◆第八話『黒竜』
疑問は幾つもある。
だが、いまはなにより現れた新たな選択肢をとる以外になかった。
「乗れ!」
仲間たちは一瞬の躊躇を見せていた。
だが、現状からほかに道がないと察したか。
すぐさま開けられた後部から荷室に乗り込んだ。
早速とばかりに輸送船が垂直上昇を始める。
「逃がすかよっ!」
近づいてくるラドゲイの声。
このままでは輸送船を落とされてしまう。
ゼノは1人残り、雷撃を周囲へと迸らせた。
ラドゲイが地面に大剣を振り下ろしたことで雷撃が四散する。吹き荒れた風によって煙幕も晴れてしまったが、一瞬の足止めには成功した。
ゼノはフェザリアによって強化した肉体でそばの建物の屋根まで跳躍。さらに跳び、上昇速度をあげるクァーナの輸送船に飛びついた。仲間が待つ荷室に体を投げ入れる。
「南側でいいの!?」
操縦席からクァーナの声が飛んできた。
ゼノは彼女のそばまで向かって問いかける。
「ああ――ってそれよりも、この状況、わかってんのか? 俺たちは帝国に追われてるんだぞ!?」
「わかってるわ! だから助けたんだもの!」
「だからって……帝国に恨みでもあるのか?」
「《雷帝のクラーラ》を助けるように! ある人からそう指示されてるのよ!」
すでにクァーナの操縦によって輸送船は全速力で前進を始めている。先ほどまで下部に映っていたバナトリエ島はもうない。いまや一面が空だ。
「ある人? いや、それよりどうして俺のことを……」
「あ、でもいまは《雷帝のヴィンス》だった?」
「それは偽名だ」
「知ってる」
クァーナがおどけたようにくすりと笑んだ。
「ゼノさん、帝国兵が追ってきてイマス!」
荷室のほうからグリッグの焦った声が聞こえてきた。
振り返れば、開いたままの後部から空車輪が映り込んだ。こちらに向かって風銃で攻撃をしかけてきている。
風撃が迫るたびに輸送船が回避運動で激しく動く。
クァーナが眉間に皺を寄せつつ、口元に笑みを浮かべる。
「とりあえず詳しい話はあとにしたほうがよさそうね」
「ああ、賛成だ」
ゼノは荷室のほうに戻った。
追っ手の空車輪は10機。
輸送船はあまり速くないことからも逃げ切るのは難しいだろう。
「ねえ、誰か操縦代わってくれない!?」
クァーナが操縦席から叫んできた。
彼女自身の命もかかっている状況だ。
なにか手があるのだろう。
「頼めるか? シギ」
「ゼノさん、彼、操縦は――」
グリッグがなにかを言いかけたが、シギが遮った。
任せろとばかりに自身の胸を叩く。
「……雷帝の頼みなら」
そうしてシギと入れ替わる形でクァーナが荷室に来た。その手には風銃が握られているが、帝国のものよりやけに長いうえにごつい。おそらく特注品だろう。
彼女は流れるような動作で片膝をついて風銃を肩に乗せて構えるや、風撃を発射。もっとも接近していた空車輪1機を撃墜してみせた。
「やるな」
「あたしの本職はこっち。操縦はおまけね。でも……彼よりは上手いかも」
そう苦笑交じりに言うクァーナ。
無理もなかった。
先ほどから輸送船がぐわんぐわんと揺れているのだ。
操縦席でぎこちなく両腕を動かすシギを横目に見ながら、グリッグに問いかける。
「……なあ、グリッグ。さっき言おうとしてたことって」
「はい、シギは操縦が苦手デス。昔、空車輪を破壊しそうになったことで石拾いから外された過去が――」
「雷帝に頼まれたんだ。俺は、この仕事をやり遂げる……っ!」
シギのやる気に満ちた声が船内に響いた、そのとき。
2つの風撃が迫ってきた。
回避困難かと思いきや、輸送船は不可思議な動きでどちらも躱してみせた。
「よ、避けた……っ」
「やるじゃないっ」
クァーナの迎撃と、シギの不安定運転。
