◆第ニ話『要塞島へ向けて』
「もうすぐ会議を始めるぞ」
5階テラスにて、涼んでいたレイカにそう声をかけた。
これから指揮所で各部隊長も交えて作戦会議をすることになっている。いまはまだ休憩時間だが、レイカだけが席についていなかったため、様子を見にきたところだった。
「いまから向かおうと思っていました」
手すりから離れ、こちらに向きなおるレイカ。その顔からは不満が滲み出ていた。ともに上階の指揮所へと向かいがてら、ゼノは彼女へと淡々と告げる。
「反抗組織内で不満が出ないよう上手く抑えてくれ」
「……わたしも反対側なのですが」
「わかってる。だからこそ頼んでるんだ」
相手側に立って説得できるほうが強い。気持ちを理解し、賛成側へと誘導する流れを作れるからだ。レイカは眉根を寄せつつ「ずるいです」とこぼすが、こちらの願いを断ることはしなかった。
「本当はわかっているんです。今後のことを考えれば、ここでフォルツティアを取り込むことが1番だ、と。ですが、1番危険な役割を担うのはゼノさんです。だから、わたしは……っ」
向けられた抗議の目は潤んでいた。彼女が慕ってくるようになったのは、おそらく反抗組織を帝国から解放したときからだ。その想いには気づいていたが……どうやら思っていた以上のようだった。
「安心しろ。俺は負けるつもりはない」
13輝将の相手ができる者はいない状況だ。この身が潰えれば仲間たちの未来が終わるのと同義。つまりは全員にも同じリスクを背負わせているようなものだ。仲間のためにも、死ぬわけにはいかない。
レイカが自身の感情を無理やり押し留めるように深呼吸をしていた。
「……取り乱してごめんなさい」
「いや、いい。前にも言ったが、レイカのことは相談役としても頼りにしてる。これからも不満があったら遠慮なく言ってくれ」
血の気が多い仲間の中、冷静に物事を見られる彼女の存在にはよく助けられている。できるならば今後も傍らで支えてもらいたかった。
レイカがほんの一瞬だけ目を瞬かせると、微笑みながら「はい」と頷いた。
◆◆◆◆◆
「スフレ、頼んでおいた要塞島の見取り図は?」
「こちらになります。大まかで恐縮ですが……」
会議机の中央に立つスフレから1枚の紙が渡された。たしかに大まかではあるが、要塞島の全体図が区画の名称つきで丁寧に描かれていた。線も綺麗なうえにわかりやすい。
「充分過ぎる」
「収監所はこの区域になります」
スフレが指差す形で場所を示してくれた。
要塞島の中央からわずかに東寄りの場所だ。
「かなり広いな」
「おそらくルピナ様が囚われているのは、最奥となるこの辺りの可能性が高いかと」
警備の関係からも重要人物は奥に収監されやすい。
おそらくスフレの見解で当たっているだろう。
「ルピナの解放は任せてくれ。13輝将の相手も俺がする」
話を受ける段階から決めていたことだ。しかし、シャラを除いた全員から不安げな顔を向けられた。クァーナが全員の声を代弁するかのように口を開く。
「3人……だよね。大丈夫?」
「なんとかする」
過去に3人の13輝将を相手に敗北したことは全員に知られている。厳しい戦いになることは間違いないだろう。だが、13輝将の相手ができる者は、現状では仲間に1人もいない。答えたとおり〝なんとかする〟しかなかった。
流れはじめた重たい空気をぶった切るように、レイカが進行を促してくれる。
「あとはフォルツティアの島々の奪還ですね」
「途中で離れたこともあり、フォルツィアットが要塞島のどの位置に置かれているかはわかりません。ですが、残り2つのニアン島、レナス島が南側に連結されていることは確認済みです」
フォルツティアの島々が要塞島に囚われている限り、おそらくルピナは解放されても帝国から離れることはない。ゆえに、ルピナを救出するには、フォルツティアの島々を奪還することも必須条件だった。
後ろに立っていたシャラが、展開済みの空図を見ながら言う。
「ちょうどわたしたちの来た道――南側に下りていたので角度的に悪くないですね」
「ああ、要塞島への接触は南側からにする予定だ」
「厄介なのは島の所有権ですか」
「所有者を殺らないといけないからな」
鎖で繋がれた状態では、フォルツティアの島々から帝国兵を追い払っても要塞島から離れられない。ゆえに、今回の戦いでもっとも重要な任務といっても過言ではない。
スフレが要塞島の中央を指差す。
「所有者は要塞島の司令部にいますが、目立った格好をしているわけではないので見分けるのは難しいと思います。ですので、わたしが同行いたします」
「いいのか?」
「先に申し上げたとおり、ルピナ様をお救いするためであれば、この身はどうなっても構いません」
この場合、ルピナの人徳を褒めるべきか、スフレの忠義を褒めるべきか。いずれにせよ、彼女がいれば所有者の特定は問題なさそうだ。
