◆第五話『行きついた先は』
「……申し訳ございません、姉上」
「ユリアス、もう気にするなと言ったはずだ」
フォルツィアット城の一室にて。
ルピナは弟であるユリアスから止まない後悔の声を聞いていた。
「ですが、今回の件で姉上の立場が……」
「13輝将からは降ろされるだろう。多少の罰も受けるかもしれない。だが、どれもお前を失うことに比べれば安いものだ」
帝国の王ディメルは、純粋な戦力としてこの身を買ってくれている。帝国のために働きつづける限り、命を奪われることはないはずだ。しかし、万が一はある。
「もしものときは、ユリアス。お前が我が民を守ってくれ」
「……わたしにとって姉上はもっとも王に相応しく、もっとも尊敬すべき人です。そして、ただひとりの家族です。そんな、もしものことなんて考えたくもありません……っ」
「ユリアス……」
もとより王位はユリアスが継ぐ予定だった。帝国によって前王が殺された5年前、11歳とユリアスがまだ若かったことから、自分が代理として王位を継いだに過ぎない。
しかし、いまやユリアスも16歳と立派に成長した。少し優しすぎるところはあるが、王としての責務は果たしてくれるはずだ。
「とにかくいまはゆっくりと休め」
「……はい」
たった1人の愛しい家族だ。無念にも命を落とした父や母に代わって、ユリアスだけは守ってみせる。そう決意しつつ、部屋をあとにした。
「ルピナ様、急ぎお伝えしたいことが」
廊下を歩きだしてから間もなく、侍女のスフレが駆けてきた。本来、廊下を走ることは慎むべきことだ。それをしたということはよほど緊急の用件なのだろう。
「……どうした?」
「行く手を塞ぐ形で15の島が待機しています。おそらくマルシャン郷、オーデュラット卿。そしてアルバス卿の島が連結したものと思われます」
大規模な戦闘が始まってもおかしくない戦力だ。なぜ、と疑問が頭に浮かんだが、答えはすぐに出た。彼らは、フォルツティア軍がゼノ・クラーラ側の戦力を削いだあとに、悠々と攻撃をしかけるつもりだったのだろう。
ギュネアやコディンが、〝よそ者〟をよく思っていないことは知っていた。この機に捨て駒として扱うつもりだったのだろう。
そこまでは理解できる。だが、捕虜返還によって戦闘は起こっていない。当初、想定していた状況からは大きく変わっている。……いやな予感がしてならなかった。
「スフレ、もしものときはユリアスを頼む」
「承知しました」
◆◆◆◆◆
予想どおり前方に現れた島々は北西要塞に常駐していた13輝将の3人。ギュネアとコディン、カナードのものだった。接近するなり、彼らは黒竜に乗って上陸してきた。追い返すわけにもいかず、貴賓室へととおした。
「……なぜ貴卿らまでこの空域に来ていた」
部屋に入るなり、ルピナは問いかけた。
ギュネアとコディンはすでに我が物顔で椅子に座っている。だが、カナードはいまだ入口付近で立ったまま俯いている。
「決まっているでしょう? あなたの忠誠を見届けるためよ」
ギュネアが脚を組み、肘掛で頬杖をついて流し目を向けてくる。
「でも、あなたは大切な仲間だもの。見殺しになんてできないでしょう? だから、あなたが攻撃をしかけた段階でわたしたちも加勢するつもりだったのよ」
ギュネアからは嫌悪感を抱くほどのわざとらしさが伝わってきた。やはり捨て駒にしようとしていたのは間違いないだろう。
「でも、あなたはわたしたちの期待を裏切った。まさか戦わずに帰ってくるとは思わなかったわ」
「敵のもとに多くの帝国兵が捕らわれていた。わたしは彼らを解放するため、交渉に応じたまでだ」
「まったくもって無駄な交渉だ」
そう吐き捨てたのはコディンだ。
捕虜だった者は117人。
中にはユリアスも含まれる。
決して聞き捨てならない言葉だった。
「無駄……だと? 仲間の命がかかった交渉だぞ」
「陛下より賜ったガリアッドを差し出してまで応じるほどの価値があるとは思えないな」
議論の余地はないとばかりにコディンが淡々と答えた。かと思いきや、徐々にたしかな敵意を向けてきた。
「まあ、陛下は貴様を買っている。ここまでなら程度の軽い処分で済んだたろう。だが、貴様は帝国の人間として絶対にしてはならないことをした」
交渉で敵にガリアッドを渡したこと以外に思い当たることはなかった。いったいなんのことを言っているのか。頭が混乱する中、ギュネアから冷酷と愉悦にまみれた顔を向けられる。
「ルピナ……あなた、フォルツィアットにゼノ・クラーラを上げたそうね」
