◆第七話『フォルツィアット島の死闘』
遥か遠方で稲光が走ったのを機に、ダナガは重い動きから翔けだしていた。小さかった島群が徐々に近づくにつれ、周囲の空気が張りつめていく。
やがて北側から要塞島を覆う高い壁が見えはじめた、そのとき。ダナガの東外縁から幾つもの空車輪が空に飛び立った。
グリッグとオルクスの部隊だ。
フォルツティアの住民島であるニアン島、レナス島に上陸後、帝国から奪還。防衛任務に当たることになっている。
――いよいよだ。
なおも早くなる鼓動の中、エルクはガリアッドを北側へと向ける。と、いつの間にか近くに小柄な男――シギが立っていることに気づいた。彼は目だけをこちらに向けながら、静かに問いかけてくる。
「……大丈夫か?」
「はい、ボクは大丈夫です」
「……お前は1人じゃない。あまり気負うなよ。雷帝からの伝言だ」
たったそれだけを残して、シギが離れていった。
今回、彼の部隊は要塞島所有者の暗殺を任されている。ダナガがフォルツィアットに接触した瞬間、別方向から要塞島に侵入する手はずだ。
去っていくシギの背中を見つめながら、エルクは操縦桿をぐっと握りしめた。先の伝言からもゼノが心配してくれたことはわかる。だが、ただ生きて帰るだけで終わるつもりはなかった。
ようやく役割を与えてもらえたのだ。
――なんとしてでもゼノさんの期待に応えるんだ!
「エルク、そろそろだ! 準備しとけよ!」
「はいっ!」
仲間の声に応じ、ガリアッドをダナガ北端付近に進めた。
最終的にフォルツィアット奪還作戦に向かう仲間は56人となった。危険度の高さから少し上乗せされた形だ。ただ、それでも敵の数に比べれば微々たるものだろう。
だからこそ自分が頑張らなければならない。
視界の中、すでにフォルツィアットとの距離は間近にまで迫っていた。フォルツィアットの左右には10近くもの島が浮いている。見たこともない島の密度だ。
上空には、要塞島へと向かう幾つもの空車輪やガリアッドを吊るした輸送機の姿が見えた。おそらくゼノ討伐のために向かっているのだろう。ただ、接近する島の影――ダナガを捉えてか、動揺が走っているのが見て取れた。
どちらに向かうべきか、混乱しているのだろう。
――ゼノさんが作ってくれた好機を逃すわけにはいかない。
そう決意する間にもダナガは減速を始めていた。やがて緩やかにフォルツィアットに激突。無骨ながら互いの外縁を接触させることに成功した。
「行きますッ!」
隆起した足場を飛び越える格好でエルクはフォルツィアットに上陸した。付近の帝国兵は歩兵が5人にガリアッドが1体。ゼノが要塞島で暴れてくれているおかげか、やはりフォルツィアットの敵は少なくなっているようだ。
敵襲と叫ぶ歩兵へと一気に距離を詰め、左手を振り抜いた。さらに右掌をもっとも近い敵へと向け、風撃を放った。音もなく敵2人が消失する。
敵の間に動揺が走ったのを感じとれた。
同時に、いま自分が人を殺したことに気づいた。それも2人。
あまりにあっさりだったことで気づくのが遅れてしまった。「生きるためだからしかたないと思え」やら「敵を人間と思うな」やら色々と助言をもらっていた。だが、聞いていたよりも心は落ちついている。
いや、正確にはほかの感情に押し殺されているのかもしれない。
どうやらこちらが操縦するガリアッドは、敵の想定する戦闘能力を遥かに上回っているようだ。
敵のガリアッドが急接近とともに右手を突き出してくるが、側面へと回り込みつつ回避。突きを入れ、体勢を崩させた。さらに背後をとり、風撃を1発。最後に飛びかかって操縦席もろとも貫いた。
――いける。
同じガリアッドが相手でも負ける気がしない。
「これならボク1人でもっ」
城の正門までに立ちふさがる帝国兵のすべてを倒していく。ただ歩兵で風銃を撃つだけではこんなにも簡単に敵を倒すことはできない。ついこの前まで、仲間の力になれないと思っていたのが嘘のようだった。
「みなさん、いまのうちに!」
ついにフォルツィアット城の正門をも制圧した。
フォルツティア兵は城内の収監所に入れられている可能性が高いという話だった。ここから先の城内は仲間に任せ、自分は外の警戒。敵兵の排除を担当することになっている。
「よくやったぞ、エルク!」
「やるじゃねえか、見直したぜ!」
仲間たちがすれ違いざまに称賛の声をかけてくれる。初めてのことで昂揚感がどんどん増していった。ようやく……ようやく、仲間の役に立てた。
――だけど、まだだ。まだボクはやれる!
