◆第十一話『あの日の約束』
再び陽が昇って間もない頃。
ゼノは、ダナガの外縁部を訪れていた。
見上げた先、空には幾つもの空車輪が浮かんでいる。
「もしかして俺らの島って最強じゃねえの!?」
「ダナガは何度でも蘇るからな!」
仲間たちが空に浮いた石を拾ってはダナガに運び込んでいた。
面倒な作業だというのに、どこもかしこも笑顔であふれている。少し前の看守に命じられていたときとはまるで違う空気感だ。
彼らに指示は出していない。
自主的か、若しくは――。
「元気な奴らでダナガの修復に当たってもらった。これですぐに元どおりになるはずだ。いや、ラドゲイの島の破片も取り込んでるから、さらにでかくなるかもな」
そう言いながら、隣に立ったのはヴィンスだ。
彼も同じように空を眺めながら清々しい顔をしていた。
「昨日の今日だ。敵もすぐには来ないだろうし、休んでも良かったんだぜ」
「俺もそう言ったんだけどな。あいつら、なにかやることはないかって言って聞かなかったんだよ」
どうやらヴィンスの指示でもあり、仲間の意思でもあったようだ。みな、見た目こそ荒くれ者のそれだが、なかなかどうして働き者らしい。
「なあ、ゼノ。後悔、してないか?」
「……どうしたいきなり?」
ふいに向けられた問いかけに、思わず目を瞬いてしまう。
見れば、ヴィンスが思い悩んだように目線を落としていた。
「お前を焚きつけて、そんでもって担ぎ上げたのは俺だ。本当はお前が争いを望んでいないってわかっていながらだ……っ」
吐露されたのは罪悪感。後悔していないか、と相手に訊きながら、本当のところは自分が一番後悔している。……おかしな奴だ。
「結局、踏みだしたのは俺だ。誰かに言われたからじゃない。それに、そういうことを言うならお互いさまだろ。俺だってお前に面倒な役割を押しつけたからな」
「最前線で戦ってるお前に比べりゃ、あれぐらいどうってことねえよ」
「だったらこれからも頼むぜ、ヴィンス。お前のこと、頼りにしてんだからな」
「……ゼノ」
ヴィンスは少しお調子者の嫌いがある。
だが、誰より周囲に気を配っていることは知っていた。だからこそ、自分がいない間のダナガを任せることにしたのだ。
ただ、予想していた以上の仕事をしてくれている。
今回の戦いにしても被害が最小限に抑えられたのはヴィンスの機転のおかげだ。
言葉にしたとおり、間違いなく彼は頼れる仲間だ。
「ああ、任せろっ」
勝ち気な笑みとともに拳の裏でこつんと小突き合う。
そうして信頼を確かめ合っていたとき、背後から誰かが近づいてきた。
振り返った先にいたのはエルクだった。
「……どうして怒らなかったんですか?」
俯いたままで目を合わそうとしない。
それどころか体も震わして怯えていた。
エルクは昨日の戦いで待機命令を無視した。
おそらくその件のことを言っているのだろう。
「ゼノ、エルクは悪くない。俺が――」
庇おうと声をあげたヴィンスを手で制した。
ゼノは1歩前に出て、エルクを真っ直ぐに見つめる。
「怒られるようなことをしたのか?」
「待機するようにって言われていたのに無視して……」
「しかも最前線に突っ込んできた。あれは殺されていてもおかしくなかった」
ラドゲイに空車輪で突撃したときは本当に驚いた。
生還できたとはいえ、運がよかったのは間違いない。
「だが、お前のおかげで大切な仲間を助けられたのも事実だ」
怒るのは簡単だ。
ただ、エルクはすでに自身の行いを悔いている。
これ以上責めたところで意味はない。
ならば、かけるべき言葉は1つしかない。
「助かったぜ、エルク」
エルクがようやく顔を上げてくれた。
ただ、そこには悔しさと嬉しさが混ざり合っていた。
端整な顔が台無しになるぐらいくしゃくしゃだ。
「ボク、強くなります! 絶対に……っ!」
エルクが喉の奥からひねり出すように声をあげる。
まだまだ危うさを孕んだ青臭さは抜けないが……。
――こいつはきっと強い人間になる。
そんな確信があった。
ゼノはエルクの頭を荒々しく撫でる。
「ああ、期待してるぜ」
