◆第六話『捕虜の存在』
やけに響く足音を耳にしながら階段を下りていく。
辺りになにがあるかを視認できる程度には灯が配されていた。だが、辺りを包み込む重たい空気のせいか、どんよりと曇っているように感じられる。
ゼノは、ヒュレン地下施設の中でも、さらに深い位置に設けられた空間――監獄区画を訪れていた。ほかに同行しているのはレイカ。そしてヴィンスだ。
階段を下りた先には大きな空間が広がっていた。看守に見守られる中、格子で区切られた部屋が幾つも置かれている。中に収監されているのは先の戦いで投降した帝国兵たちだ。
「こうして見ると、かなりの数だな」
「シュボスの元看守たちもいますから」
基本的に5人ずつ収監されている。こちらの姿を見た帝国兵たちの反応は敵意や恐怖、無関心と様々だ。ただ、投降した者が多いからか、中でも怯えは強いようだった。
と、後ろでヴィンスが息を呑んだのを感じた。
「べつについてこなくてもよかったんだぞ、ヴィンス」
「っても、お前にだけに押しつけるわけにもいかねえだろ」
「……本当はこういうの、好きじゃないんだろ」
ヴィンスは言葉に詰まったように呻いた。どうやら間違いではなかったようだ。仲間の前では強がっているものの、彼の目には怯えが残っている。本来はこうした場所に似合う人間ではないのだろう。
「汚れ仕事ってのは向き不向きじゃない。慣れるかどうかだ」
「だ、だったらちょうどいいじゃねえか」
ヴィンスが歩幅を大きくし、隣に並んできた。
「俺だってお前の右腕張ってんだ。なにを見たって耐えてみせらぁ」
「べつに拷問をしようってわけじゃないんだけどな」
「え、だったらどうしてここに来たんだ?」
「ついでに様子を見に来ただけだ。本来の目的はレイカの言ったとおり、捕虜の処遇について決めることだ」
目の合ったレイカが足を止め、こちらに向きなおった。
「わたしは捕虜の返還を提案します。代わりに帝国側からなにかを引き出せればと」
「人道的に対応しながら俺らも得をする……最良の選択だが、問題は帝国が応じるとは思えないってことだ」
レイカの提案を聞いて安堵した幾人かの帝国兵が、すぐさまその顔を絶望の色に染めた。彼らもわかっているのだろう。帝国の王ディメルがどれだけ冷酷な男かを。敵が得するような選択をわざわざ取るとはとうてい思えない。
「100人以上いるんだよな」
「正確には117人ですね」
ヴィンスの確認にレイカが答える。
「なにもしなけりゃ、そんだけ多くの奴らに無駄飯を食わせるだけになるってことか」
「今回、ゼノさんに相談したのも、その件が大きな理由です」
決断してほしいとばかりに目を向けられる。
「一応、こいつら全員を島から放り出すって案は1つとして考えてる」
つまり殺すという意味だ。
帝国兵たちがざわつきだした。
「……はっ、俺たちのやり方が気に食わなくて反乱起こした奴が同じようなことしてんじゃ元も子もねえな」
嘲笑するような声が聞こえてきた。こちらを挑発する行為とあってか、ほかの帝国兵たちが「やめろ」と制止している。
「お前、なにか勘違いしてないか? たしかに帝国のやり方はクソだ。だが、俺はそれが理由で武器を取ったんじゃない。帝国が自由に生きる邪魔をしてきたから反抗しただけだ。一緒にするな」
言いながら、ゼノは先の発言者の檻前まで来た。中を覗き込みながら淡々と告げる。
「必要ならいまここでお前ら全員を殺してやる。それが帝国と同じ手段だったとしても関係はない」
その行為は決して褒められるべきことではない。だが、すべては仲間のためであり、自分のためでもある。本当に必要であれば、ためらうつもりはなかった。
こちらがどれだけ本気であるかが伝わったか、声をあげた帝国兵だけでなく多くの者たちが怯えていた。
「ま、待ってくれ! あんたらに悪くない話がある……っ」
ちょうど後ろから聞こえてきた。
振り返ると、1人の帝国兵が必死な顔で檻にしがみついていた。
面倒な拷問をせずになにか有益な情報を得られないか。そのためにわざわざこんな場所で捕虜の処遇について〝相談〟していたわけだが、上手く釣れたようだ。ゼノはレイカと顔を見合わせ、頷き合った。
「こいつだ! こいつを差し出せば帝国も交渉に応じるはずだ!」
先の帝国兵は後ろで座っていた少年を引きずってきた。
エルクと同じで16歳ぐらいか、少し下といったところか。ひどく整った顔立ちに、あまり戦闘向きとは言えない華奢な体。なにより目についたのは、その金髪だ。見るからに育ちのよさを感じさせる艶を持っていた。
血走った眼で帝国兵が檻に少年を押しつける。
「ユ……ユリアス・ジン・フォルツティアって言ったらわかるだろっ」
思わず耳を疑ってしまった。
それほどまでに意外な人物だったからだ。
ヴィンスとレイカも同様に目を見開いている。
「た、たしかフォルツティアって……」
「約5年前、帝国に降った国です」
いわゆる属国という立場だ。元国王とその妃は帝国に殺され、現在は長女であるルピナ・リア・フォルツティアが王位を継いでいる。同時に彼女は帝国13輝将の1人としても数えられている。
「女王の弟か」
そう言葉にすると、眼前の少年は目をそらした。
「でも、そんな奴がどうしてこんな辺境の島にいたんだよ?」
「ルピナ女王が帝国を裏切らないようにって、それでグウェルに配属されてたんだっ」
帝国兵は必死過ぎて興奮が収まらないようだった。叫びながら、ぐいぐいと少年を檻に押しつづける。
話が真実かどうかはさておき、このままでは少年が死んでしまいそうだ。ゼノは「少し落ちつけ」と帝国兵を少年から引き剥がし、後ろへ弾き飛ばした。
少年が解放されるなりその場に倒れ、咳き込んだ。
「……どう思う、レイカ」
「筋としてはとおっていると思います。ただ、彼が本当にルピナ女王の弟かまでは……」
そもそもルピナ女王の顔すら知らないのだ。
少年が本当にルピナ女王の弟かどうかは判断できなかった。
「た、大変ですっ」
ふいに階段のほうから聞こえてきた。
見れば、切羽詰った様子の反抗組織のメンバーがいた。緊急でありながら大声で用件を伝えてこないあたり、捕虜たちには聞かれたくないことなのだろう。
「どうした?」
駆け寄るなり催促すると、こわばった声が返ってきた。
「東の方角から帝国のものと思われる島が接近してきました……っ」




