◆第三話『策略の転機』
ギュネアは自身の島の邸宅にて朝食をとっていた。
美容のためにも食事をとるのは大事なことだ。その問題を抜きにしても美味い料理を食べるのは好きだった。ただ、いまにいたっては食欲が湧かなかった。
食器を置いたのち、ため息をつく。
「あんた、朝からよく飽きないわね」
朝食の席にはコディンもいた。
左前方に3人の女を侍らせた状態で座っている。
「わたしにとって彼女たちと接するのは息をするのと同じだからな」
「コディン様。はい、あ~んっ」
「あ~ん」
小柄ながらコディンは常に厳格な顔を崩さない。そんな彼が大口を開けて女たちに料理を食べさせてもらっている姿はなんとも滑稽だった。
「……身分が低かったとしてもあんたのそばだけは遠慮したいわ」
「奇遇だな、わたしも貴様だけはお断りだ」
互いに憎まれ口を叩くのはいつものことだ。ただ、ここから本格的な口論に発展することはなかった。昔からの付き合いとあって、分かり合えないことは理解しているからかもしれない。
とはいえ、できるならコディンをこの島に上げることはしたくなかった。だが、いまはルピナがゼノ・クラーラ討伐に向けて動いているところだ。有事の際、瞬時に判断を出すためには必要なことだった。
当然ながらカナードもこの島にいる。だが、あてがった部屋にこもっていたり、島をうろついていたりしている。朝食にも招いていたが、いまだ姿を見せていない。
大方、好意を寄せる相手――ルピナが危険にさらされているとあって、気が気でないといったところだろう。まったくもって面白くなかった。
「あの女は、すでに奴を補足しているのだろう」
コディンが淡々とした口調で言った。その口元はわずかに汚れていたが、すぐに周りの女によって舐め取られる。減退していた食欲が完全になくなった気がした。
「……まだなにも言ってないはずだけど」
「貴様の余裕を見ていればわかる」
実際にそのとおりだった。少なくない期間を要すると思っていたが、早くもルピナはゼノ・クラーラの島を補足してみせたのだ。
ルピナの島フォルツィアットにしのばせたアストラ使いから偵察隊を介して報告が入ったのは昨夜。おそらくいまは交戦している最中か、すでに終わったあとか。いずれにせよ、あとは偵察隊からの続報を待つだけだ。
と、廊下側から足音が聞こえてきた。
配慮のない音からして部下でないことは明らかだった。
「コディン」
「……わかっている」
すでにルピナがゼノ・クラーラを補足していることは話すな、そう牽制したつもりだが、コディンもすぐに察したようだ。
扉が開けられ、カナードが入ってくる。その顔は思いつめているからか、ひどく憔悴しきったように見えた。ギュネアは立ち上がり、笑顔でカナードを迎える。
「おはよう、カナード。声をかけても出てこないから心配していたのよ。さあ、すぐに用意させるから、あなたも座って」
席に案内しようとしても彼は頑なに動こうとしなかった。
「……ギュネア殿、報告はまだ入っておられないのでしょうか?」
「ええ、まだ見つけられていないそうよ。気持ちはわかるけれど、焦っても仕方ないわ。いまは彼女を信じて待ちましょう」
カナードが苦しげな顔を見せれば見せるほど苛立ちが強くなっていくのは、すべてがルピナに向けられたものだからだろう。湧き上がった感情をそのまま表に出したい欲に駆られるが、なんとか押し殺して柔らかな笑みを浮かべる。
「さ、あなたも座って」
「申し訳ない。いまはそのような気分では……」
「もしものとき、力が出ないなんてことになったらおしまいよ? 彼女を助けられるのはあなただけなんだから」
思ってもいない言葉だが、これもカナードを手に入れるためだ。
「そう、ですね」
ようやくカナードが席についてくれた。運ばれてきた料理に手を出し、「美味い」とこぼした、そのとき。
『ギュネア様、いまよろしいでしょうか。急ぎご報告したいことが』
頭の中に声が届いてきた。
島に常駐させているアストラ使いのうちのひとりだ。
ギュネアはカナードからゆっくりと距離をとり、壁に向かった。
「なに? ようやく交戦を開始したの?」
『それが……』
報告を聞いた瞬間、思わず口元が緩んでしまった。まったくの予想外だったが、最高に都合のいい展開になったからだ。
「ギュネア殿、なにかあったのですか……っ!?」
カナードが荒々しく席を立ち、声をかけてきた。
こちらの動きからなにか報告が入ったと思ったのだろう。
「えぇ、とても残念なことが起きたみたい」
もはや隠す必要はなくなった。
ただ、事実を突きつけるだけでいい。
――わたしはルピナを信じていたのに。
そんな偽りの悲しみを貼りつけた顔を作り、ギュネアはゆっくりと振り返った。そして胸中で高笑いをあげながらカナードに告げる。
「ルピナがゼノ・クラーラを自身の島に招き入れたとの報告が入ったわ」




