◆第一話『ただの少年』
ユリアスたちから落ちついて話を聞くため、シュボスの一室に場所を移した。
立ち会うのはシャラとヴィンス、レイカ、クァーナのみ。相手がいまだ動揺中なこともあり、最小限に留めた形だ。
「それじゃ聞かせてもらえるか。俺たちと別れたあと、なにがあったのか」
ゼノは対面のソファに座るユリアスへと話を切り出した。ユリアスが口を開こうとするが、いまだ頭の中を整理できていないのか、すぐには言葉にできないようだった。
「……わたくしからお話ししてもよろしいでしょうか」
そう言ったのはユリアスの後ろに控える侍女だ。すでに自己紹介は済んでいる。彼女はスフレ。ルピナのそば付きを務めていたとのことだ。
構わない、と頷いて応じた。
スフレがわずかに頭を下げたのち、静かに語りはじめる。
「この島から離れたあと、フォルツィアット島は北西要塞に帰還する進路をとっていました。ですが、待ち伏せていた帝国の島々により、我々は事実上の拘束を受けました」
「……意味がわからねえ。属国とはいえ、あんたらも一応は帝国側だろ?」
ヴィンスが口にした疑問に、スフレがわずかに眉をぴくりと動かした。おそらく〝属国〟という表現が気にかかったのだろう。しかし、彼女は感情を表に出すことなく淡々と答える。
「その答えをお話しする前に、ルピナ様があなた方に攻撃をしかけたのは帝国から強いられたものであったことを知っていただく必要があります」
「……実質的にルピナを縛るものとして機能していた弟が俺たちに殺された。まあ、実際には捕虜になっていたわけだが、殺されたってことで帝国はルピナの造反を危惧し、忠誠心を試させた。どうせそんな感じだろ」
ゼノは相手が言いにくいだろうことを先んじて纏め、整理した。スフレが「そのとおりで間違いありません」と答えた。
クァーナが「う~ん」と小さく唸る。
「でも、1人でゼノを倒すのが難しいってことぐらい帝国もわかってるでしょ」
「帝国にはルピナ様のことをよく思わない方たちが多くいます」
「もしかして、ていよく始末するためにそんな指示を出したってこと?」
その問いに、スフレが痛ましげな顔でわずかに目線を下向けた。
「……ルピナ様もそれを充分に理解しておられました。だからこそ、あの夜、フォルツティアの兵を置いて、おひとりで乗り込まれたのです」
「つまり、死を覚悟していたってこと? わたしには理解できなさそう」
言って、クァーナがわずかに肩を竦める。
途端、ユリアスが悔しげにあわせた両手をぐっと握りしめた。
「姉上はとても優しいお方なのです。今回もきっとただただフォルツティアのことだけを考えて……っ」
「あ~、ごめん。貶すつもりはなかったんだけど」
「い、いえ。わたしも熱くなってしまいました……」
クァーナの謝罪に、ユリアスも申し訳なさそうに応じた。重たくなった空気をさっさと終わらせんとゼノは話を進める。
「まあ、それも全部、ユリアスが生きていたことで事情が変わったわけだ。さらに捕虜返還のため、俺たちにガリアッド10機も渡した」
「つまり拘束されたのはそれが理由ってことか」
そう纏めたヴィンスの言葉に、レイカが待ったをかけた。
「ですが、それだけで拘束されるのは不自然です。そもそも13輝将であれば、罰を下せるのは帝国の王以外にいないはずです。これほど早く判断が下るとは思いません」
レイカの指摘はもっともだ。
よほどのことがなければ拘束なんて手段は選ばないだろう。それこそ直接的に叛逆したりしなければ――。
スフレがちらりとこちらを見たのち、意を決したように口を開く。
「……ゼノ・クラーラと通じているとの疑いをかけられてしまったのです。それも恋仲である、と」
途中までは理解できていたが、最後はまるで意味がわからなかった。いったいなにを言っているのか、と思わず目を瞬かせてしまう。
「ほ、本当なのですか?」
「いくらなんでもそれは禁断過ぎない……?」
「すげぇと思ってたが、まさかここまでとは……想像以上だぜ」
焦った顔を向けてくるレイカに、顔を引きつらせるクァーナ。ヴィンスにいたってはなぜか尊敬の眼差しを向けてきている。クァーナはわかっていて遊んでいそうだが。いずれにせよ、信用のなさに思わずため息をついてしまった。
