「コディン……っ!」

「バカなのか、貴様は? まさかわざわざ〝鍵〟を持ってきてくれるとはな……っ!」


 心底理解できないといった顔を向けてくるコディン。約2年前、ソフィアを失ったあの日からまるで変わっていない。相変わらず顔面のあどけなさに相反した冷酷な目つきだ。


 戦斧を力任せに振り、コディンを弾き飛ばす。


「バカなのはそっちだろ。お前1人で勝てると思ってるのか?」

「安心しろ。わたしは貴様と違って死に急いではいない」


 コディンが勝ち誇ったように笑った、瞬間。上空の右手側から迫る殺気を感じた。とっさに構えた戦斧の腹に、バシンと乾いた破裂音が響く。衝撃こそほとんどないが、当たれば腫れる程度では済まない痛々しい音だった。


「あら、思ってたよりいい男じゃない……っ!」


 鞭の攻撃手は女だ。

 コディンと同じく黒竜に乗っている。


 初めて見る顔だった。

 切れ長の目に豊かな乳房。さらにしなやかな肢体。

 濃い目な化粧は少々きついが、どこか妖艶な空気を纏っている。


 すぐさま距離を詰めて反撃に向かいたいところだが、そうもいかなかった。異なる方向からまたべつの気配を感じたのだ。


「下がれ、シャラっ!」


 応じてシャラが羽ばたいて後退する。

 と、先ほどまでいた空間をとてつもない速さで1頭の黒竜が通過していった。


 騎乗者は1人の青年。

 ルピナ同様、正統的な剣を手にしている。


 敵から距離をとったのち、新たに現れた2人を交互に見やる。


「そっちの優男がカナードで、そっちの香水くさいのがギュネアか」

「わ、わたしがくさい……っ!?」


 顔を引きつらせるギュネア。

 鼻が利く翼竜とあってか、シャラが同意とばかりにわずかに呻いた。


『たしかにあの臭いは強烈です……』

「だろ。あんなのを乗せた黒竜が気の毒だ」


 あえて嘲笑を混ぜて声に出す。

 と、ギュネアが血管を浮かび上がらせるほどに顔面を怒りで染め上げた。


「……わたしを侮辱したこと、絶対に後悔させてやるわ……!」


 上手く挑発に乗ってくれたようだ。

 あとはもう1人だが――。


「貴様が……貴様がルピナ殿をたぶらかさなければ……っ」


 どうやらカナードのほうは挑発するまでもないようだ。


 向けられた瞳には悲しみとともに過剰なまでの憎悪がこもっていた。ルピナに恋慕の類でも抱いていたのだろうか。いずれにせよ彼女を気にかけていたことは間違いないだろう。


 とはいえ、最終的にこうして剣を向けてきているということは、コディン側に与し、ルピナを切ったのだ。同情心などいっさい湧かなかった。


 ふいに遠方が騒がしくなった。

 おそらく仲間たちがフォルツティアの島々奪還に向けて動きだしたのだろう。


 そちらを見やったコディンがつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「わたしたちを引きつけている間に、フォルツティアを解放しようというわけか。……いかにも貴様が考えそうなことだ」


 過去に幾度も戦った13輝将の1人とあってか。

 コディンはこちらの行動にさして驚いてはいなかった。


「だが、貴様は忘れているようだな。3人の13輝将を相手に敗れたことを」

「……我々っても1人は子どもだろ。認めたくはないが、実質ほかの2人にやられたみたいなもんだ」


 コディンは非道なうえに冷静でいることが多い。ゆえに、こんな安い挑発も軽く躱されるだろう、と。そう思っていたのだが、彼の目は見るからに血走っていた。


「お前を殺しさえすればあとはどうとでもなる。お前たち、ゼノ・クラーラの排除を最優先に動け……ッ!」


 コディンの指示によって再び戦闘が始まった。


 接近戦をしかけてくるカナード。怒りに任せた怒涛の連撃は、とても長剣とは思えないほどの重みを持っていた。だが、力比べでは負ける気がしなかった。幾度か刃を交えたのちに力任せに振り抜いて弾き飛ばす。


 そのまま留めを刺そうするが、コディンの槍が横合いから襲ってきた。回避すれば、今度はギュネアの鞭が飛んでくる。どちらも最高に嫌らしい攻撃だ。おかげでカナードが体勢を整え、またも接近戦を挑んできた。


「貴様さえいなければ……っ!」


 カナードだけなら敵ではない。だが、やはりコディンとギュネアの存在が邪魔で仕掛けるに仕掛けられなかった。


 どちらも激情してはいるものの、戦いに感情を反映させるつもりはないようだ。自身の役割を見事にこなしてみせている。


「シャラ、とにかく回避優先で動け!」


 一瞬で瓦解しかねない状況だ。

 攻勢に出ることを考えさせたくなかった。


 シャラが回避のために急降下後、地面すれすれを翔ける。敵の黒竜3体が口から風撃を放っているのだろう。上空から休みなく巨大な緑の光球が降ってくる。


 紙一重のところで躱していく。そのたびに着弾した風撃が要塞施設を破壊していく。帝国兵がいようがお構いなしの攻撃とあって、あちこちから悲鳴が聞こえてくる。


「損害は考えるな! 鍵も多少傷つけて構わない! とにかく奴を殺せ!」


 コディンの怒声が頭上から聞こえてくる。


 飛び散った建物の破片が幾つもシャラに当たっていた。アストラの防御術で防いではいるものの、わずらわしく感じたのだろう。地面を叩くようにして羽ばたいて上昇する。


 コディンが上空から真っ直ぐに降下してきた。勢い任せの一撃だ。まともにやりあう必要はない。シャラを動かしてすぐさま躱す。


 が、コディンは回避されることを見越していたようだ。すぐさま黒竜に両翼を思い切り羽ばたかせ、制止。今度は下方から突き上げる形で迫ってくる。


「逃がさないわよっ!」


 ギュネアの鞭がシャラの右翼に命中した。

 シャラが呻き、回避せんとはばたこうとした動きを阻害されてしまう。


「シャラッ! くそっ!」


 ゼノは無理やりに体をひねり、シャラを傾けさせた。下方から襲いくるコディンの槍を受け止める。が、不利な体勢とあって上手くそらせなかった。


「らぁあああああああッ!」


 なんとか力任せに弾き飛ばした、瞬間。

 背後から猛然と迫りくる気配があった。肩越しに振り返った先、カナードが捨て身とばかりの突撃をしかけてきていた。


「ぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 剣の切っ先は完全にこちらを貫く軌道だ。シャラから離れる形で避けることはできる。だが、それでは彼女を失うことになる。それだけは絶対に避けねばならない。


 ほぼ無意識に左腕を犠牲にする方向で動きだしていた。だが、これでも防げるかどうかはわからない。


 防げなかったらどうするのか。

 誰がシャラを守るのか。


 そんな思考が巡る中、ついにカナードの剣先が迫った。


 瞬間、視界に黄金が煌めいた。

 次いで響き渡る甲高い衝撃音。


 ゼノは思わず口の端を吊り上げる。

 どうやら犠牲はなにも払わずに済んだようだ。


「……遅かったじゃねえか」

「すまない。武器の回収、そしてこの子を見つけるのに少し手間取ってしまった」


 その声に応じて1頭の黄竜が咆哮をあげる。


 現れたのは《黄金》の二つ名を持つ――。

 誰よりも愚直なフォルツティアの王。


「このルピナ・リア・フォルツティア。我が民のため、そしてこの身を救って頂いた恩義のため。これより貴公――ゼノ・クラーラに助太刀する……!」



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