◆第五話『男たちの語らい』
「悪い、もうみんな集まってたのか」
「気にすんな。俺たちもさっき来たところだ」
その日の夜。
ゼノはシュボス指揮所を訪れていた。
会議に使う椅子には誰も座っていない。だが、ヴィンスのほか、3人の部隊長たちが隅のほうで床に座っていた。決して行儀がいいとは言えないが、なんとなくこのほうが〝らしい〟気がした。
ゼノは彼らに倣う形で座り、輪に入る。
「隊員選びのほうはどうだ?」
「あと3、4人といったところデス」
「……こっちはもう1人」
実は、彼らには部隊を持たせると予め伝えていた。そうしたこともあり、すでに目星をつけていたのかもしれない。この調子なら明日には部隊は完成し、連携の強化に時間を使えそうだ。
「順調みたいだな。オルクスのほうは――」
「待て待て。その前に……男の語らいにはこいつが不可欠だろ」
オルクスが得意気な顔で背後から酒瓶を取り出した。それもなかなかの量が入るものだ。彼は同じく取り出した4つのカップを並べ、早速とばかりに酒を注ごうとする。が、ゼノはとっさに酒瓶を取り上げた。
「お、俺の宝物がっ」
「悪いが酒に関してはある程度制限してくれ。とくにあんたら部隊長はな」
「そんな固いこと言うなよ。ちょびっとぐらいいいだろ? な?」
懇願の目を向けてくるオルクス。筋肉質な体にもかかわらず、なかなかどうして媚びる姿が似合っていた。しかたない、とゼノはカップに瓶の口をつけ、ほんの一瞬だけ傾ける。
「マジでちょびっとじゃねえかっ」
「またいつ襲撃があるかわからない状況だ。それで我慢してくれ。あんたもまた牢屋ん中にぶち込まれて萎れたくないだろ」
「そ、それを言われちゃあ、我慢するしかねえな」
渋々と受け取ったカップをぐいと煽り、「くそ、飲んだ気がしねぇっ!」と嘆くオルクス。そんなさまを見て、ヴィンスが「どっちが年上かわかんねえな」と笑っていた。
「近いうちに帝国とでかい衝突があるはずだ。それを乗り越えさえすれば、必ず一旦落ちつく」
「それまで、か」
カップの底をまじまじと見ていたオルクスだが、欲求を振り切るようにカップを床に置いた。天井を向いて喉をごくんと鳴らしたのち、決意に満ちた顔を向けてくる。
「わかった。願掛けってことで我慢するか」
「ミルクならありマスヨ。といってもヒュレンで頂いたものなので、オルクスさんは飲み飽きているかもしれマセンガ」
「くぅ、も、もらうぜ!」
こうなればヤケだと言いたげに、オルクスはグリッグに注いでもらったミルクを一気呑みした。黒かった髭を白く染め、「かぁ、美味い! さすがヒュレン産だぜ!」とこぼしている。ただ、言葉とは裏腹に目尻には涙が浮かんでいた。
「なあ、ゼノ。俺たち、勝てると思うか?」
ふいにヴィンスが真剣な顔で問いかけてきた。
「勝てるかどうかじゃない。やるしかない」
「それはわかってる。いまの戦力で帝国に本気で攻め込まれたらどうなるかってのを訊いてんだ。正直に答えてくれ」
「厳しいな。絶望しかない」
彼らには取りつくろったところで無駄だ。ゆえに、あえて真実を突きつけたのだが、思いのほか動揺は見られなかった。全員、ある程度は覚悟していたようだ。
「おそらく帝国が本気で潰しに来るとすれば、最低でも3人以上の13輝将を当ててくるはずだ。ただ、俺が相手にできるのは多くて3人。それもかなり際どい状態でだ」
3人でも勝てると強がりたいところだが、過去に一度敗北している状況だ。正直、3人を相手にしなければならない状況を作られた時点で終わりと考えるべきだろう。
「そして問題は13輝将が1人でも自由になった場合だ。押さえられる奴がいない」
「すみません……わたしにもっと力がアレバ」
「……修行不足だ」
グリッグとシギが揃って悔しげな顔を見せる。
2人はよくやってくれている。ただ、相手が強大過ぎるというだけだ。そもそも彼らがいなければ、いまこの場に笑顔ではいられなかった。責めるつもりはいっさいない。
「部隊長――俺たち3人で押さえるってのはどうだ?」
「帝国兵はほかにもいるんだぞ。それもこっちより多くな」
案を出してきたオルクスが早々に沈黙した。
どうやら彼は頭を使うのが苦手らしい。
「いずれにせよ、俺たちの地力を上げるしかないってことだよな。ゼノがいなくても、自分たちで守りきれるだけの」
ヴィンスの言葉に部隊長たちが揃って頷く。
それも1つの道だが、こちらの戦力が整うまで敵も待ってくれるわけではない。やはり単純な力が欲しい。13輝将とやりあえるだけの、強い者の力が――。
「ゼノさん、ここにいたのですか」
男たちのむさ苦しい声ばかり聞いていたからか、その声はよく耳に届いた。見れば、指揮所の入口に反抗組織の代表――レイカが立っていた。
「レイカか。どうした、なにかあったのか?」
「いえ、緊急の用件ではないのですが……って、オルクスさん、またお酒を飲んでいたんですかっ!?」
こちらに歩み寄ってきたレイカが、オルクスの前に置かれたカップを見るなり声をあげた。オルクスはびくついたのち、必死になって抗議する。
「いや、飲んでねぇ!」
「そうやっていつも誤魔化すじゃないですか」
「今回ばかりは本当だ! な、お前らからも言ってくれよっ」
どうやらオルクスが酒を飲みすぎるのは、いつものことのようだった。そしてそれをレイカに注意される、という構図も。そんな2人の関係を面白がってか、ヴィンスが面白がって言う。
「いや、ちょびっとだけ飲んでたぜ」
「あんなの飲んだうちに入らねえだろっ」
「やっぱり……!」
レイカに詰め寄られ、どんどん縮こまっていくオルクス。少しばかりオルクスが可哀相に思えてきた。ゼノは背中に隠しておいた酒瓶を見せつけるように掲げる。
「大丈夫だ。止めておいた」
「な、だから言ったろ!?」
ここぞとばかりに強気になるオルクス。
さすがにレイカも先ほどまでの勢いを失っていた。
「……わたしの早とちりだったみたいです。ごめんなさい。ですが、普段から飲みすぎなことは本当のことですからね」
オルクスも心当たりがあるようで低い唸り声を出していた。やはり2人の姿は親子にしか見えない。それも子が親を叱るといった形だ。
ゼノは酒瓶を一瞬だけ見たのち、レイカに差しだす。
「レイカに渡したほうが安全そうだな」
「あ、それだけはだめだ! お嬢に渡すと一生返ってこねえんだよ!」
「ではご希望どおり、一生責任を持って保管して差し上げます」
「そ、そんな……」
がくりとうな垂れるオルクス。ヴィンスを始めとした部隊長たちが楽しげに笑っていた。酒はないが、なかなかに美味なアテとなったのは間違いなかった。
「それで、レイカ。なんの用だったんだ?」
「あ、そうでした」
レイカが咳払いをして顔を引き締めると、ずっと放置していた問題を提示してきた。
「捕らえた帝国兵――捕虜の扱いに関することです」




