◆第ニ話『フォルツィアット』
『綺麗で……とても優しい匂いのする島です』
「ああ、本当に帝国の島とは思えないぐらいにな」
ゼノはシャラとともに、フォルツティア王国の本土となるフォルツィアットの上空を飛んでいた。
昨夜の約束どおり陽が昇るなり訪れた形だ。
おかげで眠気がわずかに残っていたが、朝の冷たい風がほどよく飛ばしてくれた。
シャラが旋回を続ける中、ゼノは少し身を乗り出す形で眼下に広がる島全体を改めて視界に収める。
発着場は3箇所。住宅街はなし。緑豊かな庭に囲まれる形で中央に巨大かつ荘厳な城が鎮座している。島全体が、まさに城を象徴として際立たせるためだけに造られたといっても過言ではない。
残念なのは、城や城壁のあちこちが欠損していることか。おそらく約5年前、フォルツティア王国が帝国の侵略を受けた際の名残だろう。修繕されていないのは、それだけの余裕がないからか。あるいは〝あえて〟なのか――。
城の正門からほど近い場所に、隊列を組んで待機する一団を見つけた。フォルツティアの兵だろう。風銃の口こそ向けられていないが、厳戒態勢であることがひしひしと伝わってくる。
『……警戒されていますね。大丈夫でしょうか』
「気にするな。降りるぞ」
緩やかに高度を下げ、着陸。人化したシャラとともに一団の前に立った。一団が警戒を強める中、泰然とした足取りで黄金の髪を流した女性が前に歩み出てきた。フォルツティアの王であり、帝国の13輝将でもあるルピナだ。
「女王自ら出迎えてくれるとはな」
「あいにくとわたしは貴公を野放しにするほど図太くはないからな」
ルピナはこちらを威嚇するように眼光を一瞬だけ鋭くしたのち、周囲のフォルツティアの兵たちへと視線を巡らせる。
「お前たちは下がれ。この男の案内はわたしがする」
「で、ですが、ルピナ様っ」
「仮にこの男が暴れたところでお前たちの手に負える相手ではない」
食い下がろうとした彼らをルピナが無感情に切り捨てた。事実を突きつけられてもなお兵たちは渋い顔を見せていたが、ついには引き下がった。城までの道を開けるように左右へと離れる。
「慕われてるんだな」
「……すべては我が父と母の威光だ。わたしからは彼らになにも与えられていない」
寂しげな目でそう答えるルピナ。
ただ、彼女の言葉を否定するかのように兵たちは顔に悔しさを滲ませていた。それどころか敵わない相手――こちらに敵意を向けてきている。
反帝国の中では、フォルツティア兵は帝国に降った腰抜けという印象が強いようだったが、なかなかどうして骨のある者が多そうだ。
「こちらだ。ついてきてくれ」
ルピナ先導のもと、歩きだした。城に近づけば近づくほど景色が華やかなものへと変わっていく。噴水からあちこちに延びた水に、花壇に植えられた鮮やかな花々。憩いの空間が見事に作り出されている。
「本当にいいところです」
シャラが心地良さそうに空気を吸う。
そんな彼女をルピナが肩越しにちらりと窺っていた。帝国は、《空の果て》に入るための〝鍵〟として白銀の翼竜人を求めていた。ルピナもまたその命を真っ当せんとしているのかもしれない。
「シャラを狙えばすぐに殺す」
「そんなつもりで見たわけではない。ただ、帝国が求める〝鍵〟とはどのようなものか、と気になっただけだ」
「お前らが鍵扱いするこいつにも意思がある。覚えておけ」
こちらの抗議になにを思ったか、ルピナが足を止めて振り返った。目を伏せながら、シャラへとかすかに頭を傾ける。
「……どうかわたしの失言を許してほしい」
「いえ。わたしはべつに……」
ルピナが愚直な人間であることはわかっていたが、想像以上だった。またシャラもシャラでなぜか嬉しそうに口元を緩ませていた。
再び歩きだしたルピナに続いて、開けられた巨大な正門をくぐる。待ち受けていたのは百人が入っても余裕があるほどの広い空間だ。ただ、それが特別ではなく、左右に繋がる廊下すらもかなりの広さを持っていた。
「人がとおるには大きすぎるな」
「城内を輸送船が行き来できるようにと造られたからな」
「おかげでガリアッドもとおれるわけか」
