◆第一話『死の忠誠』
ルピナ・リア・フォルツティアは、自国の島である〝フォルツィアット〟の外縁に立ち、吹きつける風を全身で感じていた。
「陛下、嬉しそうですね」
そばに立つ侍女が声をかけてきた。
彼女はスフレ。幼少の頃から仕えてくれている侍女だ。
年齢がこちらより3つ上の25歳とあって姉のような存在でもある。
「そう……見えるか?」
「はい、とても」
「ならば、きっとそうなのだろう」
実際にその気持ちは自覚していた。
いま向かっている先――帝国が要する3大拠点の1つ、北西要塞。そこからさらに西に進んだ先のグウェルという島で、たった1人の家族である弟のユリアスと会えることになっていた。
「それより……スフレ。陛下と呼ぶのはやめるように言ったはずだ。わたしはもう……」
約5年前。
フォルツティア王国は帝国の侵略に屈し、属国として帝国に降った。以来、この身を13輝将として帝国のために費やすことで民の安全を守っている。
弟のユリアスは、実質的に人質とされた状態だ。
「ですが、我々フォルツティアの民にとって陛下――ルピナ様はもっとも敬うべき存在であることに変わりありません」
「その心だけで充分だ」
両親を殺した帝国。
その帝国のために力を使うことに抵抗がないわけではない。
だが――。
フォルツティア民のため。
たった1人の家族である弟ユリアスのため。
自分には、帝国の剣として生きる道しかなかった。
◆◆◆◆◆
「そ、そんな……」
北西要塞に到着後、案内された司令室にて。
いましがた受けた報告に、ルピナは思わず頭が真っ白になった。
――グウェル陥落。
そこは弟のユリアスが帝国兵として配属された島だった。
「心中お察しする」
そう声をかけてきたのは同じ13輝将のカナード・アルバスだ。
年齢はこちらより1つ下の22歳。高い背に優しげな顔立ちをしている。ただ、その見た目は飾りではなく、実際に帝国13輝将の中では珍しく〝よそ者〟に親身に接してくれていた。
「それにしてもあのラドゲイがあっさりやられるなんてねぇ」
「ゼノ・クラーラは、ラドゲイ1人でどうにかできる相手ではない。功を焦った……いや、あいつは戦闘バカだったな。私欲を選んだ結果か」
この場には、ほかに2人の13輝将がいた。
1人はギュネア・マルシャン。
本土に連結する島のひとつマルシャル島の領主だ。
ドレスのような衣装に多くの宝飾品。さらに濃い化粧、と見るからに派手な格好をしている。彼女の纏う蠱惑的な空気は独特で、狙われた男はたちまち虜になってしまうとの噂だ。
もう1人はコディン・オーデュラッド。
帝国本土に居を構える大貴族オーデュラッド家の当主だ、
特徴的なのは鋭い目つきに小柄な体。ただ、その小さな体を気にしているのか、いつも筋肉質で背の高い美女を侍らせていた。いまも彼のそばには2人の美女が控え、過剰な接触をしている。
「まあ、入って間もない報告だ。詳細は追って届くだろう」
ルピナは放心状態からなんとか意識を取り戻した。
グウェル島が陥落したからと言って、ユリアスの死が決まったわけではない。すがるような気持ちで喉から言葉をひねりだす。
「ならば弟は……ユリアスの安否については――」
「わたしは奴と戦ったことがあるが、慈悲のない男だ。敵であれば容赦なく命を奪う。おそらく弟君の命はないものと思ったほうがいいだろう」
コディンが冷めた口調で言った。
頭が真っ白になり、全身から力が抜けそうになる。
だが、くず折れる前に膝に力が入った。
弟を守れなかった後悔。
そして怒りだ。
争いを選んだ、ゼノ・クラーラへの――。
「陛下からの命はまだない。だが、陛下が〝望むもの〟がゼノ・クラーラのもとにある。じきに奴を討伐せよとの命が下るのは間違いないだろう」
「じゃあ、ちょうどいいじゃない。フォルツティア卿に行ってもらえば」
コディンの言葉に、ギュネアがそう続けた。
その口元はいやらしく歪んでいる。
「忠誠を試す……そういうことか」
「よくわかってるじゃない」
帝国13輝将ではあるが、もとは帝国と争っていた身だ。弟のユリアスという人質がいなくなったいま、帝国にとってフォルツティアは反乱する可能性ありと見られてもおかしくはない。
「当然、フォルツィアットのみで向かうのよ」
