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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【黄金の意志】第三章

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◆第五話『想いの残滓』

「カナードはどこにいるの?」

「マ、マルシャン様……っ! は、はい。寝室にてお休みになられています」


 怯え気味に答えた侍女のそばを、かつかつと足音を響かせながらとおりすぎる。


 ギュネア・マルシャンはカナードの邸宅を訪れていた。


 何度も足を運んだ場所だが、とおされたのはいまだ応接室のみ。だが、それも本日で終わりとなる。なぜなら――。


 人知れず口の端を吊り上げた、そのとき。

 後ろから「あ、あのっ」と先ほどの侍女に呼び止められた。


「カナード様はご気分が優れないようで……」

「だから、なに?」

「い、いえ……お引止めして申し訳、ございませんでした……っ」

「ふんっ」


 まったくもって腹立たしい。

 いますぐにでも躾を施したいところだが、まだその権利はない。正式にカナードの妻となるまでの辛抱だ。そう自身に言い聞かせてなんとか心を静めた。


「ギュネアよ。入ってもいいかしら?」


 カナードの寝室に辿りつくなり扉を小突いた。

 少し待っても返事はなかったが、構うことなく扉を開けて中に入る。


 派手さはないものの、最低限の上品さを兼ね備えた部屋だった。初めて入ることもあり、言い得ぬ昂揚感が湧き上がってきた。部屋に満ちたカナードのニオイも、それを助けたのは言うまでもない。


 カナードは寝台に腰掛けて俯いていた。

 侍女が言っていたとおりだ。

 見るからに気力を失っている。


「心配していたのよ、ずっと顔を出さないんだもの」


 要塞島に配属された13輝将は、基本的にその要塞島に駐屯するのが慣例だ。しかし、ルピナを牢に放り込んでからというもの、カナードは自身の島から出ようとしなかった。


 ギュネアは静かに歩み寄り、カナードの隣に腰を下ろす。


「まだルピナのことを気にしているの?」


 これまで無反応だったカナードがかすかに反応した。おそらくルピナの名前を出したからだろう。……本当に忌々しいことこのうえない。


「彼女が自ら犯した過ちよ。あなたが気に病むことはないわ」

「……わたしにはどうしても彼女が我々を謀っていたとは思えないのです」


 どこまでもルピナのことを信じているようだ。

 そんな真っ直ぐな心を持つカナードだからこそ手に入れたいと思ったのだが、いまこのときだけはひどくわずらわしいと感じた。


「ああ、可哀相なカナード……」


 彼の頬に右手をそっとそえた。

 男とは思えないほどになめらかな肌触りだ。


 これまでどれだけ願っても届かなかったカナードの肌に触れている。その事実のせいか、体中に熱が走りはじめていた。


「わたしには理解できないわ。こんなにもカナードは魅力的なのに……敵の、それもゼノ・クラーラなんて野蛮な男を選ぶなんて……」


 ゼノ・クラーラの名前を出した途端、カナードの全身に力がこもった。おそらく強い嫉妬心から来るものだろう。狙いどおりの流れに思わず高笑いをあげてしまいそうだ。しかし、まだ気は抜けない。これから最後の仕上げが残っているのだから――。


「でも、大丈夫。もう苦しむことも、悩むこともないの。わたしがすべてを忘れさせてあげるから……」


 カナードの頬に当てていた掌を顎から首筋へと下ろし、最後に胸まで下ろした。そのままゆっくりと力を加え、彼を押し倒した。


 ギュネアは流れるように自身の上衣の留め具と、紐をほどいた。さらに勢いのまま服を脱いだ、瞬間――。


 ばさりと音がした。

 いったいなにが起こったのか。

 気づけば、体が掛け布団で包まれていた。


「……え」

「申し訳ない、ギュネア殿」


 カナードがこちらに背を向ける形で立ち上がり、肩越しに苦しげな顔を向けてくる。


「いまはそのような気分にはなれない。いや、きっとこれからも……」


 そう言い残すと、すたすたと部屋をあとにした。

 1人きりになった部屋の中、ばたんと虚しい音が響く。


「なに……なんなのよ、これ」


 体には絶対の自信があった。

 実際、帝国内でもこの体と交じり合うことを望む男は数えきれないほどいた。だが、カナードはどうか。興味を示さないどころか、拒絶してきた。


 がりっと音が鳴るほどに思い切り歯軋りをする。


 ルピナの裏切りを明確に提示することによって、カナードの中の愛情を完全に消せると思っていた。だが、いまもなお彼の胸中にはルピナが大きな存在として残っている。


 ――そう、わたしに魅力がないわけじゃない。わたしが悪いわけじゃない……!


 自身に言い聞かせれば言い聞かせるほど、苛立ちはさらに募った。このままでは絶対に終われない。なんとしてでもカナードを手に入れなければ矜持を保てそうになかった。


 しかし、いったいどうすればカナードの心を手に入れられるのか。頭の中に憎悪をふんだんに混ぜながら思考をはじめると、予想以上にすんなりと答えが生まれた。


「……どうしてもっと早くに思いつかなかったのかしら」


 カナードがルピナのことを忘れられないのであれば、その印象をかきかえてやればいい。コディンあたりにはまた悪趣味だと言われるかもしれないが、もはやそんなことはどうでもよかった。


 すべてはカナードを手に入れるためだ。


「待っていなさい、ルピナ。あなたのすべてを終わらせてあげるわ……!」



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