◆第九話『竜の亡骸』
遠くから見た《竜の亡骸》の形状は卵を思わせる。
だが、その形を保っていたのはわずかな間のみ。
さらに低い音を発しながら変形をはじめた。
外殻が綺麗に4方向へと倒れる。
長い首と顔、1対の翼、長く細い尻尾。
倒れた外殻によって《竜の亡骸》はまさしく翼竜といった姿に変化した。
まるで自身の顕現を称えろとばかりに、咆哮のごとく重低音を発する《竜の亡骸》。その背から無数の黒点があふれ、辺りのすべてを呑み込むように散らばっていく。
「シギ、回避は考えなくていい! 飛ばせッ! 全速力だッ!」
ゼノは操縦席に向かって声を張り上げる。
あの黒点の群れに接近されることだけは絶対に避けたい。
いまも空を飛び交う黒点たちは《竜の亡骸》を縮小した姿をしていた。つまり翼竜を模したものだ。本物と違うのは肉がなく、ほぼ骨格で形作られている点だけだ。
隣でシャラがこわばった顔で息を呑む。
「あれが竜の亡霊……初めてみました」
「空車輪に乗った帝国兵なんかよりよっぽど厄介な相手だ」
それが200や300どころでは収まらない数で空を飛んでいる。恐ろしいことこのうえない光景だ。ただ、多くがラドゲイの島方面へと向かっていた。
「よし、あっちに向かってるわ!」
「ですが、こっちにも来てマス!」
歓喜したクァーナに、グリッグの声が被さる。
8体の《竜の亡霊》が群れから抜けだしてこちらに向かってきていた。たった8体と言いたいところだが、あれだけでも島によっては全滅させられるほどの強さを持っている。
「ゼノ、わたしはいつでもっ」
「頼むっ!」
再び翼竜に変化したシャラとともに空に飛び立った。
浮上する間、輸送船に乗ったグリッグへと叫ぶ。
「グリッグ、島に戻ったらすぐに出すように言ってくれ!」
「了解デスッ! ゼノさんタチハ!?」
「《竜の亡霊》を始末したらすぐに戻る!」
可能な限り《竜の亡霊》をダナガに近づけたくはなかった。
なにしろ竜の亡骸は島を食らう性質を持つのだ。
もしダナガが《竜の亡霊》に見つかれば、本体である《竜の亡骸》に追われるかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。
すでに《竜の亡霊》の姿がはっきりと捉えられる程度にまで接近していた。
骨だけのようなその姿に相応しく眼球は真っ黒。
生気はいっさい感じられない。
「注意しろ! 奴らは風撃を口から吐きだしてくる! 初めから全力で行くぞ!」
『はいっ、しっかり掴まっていてくださいっ』
シャラが敵の群れに正面から突っ込んだ。
8体すべての《竜の亡霊》が口を開け、風撃を吐きだしてくる。
その大きさはガリアッドが放つものと同程度。
まともに当たれば少なくない傷を負うだろう。
だが、シャラはそれらすべてを紙一重で回避していく。
敵中を翔け抜ける中、ゼノは雷撃を周囲へと放った。
けたたましい炸裂音とともに稲光が敵8体に襲いかかる。どれもがまともに当たったものの、落下を始めた敵は1体もいない。
わずかな硬直のち、再び追いかけてきた。
口から風撃を放っては後ろにぴたりとついてくる。
「ちぃ、硬いなっ」
これが《竜の亡霊》の厄介な点だ。
空車輪より耐久力が桁違いに高いのだ。
ただ、傷はしっかりと負わせられている。
その後もそばをとおるたびに雷撃を見舞いつづけていると、敵の体は焦げたように黒ずみだした。動きもわずかに鈍っている。
敵の風撃による猛攻を回避しながら、シャラが一気に高くまで上昇。翼をたたんで急降下を開始した。凄まじい圧に振り落とされそうになる中、ゼノはなんとか放した右手で雷撃を展開。すれ違う敵たちに見舞った。
8体の敵すべてが力なく動きを止め、落下していく。
その最期は呻き声すら出さない静かなものだった。
辺りを見回してみてもほかに接近してくる《竜の亡霊》はいない。ただ、遠くのラドゲイ所有の島々周辺では、いまもおびただしい数の《竜の亡霊》が飛んでいた。
バナトリエ島を犠牲にでもしようとしているのか。
全速力で来た道を戻っている。
「……これで潰れてくれればいいが」
13輝将が保有する兵は多い。
そのうえ、ラドゲイ自身の戦闘能力も高い。
これで倒せたとは考えられなかった。
ただ、《竜の亡骸》を相手に生き延びられたとしても間違いなく被害は甚大なはずだ。こちらを追撃するどころではないだろう。
ゼノはいまもまたがった翼竜の硬い鱗をそっと撫でる。
「戻るぞ、シャラ」