「クラーラ様、わたしにも参加させてください」
ユリアスがぎらついた目を向けてきた。
戦闘要因ではないスフレがいけるのなら自分も、と思ったのだろう。
「だめだ。言っただろ、お前には戦いのあとにすることがある」
「ですが、助けを乞うたわたしが後ろで待っているだけなんて……っ」
「お前が参加することで必要以上に護衛を割かないといけない。それだけでほかの部隊が割りを食う。作戦の成功率も大幅に下がる」
これは遊びではなく、命のかかった戦いだ。
厳しい言い方だが、自身の立場をわかってもらわなければならない。
「わかり、ました……」
ユリアスが下唇を噛みながら頷いた。
彼はまだ若い。ここで体験したことは、今後きっと大きな力となるはずだ。
「所有者の暗殺は――シギ、お前の部隊に頼みたい」
「……了解」
シギは得物が短剣とあって屋内でも融通が利く。彼自身が素早いこともあり、臨機応変に対応できるはずだ。彼以上の適役はいないだろう。
「グリッグ、オルクスの部隊は空車輪で先のフォルツティアの島2つを強襲。奪還後は要塞島方面の外縁で防衛。要塞島の連結が切れたら、すぐに所有権を部隊の人間にとらせて戦線から離脱してくれ」
「了解デス」
「任せてくれ! 派手に暴れてやるぜ!」
13輝将以外の相手であれば、2人が遅れをとることはないだろう。
「フォルツィアットはどうしますか?」
レイカが訊いてきた。
「分離させたダナガを接岸させて歩兵戦力を上陸させる」
「数はどの程度を?」
「30から40ぐらいを考えてる」
攻撃部隊はもうないため、防衛部隊から出す形だ。
ヴィンスが難しい顔で唸りはじめる。
「ダナガ以外は少し離れたところに停めるんだよな? だったらまあ、防衛部隊から多少は割いても問題ないか。でも、ちょっと戦力的に不安が残るな」
おそらく、個の力に秀でた敵が来た際のことを言っているのだろう。そういった手合いは複数の人間を当てたところで簡単に対応できるものではない。
と、なにやらクァーナが得意気な顔を向けてきていた。
「ここはあたしの出番じゃない? ほら、ちゃんと部隊もあるし」
「いや、敵が空から別働隊で奇襲をしかけてくる可能性も捨てきれない。念のため、クァーナの部隊には防衛を頼みたい」
「ぐぅっ、ここで華やかなデビューを飾れると思ったのにっ」
「フォルツィアットに送る戦力はクァーナの防衛ありきだ。わかってくれ」
「そ、そう言われると悪い気はしないかも……」
悔しげな顔から一転してまんざらでもない様子となった。本心からの言葉だが、思った以上に効果があったようだ。
「それに戦力不足を埋める役はもう決めてる。エルク、そこにいるんだろ。出てこい」
会議を始めてから間もなく、階段のほうから聞こえてきた足音で気づいた。シャラも気づいていたようだが、ほかの者たちは驚いたように声をかけたほう――入口を見ていた。
全員が注目する中、エルクが恐る恐る陰から出てくる。
「……ごめんなさい」
「そのことはいい。それより話は聞いてたな?」
「は、はい。その、本当に……いいんですか? ボクが出ても……」
何度も戦場に出ることを止めてきたからか、いまだに信じられないといった様子だ。冗談ではないことを示すように、ゼノはエルクの目を真っ直ぐに見据えた。
「現状、まともにガリアッドを動かせるのはエルクだけだ。今回、フォルツィアットに投入するのもエルクのみにする。いけるな?」
「は、はいっ!」
背筋をピンと伸ばして大声で返事をしたエルク。
その姿に、彼を知る者たちはまるで子を見守る親のように優しい笑みを浮かべていた。ヴィンスもあまりの嬉しさからか、彼の肩を荒々しく叩いて祝福していた。
「よかったなぁ、エルク! ここにきて大役じゃねえかっ」
「皆さんのお役に立てるように死ぬ気で頑張ります……!」
「死んだらだめじゃねえか!」
「い、生きる気で頑張ります!」
「そうだ、その意気だ!」
2人の騒がしいやり取りに張りつめていた空気もいまや完全に和らいでいた。
ふとユリアスが複雑な顔でエルクを見ていた。
きっと歳が近いこともあって意識してしまうのだろう。
「ゼノ、決行日はどうするのですか?」
シャラから問いかけられた。
「スフレ、ルピナの処遇は本土に連絡をとってから決まるって話だったよな。どの程度かかるかわかるか?」
「往復となるので、おそらく最速でも5日はかかるかと」
「こっちが要塞島に接近するには約3日ってところか」
あまり余裕があるとは言えないが、なんとか間に合う。
「奇襲を仕掛けるのであれば夜ですね」
レイカの提案に、ゼノは「ああ」と頷く。
少しでも成功確率を上げるにはもとよりその選択肢しかなかった。
ゼノは立ち上がり、会議参加者の顔を見回した。
「全員に伝えてくれ。決行は3日後の夜で決まりだ」