ガリアットを正門から離し、周囲の索敵を開始する。
と、今回のフォルツィアット上陸部隊の隊長の声が飛んできた。
「エルク、あまり先行しすぎるなよ! そろそろ敵の島から援軍も来るはずだ!」
「ボクなら大丈夫です! いまのうちにできるだけ数を減らします!」
このガリアッドがあれば敵を圧倒できる。
なにも恐れることはない。
敵の警戒に当たっていたところ、頭上から衝撃を感じた。見上げれば1機の空車輪が浮いていた。風撃を放って撃ち落とそうとするが、外れてしまう。
ガリアッドの風撃は威力が高い反面、連発はできない。そのわずかな隙の間に敵の空車輪が続々と増え、9機となった。遠くのほうからはさらなる増援の姿も見える。
上空から降り注ぐ風撃。ガリアッドの装甲は硬いものの、絶対ではない。さらに多少の衝撃も抜け、わずらわしいことこのうえなかった。
必死に回避運動をとって被害を最小限に留めつつ、ようやく撃てるようになった風撃で1機を撃墜する。だが、9機が8機になっただけとあって、ほとんど状況は変わらなかった。むしろ状況は悪化していた。
輸送機で運ばれてきた敵のガリアッドが左右に1機ずつ着地。一斉に襲いかかってきた。ガリアッド2体だけなら対応できる自信はある。
だが、いまは上空から風撃を多く撃たれていることもあり窮屈だった。おまけに風撃の光で邪魔されてまともに視界を確保できない状況だ。フォルツィアット上陸直後のように、上手く敵を圧倒できなかった。
「ぐっ」
躱した先で敵ガリアッドの風撃を当てられ、機体が大きくぐらついた。その隙を逃さずに体当たりをかまされた。耐え切れずに倒されたのち、馬乗りされてしまう。
すぐさま右腕を振りぬいて突き飛ばしたが、入れ替わる形で視界にもう1体の敵ガリアッドが映り込んだ。
右手を突きだしながら圧し掛かる勢いで飛びかかってきている。まとめられた刃のごとく尖った指先。このままでは間違いなく操縦席が貫かれる。
戦場に立ってからも不思議と感じなかった恐怖が、いまになって一気に襲いかかってきた。心臓が破裂しそうになり、全身が硬直したように動かない。
やっと仲間のために戦えるときが来た。
そう思っていたのに、こんなところで終わってしまうのか。
――ごめんなさい、ゼノさん……ボク、なにもできませんでした……!
胸中で悔いを吐露したとき、ついに敵の指先が眼前にまで迫った。
半ば反射的に目を閉じようとしかけたが、直前で踏みとどまった。視界の左端から飛び込んできた影がガリアッドを弾き飛ばしたのだ。
いったいなにが起こったのかわからなかった。
頭が混乱する中、聞こえてきた言葉でようやく理解が追いついた。
「ぼろぼろだったが、動いてくれて助かったぜ」
近場に停まった、動いているのが不思議なぐらい損傷した空車輪。そこから部隊長が降りてくると、安堵の息を吐いていた。
「お前たち、そのままエルクを援護しろ! こいつは作戦の要だ! 絶対にやらせるなよっ!」
見れば、城壁上や正門に仲間たちが風銃で帝国兵の迎撃に当たっていた。先ほどまで上空を飛び狩っていた空車輪が次々に墜落していく。敵ガリアッドにも多くの風撃が浴びせられ、見事に動きを制限していた。
どうやらフォルツィアットの兵たちも解放されるなり、参戦しているようだ。仲間とは違った服装の者たちの姿も見える。
先ほどとは一転した光景を前に、エルクは思わずきょとんとしてしまう。
「……どうして」
「どうしてもなにもねぇだろ。仲間を助けるのに理由がいるかよ」
当然とばかりの顔をされた。
エルクは下唇を血が出るほど強く噛んだ。
――お前は1人じゃない。あまり気負うなよ。
戦闘前、シギから受けたゼノの伝言。
まさに心配されていたとおりの失敗をしてしまった。
「なにが1人でもいける、だ……」
これまでずっと仲間の死闘を見ているだけしかできなかった。だからこそ、今回の戦闘では絶対に役に立とうと思っていたのに逆に足を引っ張ってしまった。
自分がどれだけ愚かか。
また未熟かを思い知らされた。
ただ、幸いなのはこの身が尽きていないこと。まだ戦闘が続いていることだ。
――取り返すんだ。今度はみんなの力を借りて。
エルクはゆっくりと深呼吸をした。
操縦桿を握りなおし、思い切り声を張り上げる。
「みなさん……援護、お願いしますッ!」




