◆第一話『捕虜返還の対価』
『拘束しなくてもいいのですか?』
シュボスからヒュレンへと向かう中、翼竜化したシャラが話しかけてきた。後ろを見れば、同じく翼竜に乗ったルピナがついてきていた。
「……こっちには人質がいるからな。それに、もしものときは俺がすぐに対応する」
先ほどの軽い一戦でわかったが、ルピナは純粋で真っ直ぐな人間のようだ。おそらく不意打ちといった〝卑怯〟なことはしてこないだろう。仮にされたとしても対応できる自信はあった。
「ちょっとゼノ、これどういう状況なの!?」
声の聞こえてきたほう――右方に目を向ければ、空車輪に乗ったクァーナが映った。おそらく騒ぎを聞きつけて様子を見にきたのだろう。
「あれは帝国の13輝将、フォルツティアの王だ」
「も、もしかしたらって思ったけど、本当にそうなんだ……っていうか、そんな人がどうしてあたしらの島の上を悠々と飛ぶなんてことになるの?」
「捕らえた帝国兵の中に弟がいるみたいなんだが、本物かどうかわからなくてな。たしかめてもらうことになってる」
その弟が本物だった場合、交渉に使うことまでおそらく推測したのだろう。クァーナは納得したような顔を一瞬だけ見せた。ただ、13輝将がそばを飛んでいるからか、すぐさま怯え気味にちらちらと後ろを確認しはじめる。
「なんとなく事情はわかったけど……でも、それにしたってゼノ、落ちつき過ぎじゃない?」
「慌てたところでどうにかなるわけでもないしな」
「そ、それはそうだけど……っ」
納得がいかないといった顔を見せるクァーナ。
そもそも動揺するほどのことでもないが、仮にそれだけのことであっても統率者として表に出すつもりはなかった。
「それよりクァーナ、一応離れたところからいつでも撃てるようにしといてくれ。……まあ、撃つことになるとは思わないが、念のためだ」
「ん、りょーかいっ」
クァーナがそう応じつつ、離れていった。
その後もルピナを警戒しつつ、ヒュレン上空を飛行。反抗組織の地下施設付近のひらけた場所に着陸した。ルピナと互いに無言のまましばらく待機していると、レイカとシギを始めとした、10人の仲間が出てきた。
さらに1人の捕虜を押しだす形で連れてくる。ユリアスと思しき少年だ。いや、思しきという表現はもう正しくはなかった。
揃って目を見開くルピナと少年。その反応だけで、少年が本物のユリアス・ジン・フォルツティアであることは明らかだった。
「あ、姉上……!」
「ユリアスッ!」
ルピナが前へと駆け出そうとした、直前。ゼノは彼女の顔面すれすれをとおる軌道で戦斧を振り落とした。ずしんと刃が地面深くにめり込む。
「それ以上は動くな」
ルピナを牽制しつつ、シギに目で合図を送る。
と、頷いたシギが短剣の切っ先をユリアスの目元近くに運んだ。
「動いてもすぐに殺すつもりはない。だが、目を潰させる。次は耳だ。その次は腕、そして脚。お前が俺とやり合っている間に、あいつはすべてを失うことになる」
ユリアスは悲鳴こそ漏らさなかったが、恐怖を感じているのは明らかだった。体を震わせながら、間近の刃を凝視している。
殺すのは簡単だが、それだけではただルピナを暴走させるだけだ。仮に暴れた際もユリアスの命さえ残っていれば、簡単にルピナを制圧できる。
ルピナが下唇を強く噛みながら、ぎりっと睨みつけてきた。
「また卑怯だとでも言う気か?」
「……いや」
不利な立場であることはしかと理解しているようだ。ルピナは両の手に拳を作ることで怒りを抑えつけていた。そんな彼女を見ながら、ユリアスが恐る恐るといったように声を出す。
「どうしてこのような場所に……」
「お前が殺されたと報告を受けた。だから、仇を取るために――」
「……本当はそれだけではないのでしょう」
ユリアスの言葉にルピナがばつの悪い顔をみせていた。ほかにどのような意図があったのか、すぐにはわからなかった。だが、帝国でのルピナの立場を考えれば、漠然とではあるが予想がついた。