2つが上手く組み合わさったことで辛うじて生き残ってはいるが、このままでは撃墜される可能性が高い。
「……シャラ、いけるか?」
「はい、わたしはいつでも」
頷いたシャラとともに、ゼノは輸送船から身を投げた。
「え、ちょっと!? えっ!?」
クァーナの混乱する声が聞こえる中、翼竜に変化したシャラの背に乗った。力強い羽ばたきによって加速。輸送船のそばから一気に敵の空車輪付近まで到達する。
「翼竜っ!?」
「あいつだ! あいつを先に墜とせ!」
帝国兵の標的が一斉にこちらに向くが、シャラの素早い動きを捉えられる者はいなかった。シャラは風撃で空に描かれた緑の筋をかいくぐるように悠々と飛行を続ける。
敵の攻撃はシャラが躱してくれる。
こちらの担当は攻撃だ。
「シャラ!」
応じてアストラの防御術を展開するシャラ。
その機を見計らってゼノは雷撃を周囲に迸らせた。
そばをとおった空車輪から稲光に襲われ、墜落していく。
飛び始めてからほとんど時間は経っていない。
だが、残り8機の空車輪はすべて殲滅した。
輸送船の屋根に着地後、変身を解いたシャラを抱きかかえて荷室へと戻る。と、目を見開いたクァーナに出迎えられた。
「……まさか翼竜人だったとはね。でも、《雷帝のクラーラ》の相棒ってたしか――」
「わたしの姉です」
淡々とそう答えたシャラ。
クァーナがばつがわるそうな顔をする。
「あ~……なんかごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
シャラは姉の死を引きずっていない。
だが、その気持ちが会ったばかりのクァーナに伝わるはずもなく……。
敵の攻撃が止んで静かになった船内に微妙な空気が流れはじめた。
「ゼノさん、あれって……そうデスヨネ」
グリッグが空を見ながら怯え気味に言った。
視線を辿った先、最悪のものが映っていた。
「……島ごと来たのか」
ここからでも最低でも50機の空車輪が見える。
さらにその後ろから向かってくるのは連結した5つの島。
おそらくラドゲイ所有の島だ。おそらくバナトリエに警戒されないため、こちらと同様に視認できない場所に停めていたのだろう。
島は連結する数が多いほど速度が上がる。
仮にダナガまで逃げ切れたとしても、このままでは追いつかれるのは必至だ。
「……げっ、黒竜に乗ってるのっ!?」
クァーナが恐怖に顔を歪める。
いまも映る大量の空車輪の中央。
黒い翼竜に乗ったラドゲイの姿が見えた。
あれはシャラのような翼竜人ではない。
凶暴な性質を持ち、13輝将級の強さがなければ乗りこなせない純粋な竜種だ。
「あの数に黒竜に乗ったラドゲイか……」
空車輪10機が相手とはわけが違う。
ここで迎撃するのは現実的ではない。
ならば、島に戻って総力戦をしかけるか。
いや、空車輪だけでも相当な数だ。
陸上戦力も同等か、それ以上はいると考えるべきだろう。
だとすれば、たとえ総力戦をしかけても勝てる相手ではない。
ラドゲイさえ倒せれば状況は変わるが……
武器がない状態では、それも難しいところだ。
――どうする。
最適な手がまるで浮かんでこなかった。
焦りや苛立ちから拳を握った、そのとき。
骨まで響くような低い音が聞こえてきた。
空が怯えている。
そう言われても信じられるほどの震動が続いている。
「ちょ、ちょっと……もっとやばいのが来ちゃったんだけど……っ」
クァーナが震えた声でそうこぼす。
その怯え方は先ほど黒竜を目にしたときの比ではなかった。
無理もない。
突如として視界の右方から現れた島よりひと回り大きなソレは、出会った者に死を届けるとも言われる、古代の遺物。
「……竜の亡骸」




