◆第三話『適した役割』
ゼノはシャラに乗ってシュボスを発ち、ダナガに向かっていた。
頭を使ったあとだからか、吹きつける風が気持ちよかった。思い切り息を吸い込めば腹に溜まる冷たい空気も美味い。
シャラに乗っていると、いまが自由であることを感じられる。……最高の時間だ。
『どうして呼んでくれなかったのですか』
シャラがアストラの交信術を使って話しかけてきた。
先の会議に行く際、置いていったことを根に持っているようだった。その声からは不機嫌なことがありありと伝わってくる。
「……ぐっすり寝てただろ」
シャラから返事はない。彼女も自分の責任であることは理解しているのだろう。ただ、もしいま彼女が人の姿だったなら、きっと頬を膨らましていただろう。
「一応、起こそうとはしたんだ。けど、起こせるわけないだろ。あんなに頑張って飛んでくれたんだからな」
ラドゲイを倒してから2日が経っている。だが、あれだけの激闘を繰り広げたあととあってか、疲れが抜けきっていないようだった。シャラは昼も夜もよく眠っていた。
『……今夜、一緒に飛んでくれますか?』
「構わないが、また疲れるんじゃないか?」
『散歩みたいなものですから大丈夫です』
どうやら機嫌がよくなったようだ。やけにゆっくりだった飛行が一気に加速。瞬く間にダナガ上空に辿りついた。
眼下には、グリッグとシギが待機していた。一緒にシュボス中央塔を出たレイカとクァーナも空車輪で到着している。
「悪い、遅くなったな」
ゼノは地に足をつけるなり、そう言った。
シャラも人の姿に戻り、隣に並んだ。
クァーナがにやにやと意地の悪い顔を向けてくる。
「いいのよー。どうせシャラちゃんと愛を語らっていたんでしょ」
「そんなところだ」
「え、ほんとなのっ」
適当に返したところ、クァーナが動揺していた。見れば、周囲の者たちも同じような反応を見せていた。隣に立つシャラに至っては、「ゼ、ゼノ……ッ」と口をあわあわとさせている。
なにやらおかしな空気だが、それより本題だ。
「それでグリッグ、シギ。いい奴は見つかったか?」
「戦闘能力、という点では厳しいかもしれマセン……」
「……あんまり強くない」
2人が体を開いて向こう側へと目を向ける。
と、あちこちに転がった大量の男たちが映った。
部隊を作るため、隊長に適した者を探してほしい。そう頼んでいたのだが、どうやら2人の眼鏡にかなうものはいなかったようだ。
「レイカんところから誰か出せないか?」
「……わたしではダメでしょうか?」
レイカが自ら名乗りを挙げた。
完全に予想外だった。
結果はどうあれ、数百人規模の組織を率いていたのだ。一定の統率力はあることは間違いない。だが、問題はその戦闘能力だ。
「だめだ。仮に指揮が優れていたとしても、同行して足を引っ張ってたら全体の能力は低下する」
「ちょ、ちょっとゼノ。それはさすがに言いすぎじゃ」
「クァーナ、ありがとう。でも、ゼノさんの言うとおりです」
擁護に出たクァーナを制しつつ、レイカが力ない笑みを浮かべた。自分でも向いていないことはわかっていたのだろう。そのうえで名乗り出たところから見ても、どうやら彼女はなにかに焦っているようだ。
「そもそもレイカにはほかにやってもらいたいことがある」
「わたしに……ですか」
目をぱちくりとさせるレイカ。
ゼノは頷いたのちに内容を告げる。
「主に内政面を任せたい。あとは定期的にダナガとシュボス、ヒュレン。そしてグウェル島の状況を纏めて俺に教えてくれ。人は必要なだけ使ってくれていい」
「つまり宰相的な立場ということでしょうか?」
「そんなところだ。あいにくと俺はそっち方面は得意じゃなくてな。ほかにも色々と相談させてもらうことがあるかもしれない。大変だが、やってくれるか?」
先日、反抗組織の食糧を含む物資を改めて確認させてもらったが、帝国から圧迫されているとは思えないほど余裕があった。元から非常時に備え、上手くやりくりしていたのだろう。
おそらくレイカは内政面で真価を発揮するタイプだ。戦闘に出させるのは勿体無い。
「……は、はい! もちろんです!」
一瞬、きょとんとしていたかと思うや、前のめりに返事をしてきた。あまりに大声だったこともあって周りの者たちも驚いていた。隣に立っていたクァーナが悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、レイカの脇を肘でつつく。
「レイカさん、すっごい嬉しそう」
「そ、そんなことない……あるけどっ」
レイカが顔を赤らめながら、ちらりとこちらを窺ってくる。
反抗組織のリーダーとして相応の役職を欲していたのか。そう思っていたのだが……どうやらべつの思惑もあったようだ。
周囲の目を気にしてか、レイカが咳払いをした。
居住まいを正し、顔の赤みが引く前から話しはじめる。
「それで先ほどの反抗組織からいい人はいないか、という件ですが、実は思い当たる人が――」
「お嬢! ここにいたのか!」
どこから聞こえてきた声がレイカの言葉を遮った。声の出所に目を向ければ、反抗組織の制服を着た1人の男がこちらへと歩いてきていた。
年齢は50歳あたりか。ただ、その肉体は衰えを見せないどころか、隆々として生気に満ちている。体つきや纏う空気感からも一目で強者とわかる。
「そ、その呼び方はやめてくださいと何度もお願いしてるじゃないですかっ」
「いいじゃねえか、俺とお嬢の仲だろ」