先ほどから――いや、昨夜からあえて幾度も皮肉を口にしていた。それが効いてきたのか、ルピナがしばらくの間、だんまりを決め込んだ。やがて次の角を曲がったところで静かに問いかけられる。
「……1つだけ質問してもいいだろうか」
ああ、と短く答えた。
ルピナが足を止めずに問いかけてくる。
「なぜ貴公は帝国と戦いつづけた? 貴公の島では、勝ち目がないことはわかっていたはずだ」
過去に陥った境遇はルピナと似ていた。
ただ、フォルツティアのように国でもないし、栄えた島でもない。だが、土地だけは自然の豊かな場所だったからか、帝国の目に留まってしまった。
のどかに暮らしていただけの平和な島に突如として侵略してきた帝国に、島――クラルトリアはあっけなく陥落。所有者である両親は命を奪われた。
だが、帝国の暴挙はそこで終わらなかった。降伏を示したにもかかわらず、男たちを嬲り、また女こどもにまでその手を及ぼそうしたのだ。
決して記憶から消えることはない。
この手で誰かの命を奪った初めての日だ。
顔がこわばっていたからか、シャラが心配したように服のすそを掴んできた。おかげで気持ちがわずかに和らいだ。軽く深呼吸をしたのち、ルピナの問いに答える。
「勝ち目があるかどうかじゃない。そうするしかなかったからだ」
「降伏すれば命まではとられなかった。現にわたしの国は守られた」
「帝国に利用価値があると思われたからだろ。だが、その価値がないと思われた者たちはどうなる? ただされるがままになれっていうのか?」
「それは……偽りでも恭順すれば……っ」
「そもそも相手は自分たちの家族を奪い、自由を奪った奴らだ。そんな奴らに死んでも利用されたくはない。そう思う人間がいてもおかしくないとは思わないか?」
「わたしはっ」
ルピナが足を止め、気持ちを発露させるように叫んだ。ただ、続きが紡がれることはなかった。しかし、強く握られた彼女の両拳から気持ちは痛いほど伝わってきた。
「べつに責めるつもりはない。その選択が正しいと思ったんだろ、実際に多くの命が守られたことは事実だ。俺も、あんたのような道を進めていたらと思うことはある」
自嘲気味にもらしてしまったからか、隣で静観していたシャラが「……ゼノ」と気遣うような顔を向けてきた。
ルピナから返答はない。
静かに歩みを再開しただけだった。
「到着だ」
城の中でありながら無機質な空間が広がっていた。輸送船や空車輪が整然と並び、整備士と思しき兵たちがあちこちを歩いている。
歩いてきた感覚では、この区画は城内でも外側に位置している。おそらく右方の壁先は外へ繋がっているのだろう。滑走路らしきものも設けられていた。
「10機ですね」
シャラが最奥付近を見ながら言った。
そこには対峙する形でガリアッドが左右に5機ずつ置かれている。
「こちらが隠していると思うのなら、納得のいくまで探してもらって構わない」
「いや、その必要はない」
「……疑ったかと思えば今度はあっさり信じるのか。よくわからないな」
帝国の属国という立場にしては多いと思ったこともある。だが、それ以上に心の真っ直ぐなこの女王が、捕虜返還を目前にして謀ろうとするとは思えなかった。
「では、これより輸送準備を始める。そちらでも受け入れの準備を――」
「その前に俺からも1つ訊いてみたいことがある」
本来、これは敵に向けるべき言葉ではない。だが、彼女と剣と言葉を交わし、またその瞳の奥底にいまだ燻る感情を垣間見たときから、ずっと訊きたいと思っていたことだった。
「俺たちと一緒に戦うつもりはないか?」
ルピナがまぶたを跳ね上げて硬直したかと思うや、一瞬だけ目をそらした。やがて眉根を寄せ、険しい顔を向けてくる。
「無理だ。要塞島に民のいる島を置いてきている」
つまり人質というわけだ。
「仮にその問題がなくともわたしは王だ。民を危険にさらすつもりはない。わたしは……貴公とは違う」
「……そうか、残念だ」
答えはわかっていた。
ただ、訊かずにはいられなかっただけだ。
ゼノはルピナに背を向け、肩越しに告げる。
「それじゃガリアッドの輸送、頼むぜ。こっちも捕虜返還の準備をしておく。……いくぞ、シャラ」