なぜそれを、と問い詰めそうになった口をつぐんだ。しかし、こちらの反応を待っていたとばかりにギュネアが口の端を吊り上げる。
「黙っていても無駄よ。あなたに監視がついていないとでも思ってるの?」
「……捕虜返還の条件として提示されたのは、我が島にあるガリアッドをすべて寄越せというものだった。ゼノ・クラーラが島に上がったのは、こちらがガリアッドの数を誤魔化すことを警戒していたからだ」
なにもやましいことはないはずだ。しかし、眼前の13輝将たちは理解できないといった顔をしていた。あのカナードでさえも目を見開いている。
「だからって、あのゼノ・クラーラを上陸させたの? 信じられないわ」
「あれは慈悲のない悪魔だ。島に上げればどれだけの血が流れるか考えなかったのか」
ゼノ・クラーラが帝国でどれだけ恐怖の対象として見られているかは知っている。もっとも有名な話であれば、帝国の人間とわかれば誰彼構わず惨殺する、といったものだ。
だが、直に会ってみると、聞いていた人物像とはまるで違った。少なくともまともに話が通じる相手だった。
「たしかに彼は敵だ。しかし、無闇に暴れるような人間では――」
「敵を庇うの? 特別な関係って話は本当だったのね」
さも残念だとばかりに首を振るギュネア。
彼女の話がまるで理解できなかった。
「特別な関係? なにを言っている?」
「あなたたち、親密に話していたそうね。とても初対面とは思えないほどに」
「わたしは交渉について話していただけだ。誰がそのようなことを……」
ギュネアが扉の外に目を向けると、兵によって1人の女が連れられてきた。彼女は侍女として少なくない期間を城内で過ごしている。帝国の身内ではないが――。
「……ギュネア様の仰るとおりです。親しげに談笑し、そして抱きあい……最後には口付けまで……そ、その姿は……まるで恋人のようでした」
なぜ侍女が嘘をついたのかは、その恐怖にまみれた顔を見れば容易に想像がついた。
北西要塞島にはフォルツティアの民が住まう島が連結したままだ。おそらく、そこにいる家族を使って脅されたのだろう。
「ルピナ殿……本当、なのですか?」
カナードから疑心交じりに問いかけられる。
嘘だと答えれば、あの侍女の身が危うい。とはいえ、頷くこともできなかった。できたのは、ただ無言を貫くことのみ。
カナードがくしゃりと顔を歪め、その目にかすかな軽蔑の色を滲ませた。属国の身でありながら、彼はずっと気にかけてくれていた。そんな相手からのものとあって幾ばくか心が痛んだ。
視界の中では、侍女が涙を流しながらその目で許しを乞いつづけている。
怒りはずっと湧き上がっている。だが、この感情は侍女に向けるべきではない。ルピナは胸中の感情をすべて乗せ、ギュネアを睨みつけた。
「わたしをどうするつもりだ……っ」
こちらの問いにギュネアが視線を横にそらした。
応じてコディンが前に出てくると、威圧的な空気をぶつけてきた。
「敵と通じていたのだ。相応の罰を受けることになるだろう。最終的には陛下の裁量を仰ぐことになるが、それまではひとまず北西要塞島で身柄を預かることとする」
捕虜返還のためにガリアッドを渡しただけであれば命まではとられなかっただろう。だが、ガリアットを渡した理由が裏切りからくるものとなれば話はべつだ。おそらく、この命はない。
ルピナは片膝をつき、頭を下げる。
「どうか我が民だけは……」
「安心しろ。貴様の民に罪はない。わたしが便宜をはかってやろう」
「感謝する」
頼りたくはない相手だが、コディンのオーデュラッド家は帝国内でも強い権力を持っている。この場でも格という意味ではもっとも上だ。彼が便宜をはかってくれるのであれば安心できる。……そう思っていた。
「これからは我がオーデュラッド家の奴隷として、立派に生涯を終えさせてやろう」
「コディン、貴様っ!」
自分だけならまだいい。民の未来までも奪うつもりであれば、帝国にこの身を捧げる理由はなかった。半ば無意識に抜いた剣をコディンの首を飛ばす軌道で払う。が、突如として割り込んできた槍に遮られた。
槍の所有者はカナード・アルバスだ。
「……カナード殿、そこをどいてくれっ」
「わたしは帝国の人間だ。それは……できない」
その言葉と向けられた顔は、たしかな決別を告げるものだった。
「処分が降るまで大人しく眠ってなさい」
ギュネアのやけに弾んだ声とともに、後頭部にごんっと強い衝撃が走った。全身から力が抜け、その場に倒れてしまう。素早く両手を拘束される中、視界は段々と狭まり、ついには完全なる暗闇へといざなわれた。