「弟を……ユリアスを解放する条件を言ってくれ」
ルピナがこちらに向きなおり、怒りの混じった眼を向けてきた。
「このようなことしてきたのだ。なにかを求めるつもりだろう」
「話が早くて助かる。お前の島にあるガリアッドをすべて寄越せ」
躊躇することなく告げた。どれだけ大胆な要求であるかは居合わせた者たちの唖然とした顔を見れば一目瞭然だった。しかし、譲るつもりはいっさいなかった。
「無理だ。あれらはディメル陛下より下賜されたものだ。それを渡すなど……」
ルピナが動揺から復帰するなり、難しい顔で俯いた。
「陛下、か」
「……なにがおかしい」
「いや、改めて思っただけだ。お前が帝国の人間だったんだなってな」
ルピナが直情的で真っ直ぐな人間であることは見て取れた。そのうえでの挑発だったが、思いのほか乗ってくれたようだ。視線で人を射殺せるのではないか、と思うほどの鋭い目で睨まれた。
「それより本当に無理なのか? いいんだぜ、こっちは。もともと島の外に放り捨てるかどうかで悩んでいたところだからな。……あと忘れているみたいだが、捕虜はお前の弟だけじゃないんだぞ」
レイカに視線を向けると、首肯が返ってきた。彼女がそばの建物の裏に目を向けると、オルクスがべつの捕虜を連れて出てきた。そばにはカタナを抜いたグリッグがついている。
「ま、まさか自分の弟だけを助けるなんて言いません、よね……? 俺たちも、俺たちも助けてください! お願いですっ! ルピナ様!」
ユリアスを売った男を連れてくるように頼んだが、思いのほか喚いてくれた。さらにグリッグがカタナを近づけたことで彼は奇声とともに涙や鼻水もこぼしはじめる。
「捕虜は全員で117人。奴らを生かすも殺すもお前次第だ」
酷な選択を突きつけていることは理解している。だが、相手は帝国の人間。つまり敵だ。ここで情けをかけるつもりはなかった。
少しの間、ルピナが目をつぶりながら天を仰いだ。すでに拒否権がないことは理解しているはずだ。おそらくそれは彼女の中で決意を固める行為だったのだろう。
「……わかった。そちらの要求を受け入れよう」
「聞いていたとおりの人間で助かった」
「わたしのほうは聞いていたよりひどくて最悪な気分だ」
「予想を上回れてなによりだ」
帝国で出回っている噂などきっとろくなものではない。そもそも他人に褒められるような生き方をしていないことは誰よりも自分がわかっている。いまさら取り繕う気はなかった。
「もう今日は遅い。陽が昇ったら改めて俺がそっちの島に向かう」
「わざわざ来なくとも、目的のものはこちらから送る」
「互いに信用もなにもない状態だ。自分の目でどれだけのガリアッドがあるのかたしかめにいくのは当然だろ」
実際に誤魔化す気でいたのか、あるいは疑われたことに不快感を抱いたのか、ルピナが眉をひそめる。だが、すでに自身に拒否権がないことを受け入れているようだ。すぐさま諦めたように息をついていた。
「わかった。そのつもりでこちらも準備をしておこう」
言われるがままの状態の姉を見てか、ユリアスが悔しげに唇を噛んでいた。
「姉上、申し訳ございません。わたしのせいで……」
「……ユリアス、明日、必ず迎えにくる」
ルピナは名残惜しげにユリアスと言葉を交わし、翼竜に乗った。最後にこちらをひと睨みしたのちに、自身の島のほうへと飛び立っていく。
ルピナという存在に仲間たちがこわばっていたせいか、空気が一気に和らいだ。そんな中、人の姿に戻ったシャラが顔を覗き込んできた。
「ゼノ、大丈夫ですか?」
「……いまのを見て俺を気遣うのか。おかしな奴だな」
優位な立場を利用し、一方的に追い詰めていた側だ。むしろ、やり過ぎだと責められてもおかしくないことをしていた。にもかかわらず気遣ってくるとは、いったいシャラはなにを見ていたのか。
――そう、初めは思っていた。
先ほどまでと打って代わって気持ちが楽になっている自分がいた。ゼノは胸中で自嘲しつつ、シャラの頭をくしゃりと撫でる。
「俺は大丈夫だ」




