◆第六話『もうひとつの剣』
シュボス中央塔の6階、指揮所外のテラスにて。
ゼノは手すりに両腕を置いて涼んでいた。
視界の中では、周辺空域を飛びまわるシャラの姿が映っている。暇そうにしていたので哨戒を頼んだところ喜んで引き受けてくれたのだ。
「あと1日もあれば目的の囚人島に辿りつくってところだったのによ。くそ、タイミングが悪いぜ……っ」
隣にはヴィンスがいた。
脚を外へ投げ出した格好で手すりに座っている。
「でもよ、このまま来た道を戻ってもなにも変わらなくねえか? 当初の予定どおり囚人島を解放するってのも手だったろ」
「ルピナが来たことで状況が変わったからな。仕方ない」
昨夜から、これまでの道を戻る進路をとっていた。
「あいつは帝国にとってよそ者だ。おそらく要塞に常駐する13輝将の数には入っていない」
「だから、ここからもっとも近い北西要塞島にはほかにも2人以上いる……か」
「しかも2人ってのは最低数だ。3人いるってこともある」
睨みを利かすため、13輝将は各地を回っている。とはいえ、基本的には帝国本土や要塞島を拠点としている格好だ。中継や休止で最低数である2人を上回ることはある。
「そこにルピナが加われば4人。いまの俺たちの戦力じゃまず間違いなく壊滅する」
「……俺もわかっちゃいるんだけどな」
せっかく積み上げてきたものを崩すような形だ。ヴィンスの気持ちもわかる。
だが、これまでの努力が無駄になることを恐れ、〝間違った道〟だとわかっていながら突き進むことだけは避けるべきだ。
「俺たちの錬度は決して高くない。それらを改善させる時間ができたって考えれば悪くないだろ。それにいまはガリアッドが手に入った。あれの訓練次第じゃ、今後の戦闘を有利に運びやすくなる」
頭では理解しているのだろう。
ヴィンスは大きく息を吐いたのち、肩の力を抜いていた。
「たしかに、ガリアッドをまともに使えるようになれば大きな戦力にはなるしな。……にしてもエルクの奴、思った以上にやるよな」
「ああ、期待していた以上だ」
視界の下端、シュボスの外縁ではガリアッドの訓練が行なわれていた。
稼動しているのは7機。多くが両腕を振り回したり、歩いたりと基本的な動きだけに留まっている。だが、その中において1機だけが明らかに違う動きを見せていた。
「……かなりよくなってる」
「まだまだです! シギさん、続きをお願いしますっ!」
エルクの操縦する機体だ。訓練内容は追いかけっこのようなものだが、あの素早いシギを相手にあと少しのところで捕まえられる、といった場面を幾度も作っている。
基本的にガリアッドの移動は、歩くよりも地面の上をすべるような動きが主体となっている。足裏をつけるのは停止する際を除けば、大きな加速や跳躍をするときのみ。その切り替えが難しいらしく、戦場でもぎこちない動きを見せる機体は少なくない。
だが、エルクにはそのぎこちなさがほとんどなかった。これまでに見たどのガリアッドよりもなめらかな動きだ。適任だとは思っていたが、さすがにここまで上手く扱えるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。
「これならすぐにでも戦場に投入できるな」
「……そうだな」
手放しで喜ぶヴィンスに、思わず詰まりつつ答えてしまった。
「お前の気持ちはわかるぜ。エルクの奴、どうにも危なっかしいんだよな」
「最後に背中を押した奴がなにを言ってんだって思うかもしれないけどな」
「ま、あいつを弟みたいに思ってんのはゼノだけじゃねえ。全員で見守っていきゃいい」
エルクが若いこともあるが、その頑張りを見て気にかける者は以前にも増して多くなっていた。なにかあってもきっと周りが力になってくれるはずだ。
「ゼノー、いるー?」
指揮所のほうからクァーナの声が聞こえてきた。
「どうした……って、なんの集まりだ、これは」
振り向いた瞬間、思わず目を瞬かせてしまった。
クァーナの後ろに9人もの女性たちが立っていたのだ。
全員が風銃を持って横一列に整列している。
「遠距離専門の部隊を作ろうと思ってて。認可してもらいにきたの」
「……見事に女ばかりだな」
「当然よ。だって女だけで固めるつもりだもの」
悪びれた様子もなくクァーナが言ってのけた。その後ろでは、。全員がクァーナに負けず劣らず露出が多く、しかも色香を隠そうともしていない。
そんな彼女たちの空気に当てられてか、ヴィンスが「女だけの部隊……な、なんだかそそられるぜ」と見事に鼻を伸ばしていた。
「基本的には当初の予定どおり防衛を担当するつもり。もちろん、指示があれば攻撃にも参加するつもりよ。どう? 結構使えると思うんだけどっ」
特化した部隊は、ここぞというところでは大きな力を発揮する。戦術的な面から用途は限定されるため、声をかけることは少ないかもしれないが、あるに越したことはないだろう。
「いいんじゃないか、ゼノ。俺は大賛成だぜ!」
真剣な顔でクァーナの加勢をするヴィンスだが、荒い鼻息は隠せていなかった。戦術的な面ではなく、本能的な面から賛成するヴィンスは置いておくとして。
クァーナの後ろに控える女たちは、いまもこわばった顔でこちらをじっと見ていた。遊び感覚で部隊に参加したのであれば追い払うつもりだったが、どうやらやる気だけはあるようだ。
「……わかった。レイカには俺のほうから伝えておく」
「やったっ!」
黄色い声で喜び合うクァーナたち。勇ましい歓喜の声もひとつ混ざっていたが、聞かなかったことにした。そうしてなんとも慣れない空気に居心地の悪さを感じていたところ、頭にかすかな違和感を覚えた。
これはアストラの交信術前に感じるものだ。
『ゼノ、いま大丈夫ですか?』
「……シャラか、どうした?」
辺りの空に彼女の姿はない。
どうやらいまはシュボスから離れた場所に飛んでいるようだ。
『空車輪を1機、見つけました』
「帝国の偵察機か?」
『わたしもそう思ったのですが……止まらずにこちらの島に向かってきています』
ルピナのように1人で乗り込んでくる敵がいないとも限らない。相手が帝国兵の可能性を考慮すれば、このままシャラを接近させるのは危険だ。
「一旦帰還して合流してくれ」
◆◆◆◆◆
報告で聞いていた空車輪が着陸したのは、ダナガの外縁だった。
20人程度の仲間が風銃を構えて厳戒態勢をとる中、搭乗者が降りてくる。1人はフォルツィアット城で見かけた侍女。もう1人は先日まで捕虜としてヒュレンに収監していたルピナの弟――ユリアスだ。
侍女がこちらに向かって頭を下げる中、ユリアスが力ない足取りでこちらに向かってきた。その顔にはどこか怯えが見え隠れしているものの、強い決意が感じられる。
ゼノは前へと歩み出た。
相手に交戦意志がないことを察し、仲間たちに風銃を下げさせるよう手で合図を送る。
「捕虜生活が気に入って戻ってきたってわけじゃなさそうだな」
「雷帝のクラーラ……いえ、ゼノ・クラーラ様……っ」
ユリアスが目の前まで来ると、なにを思ったか、その場に両膝をついて頭を下げた。さらに地面に額をこすりつけ、震える声で叫ぶ。
「わたしにできることであればなんでもいたします! ですから、どうか……っ! どうか姉上を……姉上をお救いくださいっ」




