◆第三話『すべきこと』
『みなさん、とても動きがよくなってきましたね』
要塞島へ進路を向けてから2日後。
ゼノは、シャラに乗って空を哨戒していた。
眼下では、ダナガとシュボスの間を何度も行き来する空車輪の集団が映っている。
ルピナ及びフォルツティアの島々奪還作戦に向け、各部隊が与えられた任務を迅速に遂行するため、訓練を行っているのだ。
上陸から奪還、防衛配置に至るまで。スフレに描いてもらった各島の全体図をもとに、あらゆる状況に対応できるよう幾通りにも渡って模擬している。
「……ああ。これなら当日も上手くやれるだろう」
『ですが、なんだか変な感じです』
「色のことか?」
眼下に映る空車輪はすべて黒く染まっていた。作戦決行を夜中に設定したこともあり、少しでも目立ちにくくなるようにと塗装したのだ。レイカの提案だ。
『はい。黒は帝国の印象が強いので』
「夜襲を成功させるためだから仕方ない。シャラも塗るか?」
『……絶対にいやです』
「冗談だ。ま、当日の俺たちは目立つことが仕事だ。いまのままでいい」
表情はわからないし、言葉にもしていない。だが、シャラが心底ほっとしていたように感じたのはきっと気のせいではないだろう。
シュボスの中央塔の上空に差し掛かったとき、近辺で訓練をするガリアッドが目に入った。先日より多少はマシになっているものの、やはり多くの機体がぎこちない動きを見せている。なめらかに動いているのはエルクの搭乗する機体だけだ。
そんなガリアッドの訓練風景を少し離れたところから見つめる2人組を見つけた。ユリアスとスフレだ。
「シャラ、下りてくれるか」
小さな呻き声で応じたシャラが旋回し、緩やかに高度を下げて着地する。ふわりと風が舞う中、ゼノは地に下り立った。シャラも人の姿に戻って隣に並んだ。
こちらを見るなり、スフレが頭を下げてきた。
ユリアスは少しばつが悪そうにしつつ、目を軽く伏せている。
「……クラーラ様」
「見学か」
「はい、わたしにはこうして皆様を見守ることしかできませんから」
言って、ユリアスが悔しさを孕んだ目を訓練中のガリアッドのほうへ向ける。ただ、その視線は激しく動き回る機体だけを注視しているようだった。
「エルクのことが気になるのか?」
「……はい。皆様から頼りにされて……なにもできないわたしとは違ってすごいな、と」
歳が近いこともあり、どうしても意識してしまうのだろう。
「この前の会議で察してるとは思うが、エルクも参加するのは今回が初めてだ」
「それでも、すごいと思います。わたしは自ら戦場に立つことを希望していながら、心のどこかでは怯えていましたから」
そう自嘲してエルクは俯いてしまった。
ゼノはちらりとシャラを見たのち、ユリアスに語りかける。
「べつに悪いことじゃない。俺だって戦うのは怖いからな」
「クラーラ様も、ですか」
「ああ。おそらくルピナも同じはずだ」
「……姉上も」
ただ、それは敵の力に怯えてではない。
大切な者を失うかもしれないという恐怖だ。
「と言っても、恐怖に打ち勝って戦場に立った奴だけが偉いわけじゃない。ほかにもやらなくちゃいけないことってのはたくさんあるからな」
いまも戦闘員が訓練に励めているのも、ヒュレンで活動する非戦闘員の働きがあってこそだ。戦術的な面で言えば、島を守ってくれる防衛部隊がいるからこそ攻撃部隊が安心して敵陣へと乗り込める。
裏方がいることを決して忘れてはならない。
「どうしてもいやってんなら好きにすればいい。お前の生き方だからな。条件のほうもべつの方向で考えてやる」
「……いえ、本当はわかっているんです。すべてわたしの我侭だと」
申し訳ありませんでした、と続けて口にするユリアス。短い間ながら話していて聡い子であるのはわかっていた。ただ、まだ精神的に成熟していないこともあり、不安や焦りからくる気持ちの吐き出し方を知らなかっただけなのだろう。
「わたしは、わたしのすべきことをしたいと思います」
「……ああ」
向けられた純粋な目に、力強く頷いて応じる。
と、ユリアスがなにやら申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「……ごめんなさい」
「いきなりどうした?」
「その、クラーラ様のことをとても怖い人だと思っていました」
思わず目を瞬かせてしまった。
真面目にこんなことを言われたのは初めてだ。
ふっと笑みをこぼしつつ、自嘲気味に言う。
「そう思われても仕方のないことをしてきてるからな。実際に俺も俺のことを優しいと思ったことはない」
いまや目的のためであれば人殺しも躊躇なくするようになってしまった。決して褒められるような人間でないことはたしかだ。
「であれば、わたしにとって善い人ということですね」
どうやら見解を改める気はないようだった。
「それに……どこか姉上と同じようなにおいがします」
「たしかにルピナ様と似た空気をお持ちです」
ユリアスとともにスフレが穏やかな笑みを向けてきた。
においと聞いてか、シャラが「ニオイは絶対に違います」とくんくんと鼻を近づけてきた。「そういう意味じゃない」と一蹴しつつ、肩を竦める。
「悪いが、俺はあそこまで頑固じゃないぞ」
「そうですね。頑固さではルピナ様のほうが大幅に上回っていると思います」
「そ、その点についてはわたしも同意です」
スフレに関しては完全に同意。
ユリアスにも思い当たる節があったようで顔をこわばらせながら頷いていた。
この話を解放したあとのルピナに聞かせたらいったいどんな反応をするのか、ぜひとも見てみたいものだ。ルピナの頑固さを共有し、全員でくすくすと笑い合う。
ユリアスの表情は最初とは打って変わって明るくなっていた。きっと、ルピナの話をしていたからだろう。
「お姉さんのことが本当に好きなのですね」
そう訊いたのはシャラだ。
彼女は穏やかな笑みの中、瞳にわずかな寂しさを湛えていた。きっと自身と重ねているのだろう。
「はい、わたしにとって姉上は誰よりも大切な人です」
ユリアスが無垢な瞳とともに純粋な言葉を返した。
その後、改まって居住まいを正して深々と頭を下げてくる。
「どうか姉上のことをよろしくお願いいたします」
「もうお前は俺たちの仲間だ。お前の姉が困ってるってんなら助けるに決まってるだろ」
ユリアスのことを王族のように扱うつもりはなかった。エルクと同様、荒々しく頭を撫でながら顔を上げさせ、たったひとつの言葉を伝える。
「俺たちに任せておけ」