◆◆◆◆◆
ゼノはダナガの居住区に戻ってきた。
いまやここで暮らしている者はいない。
多くがシュボスで寝泊りしている状況だ。
おかげでどこか閑散とした空気が漂っていた。
ふいに大きな影が差した。
見上げた先、白銀の翼竜――シャラが空で旋回していた。
そのまま彼女は高度を下げると、人の姿に戻った。
「よくわかったな」
「ゼノのにおいを辿ってきました」
「……俺が思ってた以上に鼻がきくんだな」
「少しだけ、です」
動物的だと言われていると感じたのか。
シャラがわずかに恥ずかしそうに答えた。
「俺がどこかで迷っても安心だな」
これからのことを話しただけだ。
にもかかわらず、シャラは少しだけ目に戸惑いの色を滲ませた。
「空の果てへの鍵ってことを気にしてるのか?」
問いかけに目をそらされた。
どうやら当たりのようだ。
「いまさらだろ。大体、俺たちだって帝国に追われる身だ。一緒にいたって変わらない」
「ですが、あの13輝将を見る限り、本来よりも多くの戦力が当てられる可能性が――」
「俺とともにありたい。そう言っていたのは嘘だったのか?」
「ほ、本当です!」
半ば反射的に返ってきた。
「だったらそれでいい。なんたって俺たちを縛るものはないんだからな」
「……ゼノ」
そもそも彼女は1人では目的を果たせないから、《雷帝のクラーラ》のもとに来たのだ。ここで追い出せば、彼女は無謀な旅へと挑むことになる。そんなことをさせるわけにはいかなかった。
「今後、俺たちの未来がどうなるかはわからない。そんな中でなにより優先すべきは、仲間が安全に暮らせる場所を確保することだ。そこが《空の果て》であることにこだわりはしない」
帝国を倒すしか道がないのならそうする。
帝国を倒さずに済む道があるのならそうする。
いずれにせよ、もっとも仲間のためになる道を選ぶつもりだ。
「ただ、すべてが解決したらお前を必ず《空の果て》に連れていく。……いや、お前と一緒に行く」
これは契約でもあり、自らの望みであった。
世界の中心――空の果てになにがあるかを知りたい。
「はい……っ!」
シャラから向けられた目は相変わらず真っ直ぐだった。
また自らも戦う意志を宿した強い瞳だった。
こんな彼女だからこそ話を受けた。
再び立ち上がり、空に上がることを決意したのだ。
「やっと見つけた!」
そんな声とともに空車輪が近くに着陸した。
降りてきたのはクァーナだ。
「やっぱりシャラちゃん追いかけて正解だった。シュボスの部屋に行ってもいないし、どこに行ったか探してたんだから」
「どうかしたのか? ヒュレンまでまだ時間はあるだろ」
顔合わせも兼ねて、全員が集まることになっていた。
ちなみにヒュレン島が会場の理由は、人質救出の礼をしたいという反抗組織の申し出を受けたからだ。
「そうだけど、その前にレイカさんから頼まれてたものを届けにきたの。はいこれ」
「……服?」
渡された荷袋の中を見ると、赤基調の服が入っていた。
試しに上衣だけを片手で出して広げてみる。
手触りもいいし、見るからに上質な生地だ。
加えて、マントのように長い裾には精緻かつ華やかな刺繍が施されている。はっきり言って帝国13輝将の制服にもまったくひけをとらない出来だ。
「当然だけど、ゼノ用ね」
「……こんなもの、いつ用意したんだ?」
「忘れたの? もともとレイカさんたちが《雷帝のクラーラ》の力になる予定だったってこと」
つまり帝国の襲撃を受ける前から用意されていたというわけだ。
ひとまず事情は把握したが……。
ゼノは改めて広げた服を見つめる。
「べつに俺はいまのままでいいんだけどな」
「リーダーなんだから、それなりの格好しないと示しがつかないでしょ?」
昔、ともに戦った仲間たちからも言われたことだ。
理由はもっともだし、そうするべきだと思う。
だが、あまり派手なものは好みではなかった。
どうにかして避けられないだろうか。
「なあ、シャラ。お前はどう――」
「いいと思います」
なぜか食い気味に言われた。
……どうやら逃げ場はないようだ。




