◆第七話『黄金の王』
「やっぱり俺たちの動きが読まれたのかっ!?」
「だとしても、こんなに早く仕掛けてくるのはなにかおかしい!」
ゼノはヴィンス操縦の空車輪で一足先にヒュレンを発った。
現在はシュボスを先頭に第10空域を北側に向かって飛んでいるところだ。そのシュボスの東側、少し離れたところで併走する1つの島が見えた。
「1つだけ? ってことは13輝将じゃないのか!?」
「……いや、まだわからないぜ」
黄色の翼竜らしき影がシュボス東側外縁に下り立っていた。
夜間防衛を担当する仲間たちがすでに迎撃行動へと移っているようだ。緑色の筋が幾つも走っている。だが、どれも翼竜に届くことなく荒れ狂う緑の風によって弾かれていた。間違いなく敵は13輝将級のフェザリアの使い手だ。
『ゼノ、聞こえますか? シュボスに敵が来ているみたいですっ』
頭の中に声が聞こえてきた。
シャラがアストラの交信術で話しかけてきたのだ。
「知ってる! 俺もいま向かってるところだ! そっちはいま、どこにいる!?」
『……ゼ、ゼノの部屋、です』
「どうしてそこにいるかはひとまず置いておく。いまはとにかく、俺の武器を持って中央塔の外に来てくれ!」
『わ、わかりましたっ』
シュボスに近づくにつれ、侵入者の姿が鮮明になっていく。
すでに侵入者は翼竜から下り立っていた。得物は正統的な長剣1本。長いマントを躍らせながら、防衛部隊の者たちを次々に沈黙させていく。その流麗な動きはまさに美しいの一言。
だが、なにより目を奪われたのはその髪だ。黄金の色をしていた。暗がりの中でもはっきりと視認できるほどの煌めきを放っている。
「おいおい、女かよっ! しかもすんげぇ美人じゃねぇかっ!」
少し離れたところに空車輪を着陸させながら、ヴィンスが興奮気味に叫んだ。
歳はこちらよりわずかに下といったところか。たしかにヴィンスの言うとおり凛々しい顔立ちで美人と言える。背丈も高い。ただ、すべてが俗物的なものから遠く感じられた。触れてはならないような、独特の気品を感じられる。
「これ以上、好きにはさせマセンッ」
「……ここで仕留めるっ」
「可愛い子をやるのは趣味じゃねえが、敵なら仕方ねぇっ」
グリッグとシギ、オルクスも騒ぎを聞きつけてか、すでに向かっていたようだ。沈黙した防衛部隊に入れ替わる形で侵入者に襲いかかる。
左からグリッグ、右からシギ、そして正面からオルクス。強敵と悟ったようだ。初っ端から全力で攻め立てている。
オルクスの得物はナックルダスターか。彼の戦いを見るのは初めてだが、予想どおりグリッグとシギと同等の力を持っているようだった。年齢のせいか、わずかに俊敏さでは劣るが、上手く勘で補っている。
3人とも初めてとは思えない連携で攻撃をしかけている。だが、すべてが1本の剣で防がれていた。それも危なげなく、だ。
「いい戦士が揃っているな。だが――」
侵入者がただの一閃でグリッグやシギ、オルクスの3人を弾き飛ばした。まるで格が違う。グリッグたちは悔しさを滲ませながら、すぐに立ち上がる。まだやる気のようだが……このまま彼らに任せていては怪我だけでは済まなくなる。
「下がれ、そいつは俺が相手をする」
ちょうどシャラが空から舞い下りてきた。その口には戦斧がしかと加えられていた。彼女から戦斧を受け取ったのち、肩に担ぎながら侵入者の前へと歩み出る。と、侵入者もこちらに剣の切っ先を向けてきた。
「我が名はルピナ・リア・フォルツティア」
予想どおりだ。その気丈な振る舞いや美しい黄金の髪は、まさしく聞いていた《黄金》を冠する呼び名に相応しいものだった。
「貴公が雷帝のクラーラか」
「そうだと言ったら」
「ここで死んでもらう」
侵入者――ルピナから渦巻くように緑風が吹き荒れた。どんっと鈍い音とともに地を蹴り、まるで矢のごとく一気に距離を詰めてくる。
ルピナは剣を左手側の後ろへ流した格好。そのままなぎを放ってくるつもりか。瞬く間に肉迫してきた相手へと、ゼノは戦斧を振り下ろす。分厚い刃が相手の身を真っ二つにする、直前――。
「……遅い」
ルピナが体を華麗に横回転させ、半身をずらした。さらに回転の勢いを利用し、横薙ぎに剣を振るってくる。一連の動きはまさに流麗の一言。
ここまで綺麗に躱されたのは初めてだ。
しかし、取り返せないほどの状況ではない。
ゼノは攻撃を躱されると判断した瞬間に左手を得物から放し、相手へと伸ばした。その剣を持つ手首をがっしと押さえ込み、さらにこちらから懐へと潜り込んだ。視界に映るのは驚愕するルピナの顔。
「なっ」
「誰が遅いだって?」
そのまま額へと頭突きをかました。相手が呻き声をもらして仰け反る中、片手で引き戻した戦斧を払う。このままいけばルピナの身を上下に両断できるが――。
紙一重のところで相手の剣が割り込んできた。だが、体勢が整っていなかったからか、こちらの力が圧倒した。
ルピナが大きく弾き飛ばされ、地面の上を何度も跳ね転がる。やがて勢いが止まったのを機に、すぐさま体勢を整えていた。ただ、余裕はなさそうだ。左手を額に当てながら軽く頭を振っている。
「ひ、卑怯な……っ」
「殺し合いに卑怯もクソもあるかよ」
さすがに13輝将に叙されるだけあってたしかな実力を備えている。だが、彼女1人程度なら負ける気はしなかった。
今回の奇襲は色々と疑問が残る。
彼女が囮の可能性も考えれば、早々に処理を――。
「このような男にユリアスは……っ」
怒りと恨みが交じり合った眼が向けられた。
ゼノは戦斧を肩に担ぎなおし、問いかける。
「お前の弟がグウェルに配属されてたってのは本当だったのか」
「……そのとおりだ。だからわたしはこうして仇をとりに――」
そこまで言いかけてから、ルピナがはっとなっていた。
「待て、その話を誰から聞いた……?」
「この前の戦いで捕らえた帝国兵からだ。ここにいるユリアス・ジン・フォルツティアを使えば帝国と交渉できるってな」
上手く言葉を理解できないのか、ルピナが目を見開きながら軽く首を振っていた。
「……ばかな、雷帝のクラーラは非情な男だから助かった者はいない、と」
「俺が非情だってのは否定するつもりはない。だが、さっきの言葉は本当だ」
「ならば、い、生きているのか……ユリアスは生きているのか!?」
それが心からの叫びであることは、すがるような目と震える声からありありと伝わってきた。
すでに彼女は剣を下ろしている。本物かどうかはべつにして、弟の命がかかっている中で下手に暴れることはしないだろう。仮に暴れたとしてもすぐに押さえられる。
「どうするつもりだ、ゼノ」
ヴィンスが後ろから問いかけてきた。
上手くいけば帝国と――いや、ルピナと交渉が可能になる。もともと捕虜を返還しても得られるものはないと考えていたところだ。少しでもこちらに得する状況を作れるのなら、この機会を逃す手はない。
「ちょうど本物かどうかをたしかめたいと思ってたところだ……ついてこい」




