◆第一話『反抗組織の存在』
「そんな美味い話があるわけないだろ。絶対に罠だ」
ヴィンスの威圧するような低い声が響いた。
バナトリエ島から逃げ延びた、その日。
今後の方針について話し合うため、仲間の多くがシュボスの指揮所に集まっていた。すでに夜を迎え、指揮所から望める空は深い青色に染まっている。
「そのヒュレン島だっけか。農業島で食糧がたくさんあるうえに反抗組織が《雷帝のクラーラ》のために息を潜めて力を蓄えてるって……いくらなんでも話が美味すぎる」
ヴィンスが口にしたのは、つい先ほどクァーナからもたらされた物資補給の案だ。
物資だけでなく戦力も手に入る。
現状からすれば、これ以上ない収穫だ。
ただ、だからこそ疑念が生まれるのは無理もなかった。
「でも、美人の言うことだぞ、ヴィンス」
「そうだ! それにエロイ! 彼女は絶対に嘘はつかない!」
「うっせぇ! お前ら女ってだけで味方してんじゃねぇよっ」
抗議しはじめた仲間たちに、そう吐き捨てるヴィンス。
その光景を見つつ、クァーナが困ったように笑った。
「ま、あたしのことが信じられないってのは無理もないかもね」
クァーナが悩ましげに腕を組んだ。
あわせて持ちあげられた胸が軽く形を崩す。
その動きを目で追いながら感嘆の声をもらす仲間たち。
信用云々は置いておいても、多くの男心は掴めているようだ。
「クァーナ、質問だ。どうして俺がバナトリエ島に来るとわかった?」
「それに関してだけど、実際は正確に予測していたわけじゃないわ。あなたが来る可能性のある島に、わたしみたいなのが配置されていたってだけ」
「俺がダナガにいたことは当然知ってたんだろうな」
「ええ。そして〝ある人〟は確信していたわ。《雷帝のクラーラ》は必ず生きて表舞台に戻ってくるってね」
クァーナはある程度のことは話してくれている。
物資補給に関する情報も提供してくれた。
だが、〝ある人〟に関しては明かそうとしない。
「その〝ある人〟についてはやっぱり言えないのか?」
「立場的に明るみに出るとどうしても、ね」
話しぶりからして名の知れた人間だろう。
帝国内部か、あるいは帝国に与している者である可能性が高い。
いずれにせよ、クァーナは〝ある人〟の安全を守るために名前を明かすつもりはないようだ。明かせば信頼を勝ち取れるかもしれないというのに。
「ヴィンス、こいつは俺たちを危機から救ってくれた」
「それだって取り入るためかもしれねぇだろ」
「死ぬ可能性だってあった状況だ。取り入るなんて話の問題じゃない」
ぐっ、とヴィンスが言葉に詰まる。
13輝将に《竜の亡骸》の襲撃。
死線と表するには充分な危険を孕んだその状況を想像してか、さすがにヴィンスも言葉に詰まっていた。
「たしかにクァーナの素性はまだ明らかになっていない。だが、クァーナは命の恩人だ。俺たちの味方として扱ってくれ。責任は俺が持つ」
現状、ここにクァーナの居場所はない。
シャラと同様、後ろ盾となるのは元から考えていたことだった。
ヴィンスが険を解いて息を吐き出す。
「わかったよ。ゼノがそこまで言うなら俺も従う。……悪かったな、疑って」
「気にしてないわ。あなたたちの状況を考えれば、疑われるのも仕方ないもの」
クァーナがにこりと微笑んで応じる。
直後、仲間たちが「よっしゃあ、女だ! 女が増えたぞ!」と盛り上がりはじめた。
おそらくヴィンスも本気で疑っていたわけではないだろう。
ただ、クァーナは完全な部外者だ。
提示された情報に疑念を持つ者は必ず現れる。
だからこそ先に悪役を演じて疑念を潰してくれたのだ。
そのことをクァーナも察したのだろう。
盛り上がる仲間たちをよそに潜めた声で話してくる。
「バナトリエに同行してた2人もよかったけど……ほかにもいいのがいるじゃん」
「ああ、信頼できる奴だ」
「さすが偽名に使うだけあるわ」
「あれは適当に浮かんだだけだ」
「そういうことにしておく」
くすりと笑みを零しつつ、片目をつぶるクァーナ。
なんとなくだが、今後も彼女には手を焼かされそうな気がしてならなかった。
「それで、そのヒュレン島の場所は?」
クァーナが空図のそばに向かった。
現在の空域の北を指差しながら話しはじめる。
「第98コンテイル近くを浮遊してるわ。この辺りね」
「真っ直ぐ進むと、バナトリエ島のそばをとおることになるな……あの辺りはまだラドゲイの島が飛んでる可能性がある。遠回りして、どの程度でつくかわかるか?」
「ん~、たぶん3、4日ぐらいじゃないかな」
思ったよりも結構かかる。
一応、約18日分の食糧がシュボスには保管されていることがわかった。ただちになくなるわけではないが、いつ帝国の襲撃があるかわからない状況だ。早いうちに行動するに越したことはない。
「ヴィンス、進路を変えてくれ。目的地は――ヒュレン島だ」
「了解だっ」




