◆第八話『果てへの導き手』
ゼノは身動きがとれなかった。
大股10程度の先、ラドゲイ率いる帝国兵にいまもグリッグたちが人質にとられている。
――下手な動きを見せれば、すぐにでも殺す。
そう言わんばかりにグリッグたちには風銃がつきつけられている。
「バナトリエに《竜の亡骸》をなすりつけたのか?」
帝国兵の中央に立つラドゲイに問いかけた。
ふんっ、ラドゲイが笑う。
「なんだ、わかってるじゃねえか」
「少なくない被害が出たはずだ」
「死んだのはせいぜい300ぐらいだ。まだ200も残ってる」
残った200も負傷者多数だろう。
部下を駒としか見ていないことがわかる。
「それよりさっさと武器を置けよ、お前ら。立場わかってんのか? あぁ?」
ラドゲイが威嚇するように声を荒げる。
応じて、帝国兵が拘束したグリッグたちのこめかみに風銃を強く押し当てた。グリッグとシギは微動だにしなかったが、レイカだけは短い悲鳴をもらした。
「レイカさんっ!」
「くそっ……」
解放したばかりの反抗組織のメンバーたちが風銃を足下に置いた。あわせてラドゲイのそばにいた帝国兵が距離をとりつつ、両側に回り込んでくる。
そのさまを横目に見つつ、ゼノはラドゲイを睨む。
「お前がこんな手段をとるなんてな」
「俺だってこんなくどいことやりたくねえよ。けどな、俺にも帝国の将としての務めってのがあってな。それもなにより優先されるべきことだ」
言い終えたラドゲイの視線が外された。
次に向けられたのは、シャラだ。
「そこの翼竜人をよこせ」
翼竜人は珍しい。
というよりほとんど見ない。
その希少性から闇の市場ではとてつもない額で取引されているという。それが目的かと思ったが、相手は戦闘狂のラドゲイだ。金のために動くとは思えない。
そもそも彼は〝帝国の将としての務め〟と口にしていた。なにかほかに理由がある可能性は高い。
「シャラをどうするつもりだ?」
「……なんだ、もしかして知らないのか?」
ラドゲイが怪訝な顔で言った。
シャラに目線で問いかけると、首を振られた。
どうやら彼女もなにがなんだかわからないらしい。
「翼竜人の中でも白銀の色をした奴は特別でな。《空の果て》への導き手であり、鍵となる重要な役割を持ってんだよ」
初めて聞くことだった。
ただ、それが真実であれば帝国がシャラを求めるのも理解できる。
なぜなら帝国は《空の果て》への侵入を目論んでいるからだ。
「あの翼竜人を殺しちまったのは俺たちにとっても誤算だったが、幸いにもあいつに姉妹がいることがあとから確認できた」
ラドゲイの言う〝あの翼竜人〟とは、シャラの姉であるソフィアのことだ。
たしかに2年前、帝国はソフィアを殺そうとしたわけではなかった。この身を庇おうとして命を落としたのだ。
「どうやってそこの翼竜人が秘匿されたお前の居場所を知ったのかは聞かされちゃいねえが……我らが王は、お前のもとに必ず来ると予測していた。つまり、お前が生かされていたのは、白銀の翼竜人をおびき出すためだ」
なぜ生かされていたのか。
ずっと疑問だったが、ようやく納得がいった。
ただ、わかったところですっきりはしない。
すべては帝国の王の計画のうちだったのだ。
最悪な気分だった。
「翼竜人さえ差し出せばここで引いてやるよ。お前らにとっても悪くない提案だろ」
おそらくラドゲイは約束を守るだろう。
だが、この場を凌いだところで帝国から追われる状況は変わらない。いや、仮に今後の安全を約束されていたとしても交渉に乗る気はない。
なぜなら、その未来にはシャラがいないからだ。
「……ゼノ。わたしなら大丈夫です」
こわばった笑みを向けてくるシャラ。
その目は、自らを犠牲にすることを望むものだった。
「だめだ。お前は絶対に渡さない」
交渉に応じる気がないと察したか。
ラドゲイが不快だとばかりに顔を歪める。
「お前は昔からそうだ。甘すぎるんだよ。その結果、どうなったかはお前自身がよく知ってるだろ」
2年前、帝国との戦争時。
周囲の仲間を優先的に攻撃された。
すべての仲間を守ろうと奔走したが、守りきれずについには孤立させられた。ソフィアを失ったのは、そのときだ。
「ああ、そうだ。でも、それが俺だ」
「……だったらしかたねえな。まずは1人目、いくぜ」
ラドゲイが失望したとばかりに言った。
その目を、レイカに風銃を突きつけた帝国兵に向ける。