「本当なわけないだろ。第一、ルピナと会ったのはあれが初めてだ。フォルツィアットに渡ったときだって、シャラが一緒だったんだぞ」
「はい。2人の間にはなにもありませんでした」
シャラがはっきりと言い切った。
ただ、あまりに力がこもっていたからか、クァーナの餌食になっていた。
「シャラちゃん、なにかムキになってない?」
「……ち、違います。わたしはただ事実を言ったまでです」
顔を真っ赤にするシャラを弄り倒すクァーナ。そんな2人をよそにレイカはほっと息をついていた。ヴィンスも「な、なんだ嘘かよ」とこぼしつつ、疑問を口にする。
「ってことは誰かが嘘をついたってことか?」
「ああ、おそらくさっき言ってたルピナをよく思わない奴らにな。つまり嵌められたってことだ」
首謀者の性根がひん曲がっていることは間違いないだろう。
「これよりルピナ様は北西要塞に収監されるとのことです。以降は本土――帝国のディメル王の判断を待つのみとなります」
「……改めてお願いいたします。どうか、姉上をお救いください……っ」
ユリアスに続いて、スフレもまた頭を下げる。
簡単に答えを出せるような話ではない。
少しの間、静かな時間が流れた。
「ね、ねえ……いま北西要塞にいる13輝将って何人なの?」
クァーナが恐る恐るといった様子で訊いた。
スフレがわずかに躊躇いつつも答える。
「ルピナ様を除けば3人。オーデュラッド卿とマルシャン郷、そしてアルバス卿です」
「げ、3人も……」
クァーナの顔に滲んでいた恐怖がさらに色濃くなった。
ルピナも合わせればもとは4人。全員で攻撃をしかけられていたら、こちらは間違いなく壊滅していた。にもかかわらずルピナだけに来させたのは、よほど彼女のことを消したい人間がいたのだろう。それにしても――。
「オーデュラッド……コディンがいるのか。また面倒な奴だな」
「知っているのですか?」
そう問いかけてきたシャラに、ゼノは「ああ」と頷く。
「帝国以外の人間を人間と思っていない奴だ。ルピナを嵌めた今回の件にも、こいつが関わってるってんなら納得だ」
はい、とスフレが頷いた。
帝国に敗れ、ソフィアを失ったあの日。戦った4人のうちの1人だ。ラドゲイのように力任せに挑んでくるタイプではなく、隙を見つけてはネチネチと攻撃してくるタイプだ。正直、苦手な相手だった。
「わたしは反対です。敵の戦力がグウェルのときとは桁違いです」
レイカが険しい顔で反対を示した。
現状では、勝利は困難とも言える戦力差だ。しばらく安全に生きるという意味では、もっとも正しい選択であることは間違いない。
ユリアスは一瞬目に絶望の色を宿したが、すぐさま必死になってさらに頭を下げた。
「先に申し上げたとおり、わたしにできることであればなんでもいたします。ですから、どうか……っ」
「ってもよ、べつに戦えるわけでもないだろ。かといって掃除洗濯料理程度じゃ、釣りあわなさ過ぎる」
ヴィンスの指摘に、ユリアスが言葉を失っていた。
そんな彼を見かねてか、スフレが自身の胸に手を当てながら目を伏せる。
「わたくしもルピナ様をお救いくださるのであれば、どのようなこともいたします」
「おい、ゼノ。俺は一考の価値はあると思うぜ」
「ヴィンスさん、ふざけないでくださいっ」
すぐさまレイカに叱られ、ヴィンスが「じょ、冗談に決まってるだろ」と乾いた笑みを浮かべていた。ヴィンスのことは置いておくとして――。
ユリアスはいまだ頭を下げたままだった。
いまも震えるその体は、戦場には似つかわしくないほど華奢だ。王族としての貫禄すらもいっさい感じられない。まさに、ただの少年だ。
「……たしかにいまのお前が俺たちにできることはない。だが、フォルツティアを帝国から救ったあと、できることはある」
現状の戦力で13輝将が3人もいる要塞島に挑むのは、はっきり言って無謀だ。しかし、ここでフォルツティアを救えれば、仲間たちとの未来がより鮮明なものとなる。
「まずは俺たちの仲間になることが条件だ。そして――」
打算的な考えもある。
だが、決め手となったのはいまも向けられる決意に満ちた瞳だ。その高潔さは、彼の姉であるルピナをも上回る輝きを放っていた。
ゼノはすっくと立ち上がり、ただの少年へと告げる。
「ユリアス、お前がフォルツティアの王になれ」