一瞬、親子かとも思ったが、『お嬢』なんて呼ばれているところを見ても違うのだろう。いずれにせよ、2人の仲がいいことは伝わってきた。
「レイカ、その人は?」
「我々の副代表を務めてくれている、オルクス・バイヤンです。その、父が代表をしていたときから、ずっと反抗組織を支えて下さっている方で……」
「ま、創設者の1人みたいなもんだ」
紹介された男――オルクスが誇らしげに胸を張った。
レイカが代表としての役割を親から引き継いだことはなんとなく察していた。
彼女の父親については、詳しく話さなかったことからみてすでに亡くなっているのだろう。オルクスと親子のように見えたことからも、彼女が幼い頃といったところか。
「人質解放んときは世話になったな」
オルクスが歩み寄ってくると、握手を求めてきた。
これほどの男だ。一目見れば忘れないと思うが、まるで覚えがなかった。握手を交わしながら、彼の顔をまじまじと見る。
「もしかして1番後ろからついてきていた痩せた奴か?」
「ああ、それが俺だ。いやあ、腹が減ってると力が出ないタチなんだよ。だが、いまはもう完全復活だ」
ふんっと力こぶを作るオルクス。完全復活したのは喜ばしい限りだが、まったくの別人といっていいほどの代わりようだった。
「……性格はあれですが、腕はたしかです」
「性格はあれってのは余計だろ、お嬢!」
「呼び方をなおしてくれれば取って差し上げます」
ぷいっとそっぽを向いたレイカに、おどおどとするオルクス。やはり年頃の娘に手を焼く父親のそれだ。そんな2人の光景を見てか、シャラがくすりと笑みをこぼす。
「とても仲がいいですね」
「だな」
いつの間にか和やかになった空気の中、オルクスが改めて勝ち気な笑みを向けてくる。
「ま、お嬢の言うとおりまだまだ若ぇもんには負けねぇぜ! あ~……お前さんが相手だと、ちょっと――いや、かなり厳しいかもしれないが」
息巻いていたかと思うや、しぼんでしまうオルクス。ただ、そんな彼のことを笑う者はいなかった。中でもグリッグとシギは真剣な目で値踏みしている。
「わたしも、この方なら大丈夫だと思いマス」
「……このおっさん、できる」
2人も手合わせなしにオルクスの実力を認めたようだ。実際に戦ってみなければわからないが、おそらくオルクスの戦闘能力はグリッグやシギと同格だ。
「よし、部隊長はグリッグ、シギ。そしてオルクスの3人に決まりだ」
3人が同様に力強く頷いた。
全員がやる気に満ちているようでなによりだ。
「基本的には攻撃部隊として動いてもらうことになる。ひとまず数は30。各自で選んでくれ。無理にダナガの連中と反抗組織のメンバーを混ぜる必要はない。まずは部隊を個として動かすことを最優先に考えてくれ」
今後、彼らの部隊は敵の島に乗り込んで戦うことが主な役割となる。これから成長するのでは遅い。難しいかもしれないが、すでに完成された状態を目指してもらいたかった。
「残りはどうするのですか?」
「防衛に当てる。4つの島をそれぞれ守る部隊を作るつもりだが、こっちに関してはそれほど戦闘能力を求めるつもりはない。推薦があればあとで言ってくれ」
質問をしてきたレイカが「承知しました」と応じた。
グウェル島を奪ったこともあり風銃を始めとして装備はたくさん余っていた。空車輪にいたっては現在76機となっている。ダナガを解放したときとは比べ物にならないほどの充実度だ。
帝国の要塞島や13輝将の島が相手となるとさすがにまだ力不足感は拭えない。だが、ほかの帝国島であれば難なく追い返せるだろう。
そうして自戦力について考えていると、視界の中に気になるものが映り込んだ。物欲しげな顔を向けてきているクァーナだ。
「ねね、ゼノ」
「……どうした?」
「どうした、じゃないでしょ。あたしは? あたしにもなにか役割はないの? ほら、余ってる防衛部隊の総隊長とか」
「自分で向いてると想うか?」
「い、いいえ……」
ばつが悪そうに目をそらされた。
自覚があるなら求めないでほしい。
「でも、なにかあたしも役割が欲しいなって」
「クァーナの狙撃は強力だが、機動力に難があるからな。基本的には戦闘時の旗島となるシュボスの防衛に徹してもらうつもりだ。島に乗り込もうとしてくる敵を迎撃してくれ」
「つまり特殊部隊ってことね」
「単独だが……まあ、それで満足できるなら好きにしろ」
「じゃ、決定ね! あ、こっそり人が増えてても目をつぶってね?」
「役割を真っ当してくれるなら文句を言うつもりはない」
了解、とクァーナが軽い声で応じると、レイカから風銃の余剰分について早々に確認していた。少し心配だが、彼女も味方が不利になるようなことはしないだろう。
と、シャラがくいと服を引っ張ってきた。クァーナほどではないが、どこか物欲しげな目だ。わずかに抗議のような感情も窺える。
「……わたしにはなにかないのですか?」
「俺の相棒以外にないだろ。それともほかに欲しいのか?」
「い、いえ……」
早々にシャラが黙ったうえに俯いたまま動かなくなってしまった。ただ、よく見れば口元が少し緩んでいる。どうやら彼女にも満足のいく役職を与えられたようだ。
「ああ、そうだ。攻撃部隊の選抜に関して言い忘れたことがあった」
ゼノは思い出すなり声をあげた。
グリッグとシギ、オルクスたちが首を傾げている。
彼らが情に動かされるとは思えないが、念のためだ。
「――エルクは絶対に選ばないでくれ」




