◆第六話『気高き剣は、いま再び』
ルピナは目にかかった前髪がわずらしいと感じた。
無意識に手でどかそうとするが、動かない。
がちゃ、と頭上で音が鳴るだけに終わる。
両腕を吊り上げられた格好で鎖に繋がれていた。
当然ながら星刻印が施されたものだ。
フェザリアを使って拘束を解くことはできない。
収監所に入れられていた。
正面の格子以外、石で覆われている。
窓もないうえに冷たくて、薄暗い場所だ。
ここに入れられてから3、4日ほどが経っただろうか。外の景色がわからないため、時間の感覚がまるでなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
弟や帝国兵を助けるため、ゼノ・クラーラの交渉に応じた。
渡したのはガリアッド10機。過剰であることや、相手に屈さないという帝国の意志に反することも理解していた。ゆえに、要求に応じることでなんらかの罰を受けることは覚悟していた。
だが、結果は予想とは大きく違ったものになった。
ゼノ・クラーラと繋がっている。
そればかりか深い仲である、として裏切りとみなされてしまったのだ。
そんな事実は断じてなかった。
おそらく企てたのはギュネアやコディンに間違いない。
彼らはよそ者を毛嫌いしている。
この際に排除しようと考えたのだろう。
弟のため、民のため。
そう思うことで相手が親の仇であっても、必死に堪えて仲間であろうとした。その結果がこれだ。どうやらすべてが無駄に終わってしまったようだ。
ふいに遠い場所できぃと扉の開く音がした。
かつかつと2つの足音が近づいてくる。
「にしても本当にいいのか、俺たちがあのフォルツティア郷を――」
「いいもなにも、ギュネア様の命令だぜ。だったらやるしかねぇだろ」
「そうだな。ま、俺たちにとっても悪いことじゃあねえしな」
「むしろ最高だろ。あの顔にあの体だぜ。いまから考えただけでもゾクゾクするぜっ」
これから自分がなにをされるのか。
想像するには充分過ぎる会話だった。
とてつもない怖気と嫌悪感に見舞われる中、格子の向こう側に2人の帝国兵が姿を現した。1人は長身痩躯、もう1人は小太りな男だ。長身痩躯の男ががちゃがちゃと鍵を開ける中、小太りな男が格子の間に顔を突っ込んできた。
目を血走らせながら、舌をべろりと出してくる。
「待っててくれよぉ~、女王さま。って、あれ顔が抜けねぇ!」
「はは、バカじゃねえの。お先っ」
「あ、てめ、ずりぃぞ!」
長身痩躯の男が扉を開けて中に入ってきた。
眼前に立ち、目線を合わせるように屈む。
「いまからなにをされるかわかってるよな? 裏切り者の女王さま」
下卑た笑みとともに、手で顎を乱暴に持ち上げてくる。
相手は圧倒的に優位な立場とあってか、やけに強気だった。
これからのことを考えれば吐き気がする。だが、泣き叫ぶことはしない。どれだけ墜ちようともこの心は、フォルツティア王家の意志を継いでいるのだ。なにがあっても屈するつもりはない。
「いいねぇ。それぐらい強気のほうが俺は好みなんだ。せいぜい最後まで楽しませてくれよ……っ」
長身痩躯の男がもう片方の手を伸ばしてきた。
すでに未来を失った身で差し出せるものはない。だが、もし叶うのであれば、どうか民とユリアスの未来を繋いでほしい、と。ただひたすらに胸中で天へと祈りを捧げつづける。
穢れた手が間近に迫り、ついにその指先が体に触れようとした、瞬間――。
視界がぐらついた。
まるで島がわなないたかのような震動だ。
さらにどこからか激しい衝撃音が聞こえてくる。
音はどんどん近づいてくる。
「おい、なにが起こってるんだ?」
「知るかよ! それより俺の顔を外してくれっ! くそっ!」
動揺する2人の帝国兵。長身痩躯の男が慌てて牢の外に出たのち、通路の右方を見やった。直後、通路の天井が崩れ、男の姿は潰れる形で消え失せた。
幾つもの瓦礫が落ち、辺りが白煙に包まれる。
いったいなにが起こったのか。