「……了解した」
現在、フォルツティア王国は3つの島で構成されている。本土であるフォルツィアットを除いた2つの島は、ほぼ居住区とあって戦闘能力はほとんどない。それらの島を、この北西要塞に置いた状態にすることで人質の代わりにするわけだ。
同じ13輝将とはいえ、こちらは属国の身。しかもいまは叛逆を疑われてもおかしくない状況だ。拒否権はなかった。
「お待ちください! 相手はあのゼノ・クラーラです! ここは我々全員が力を合わせて討伐に向かうべきではありませんかっ」
そう意見したのはカナードだ。
やはり彼はお人好しだ。しかし、彼がどれだけ叫んだところでギュネアとコディンが意見を変えることはない。
「ありがとう、カナード殿。もしわたしの身になにかあったときは……どうか我が民のことを頼む」
「……ルピナ殿」
こちらの覚悟を汲み取ったか。
カナードが悔しさを顔に滲ませながら頷いてくれた。
ルピナは司令室をあとにし、廊下を早足で歩く。
これから戦うのは帝国のためではない。
民の未来のため。
そして――。
弟の仇をとるためだ。
そう言い聞かせながら、ルピナは佩いた剣の柄を握りしめた。
◆◇◆◇◆
――黄金のルピナとは、よく言ったものだ。
ギュネア・マルシャンは、いましがた部屋を去ったルピナの姿を思い出しながら胸中でそう呟いた。
腰まで伸びた長い黄金の髪だけではない。芯の部分では誰にも屈しないという高潔な意志が、憎たらしいほどに似合っている。
「……ギュネア。我々も行くのだろう」
「ええ、もちろん」
コディンの問いかけに、そう返した。
話を聞いていたカナードが怪訝な顔を向けてくる。
「どういう、ことですか……?」
「言ったでしょう、忠誠を試すって。あの子がちゃんと戦ってるかどうかこの目でたしかめないと意味がないじゃない」
カナードが痛ましげに顔を歪めた。
首を振りながら、震える声をこぼす。
「やはりわたしには理解できない……命の危険があるというのに、そこまでして彼女の忠誠を試すなんて……っ」
「これは今後の彼女を守るために仕方ないことなの。ここでたしかな忠誠を示せば、彼女と彼女の国の安全は守られる。そして、これはあなたのためでもあるのよ、カナード」
「……わたしの、ため?」
ギュネアは「そう」と答えつつ、カナードに体を寄せた。彼の腕を胸に抱きつつ、耳元で甘い声を囁く。
「あなたが助けてあげるの。遅れてやってきて格好良く、ね。それで彼女の心はあなたのものよ」
その光景を想像したのか、わずかにカナードの目が興奮したように血走った。だが、理性が勝ったようだ。はっとなったのち、こちらの腕を解いて離れた。
「わたしは、そのような謀をしてまで彼女の心を掴みたいわけではっ」
自身を諌めるように両手に拳を作り、唇を噛むカナード。
外見もそうだが、この高貴な心がなにより好みだった。なんとしてでも自分のモノにしたい。屈服させたい。
カナードが部屋の出口へと足を向ける。
「あら、どこへ行くの?」
「……島を出すのなら準備が必要でしょう。失礼する」
扉を締める音こそ静かだったが、最後に残された言葉には怒りが滲んでいた。
訪れた静寂をコディンのため息が早々に壊す。
「相変わらず性根が腐っているな。あの女を助けるつもりはないのだろう?」
「当然よ。絶対に間に合わないタイミングで出るつもりよ」
カナードも同じ13輝将ではあるが、帝国内での格や影響力はこちらのほうが上だ。多少の情報操作は簡単なことだった。
「でも、あんたにも悪い話じゃないでしょ」
「そうだな。13輝将は純粋な帝国の血を持つ者だけで構成されるべきだ。〝よそ者〟は必要ない」
コディンは極度の純血主義者だ。
あまり表には出さないが、帝国の純血以外は人間以下だと思っている。そんな彼だからこそ今回の話には乗ってくれると確信していたが、予想どおりだった。
「あの女だけで挑めば負けるのは明白だが、多少の損害は与えられるだろう」
「そこでわたしたちが3人がかりでゼノ・クラーラを殺す」
「功績はすべて我々のものとなる」
そしてカナードの心もこの手に。
これ以上ない最高の筋書きだ。
ギュネアは心躍る気持ちをそのままに笑みをこぼす。
「楽しくなってきたわ……っ!」