と、応じた帝国兵の手が発射へと動きだした。
死を間近にしたレイカの顔が恐怖に歪む。
シャラを渡すつもりはない。
だが、人質となった仲間たちを見捨てるつもりもなかった。
「クァーナッ!」
声を上げた、瞬間。
視界の左端から迸った緑の筋が、レイカに向けられた風銃を弾いた。
不意の攻撃に帝国兵たちに動揺が走る。
最中、さらにもう1発の風銃がレイカを拘束する帝国兵を射抜いた。
どちらもクァーナの風銃による射撃だ。
彼女には途中から別行動でグリッグとシギの援護に向かってもらっていた。
ただ、人質となって捕まっていなかった。大方、ラドゲイがいたことから手を出しても勝ち目はないと判断。こちらが到着するまで息を潜め続けていたのだろう。
的確な判断だ。
おかげでこうして反撃の機会を作れた。
クァーナの射撃で次々に帝国兵が倒れる中、グリッグとシギが自ら拘束から抜け出していた。彼らは負傷していたものの、まだ動けることは目からわかっていた。だが、予想以上に体力を残していたようだ。
取り上げられた武器も回収し、近場の帝国兵へと襲いかかっている。
帝国兵が混乱する中、こちらに向かって逃げてくるレイカ。その背中に、1人の帝国兵が風銃を撃った。放たれた風撃は虚空を突き進み、ついに命中する――。
直前、ゼノはフェザリアを全開にして疾駆。
彼女を抱きかかえて風撃の軌道からそらした。
「あ、ありが――」
レイカが礼を言い切る前に、あちこちから風撃が飛んできた。だが、どれも届くことはなかった。追いかけてきたシャラが翼竜に変身。アストラの防御術を展開し、襲いくる風撃を遮ってくれたのだ。
「バカどもが! お前ら話を聞いてただろ! あの翼竜に当てんじゃねえ!」
ラドゲイの声で一斉に攻撃をやめた帝国兵。
そこへ風撃が飛び始めた。
解放された反抗組織の者たちが再び風銃を手にし、攻撃しはじめたのだ。グリッグとシギもいまだに敵中で暴れつづけている。
一気に混戦状態となった。
味方の不甲斐ない姿を目の当たりにしてか。
苛立ったラドゲイが自ら動かんと踏み出した、瞬間。
ゼノは一気に距離を詰め、勢いのまま殴りかかった。
拳は相手の顔面を捉える軌道だったが、差し込まれた大剣の腹に受け止められた。がんっと鈍い音が鳴る中、ラドゲイが両足を地につけたまま後方へ吹き飛んでいく。
「余所見してんじゃねえよ。ラドゲイ、お前の相手は俺だろ?」
「忘れちゃいねえよ、お前は俺の獲物だからな……っ!」
ラドゲイが大剣を肩に担ぎながら笑みを向けてくる。
予想どおりだが、まったく堪えていないようだった。
「こうなったら力ずくで大人しくさせるしかねえな。おい、ダナガとシュボスが近くにいるはずだ! ヒュレンもろとも制圧するよう指示を――」
ラドゲイが帝国兵に指示を出そうとした、そのとき。
突如として地鳴りのような音が聞こえてきた。
出所は西の空だ。
見れば、ラドゲイの5つの島のうちの1つに、ダナガが激突していた。ぶつかったことで砕けた外縁の破片が大量に飛び散っている。
その光景を見たラドゲイが目を剥いていた。
「はぁ? 正気かよ……!」
「俺たち流の挨拶だ」
あんな指示は出していない。
おそらくヴィンスの独断だろう。
この大胆さ、判断の早さ。
どうやら臨時の指揮官として選んだのは間違いではなかったようだ。
ダナガやシュボスから飛びはじめる幾つもの空車輪。遅れてではあるが、ラドゲイの島からも空車輪が上がりはじめ、瞬く間に空は風撃による緑線で彩られる。
「わかってたことだが……やっぱ俺にはこういうの向いてねぇわ」
ラドゲイが西側の空を眺めながら盛大にため息をついた。
思惑どおりにいかなかったことを嘆いているのか。
そう思ったが、再びこちらに向けられたラドゲイの顔はひどく楽しげだった。
「こいっ!」
ラドゲイの声に呼応して、空に現れた黒竜が下り立った。
黒竜の気配を感じてか、シャラも近くまでやってきた。
対峙する2頭の翼竜が咆哮をあげて威嚇しあう。
『わたしも一緒に戦いますっ』
「ああ、頼む!」
相手が黒竜に乗れば好き勝手に暴れられる。
仲間に危険が及ぶ可能性があるため、こちらも乗らざるを得なかった。
ゼノはシャラに飛び乗った。
同じく黒竜に騎乗したラドゲイと殺気をぶつけ合う。
「行くぞ、クラーラ! 2年前の借りを返してやる……!」