「鍵もルピナも、スフレの言ってたとおりの場所だったな。……ってなんだ、こいつは?」
「た、助け――」
荒々しい斬撃音ののち、小太りな帝国兵の声が途切れた。
風が吹き込み、白煙が散っていく。
やがて晴れた視界の中、映ったものを見てルピナは思わず目を見開いてしまう。
「よう、また会ったな」
夜空を背景に勇ましく翼を広げた白銀の翼竜。
その手前に1人の男――ゼノ・クラーラが立っていた。
「どうして、貴公が……」
「どうか姉上をお救いください。最近、仲間になった奴にそう頼まれた」
彼が口にした〝奴〟がユリアスであることは明白だった。
ユリアスの逃走先がゼノのもとであったことに驚きはない。そこ以外にはないと思っていたからだ。しかし、まさか助けを乞い、またそれをゼノが受けることまでは予想していなかった。
「シャラ、頼む」
白銀の翼竜が人化し、こちらに駆け寄ってきた。ゼノから受け取った腕輪をはめ、こちらの鎖に手を当ててくる。ほのかな青い光が頭上で煌めいたかと思うや、鎖の拘束が解かれた。
ずっと拘束されていたこともあり、腕がひどくだるかった。だが、それでも得られた解放感に強い安堵を覚えた。ただ、フォルツティアの島々がいまも要塞島に連結されたままだ。悠長にしている暇はない。
「あとは自分でどうにかしろ」
「わたし1人だけ逃げるわけには――」
「安心しろ。お前の島を解放するために俺の仲間が動いてくれてる」
こちらが民を置いて逃げないことも織り込み済みだったようだ。その周到な作戦を称賛したい気持ちが湧きあがると同時に、苛立ちも一気に募った。
「なぜだ……ユリアスに頼まれたかと言ってここまでする義理はないはずだ……っ」
この要塞島には多くの帝国兵が常駐している。13輝将の数も3人。いくら《雷帝のクラーラ》といえど、容易に相手にできる戦力ではない。危険を冒してまで乗り込んでくる理由がわからなかった。
「俺の仲間を生かすにはまだ力が足りない。だから、お前の力を望んだ。ただそれだけだ」
とても端的な答えだった。
彼の目には、まるで迷いが感じられない。
自分とは見ている場所が違う。
本能的にそう感じ取ってしまった。
「……わたしは間違っていたのだろうか」
気づけば、そう口にしてしまっていた。
帝国に前王である父を殺され、引き継いだ王位。一時は徹底抗戦を考えたが、民の安全のためにと帝国に与した。あの選択をした時点から間違っていたのだろうか。
「さあな。ただ、そう思うなら違う道を歩きなおせばいい。俺も、そうしていまここに立ってる」
とても簡単なことのように言ってのけた。
こちらがどれだけ悩んでいたのかを彼は知っているのだろうか。
……いや、知っているはずだ。
彼も帝国に敗北し、這い上がってきた。だからこそ、あんなにも淡々とした言葉ながら、痛いほどこの胸に突き刺さるのだろう。
――わたしも彼のようになれるだろうか。
そんな強い憧れが胸の奥底から湧き上がってくる。
視界の中、シャラがどこかを見ながら顔を険しくした。
「ゼノ、急ぎましょう。幾つも音が近づいてきています」
「ああ、こっからは派手に暴れるぞ」
再び翼竜化したシャラがゼノを乗せ、はばたきはじめた。一度は収まった白煙が再び視界の両端で舞い上がる。
「さすがに相手が相手だ。できるだけ早く頼むぜ」
そう言い残して、ゼノは飛び立っていった。
こちらは3、4日も不自由な体勢で牢獄に繋がれ、体も万全な状態ではない。にもかかわらず、まるで協力することが当然と言わんばかりの口振りだった。
「なんともひどい男だ……」
思わず笑みをこぼしてしまった。
ただ、それがきっかけとなったのか。
無意識に体が立ち上がろうと動いていた。
もう自分には未来がなくなったと思っていた。だが、まだ少しでも残っているというのならば、やるべきことはひとつしかない。
フォルツティアのため。
そして弟のユリアスのため。
いま一度、剣を持つことだ。




