◆第七話『13輝将』
まだ残っていた10人の帝国兵が動きだそうとする。
が、ラドゲイがそれを制し、背負った大剣を抜いた。
「下がってろ。そいつはお前らの手に負える相手じゃねえ」
楽しげに口の端を吊り上げながら前に出てきた。
「……どうして俺がこんなところにいるのかって顔だな、クラーラ」
この姿と《雷帝のクラーラ》を一致させている者は帝国でも少ない。戦争中も、出会った帝国兵は大体殺してきたからだ。
知っているのはほんの一部。
敗北後、ダナガ連行までに関わった者たち。
あとは13輝将ぐらいだ。
彼らの場合は基本的に紛争地や、帝国本土の周囲で活動している。ゆえに、こんな辺境の地で出会うことはないと踏んでいたのだが……。
「俺がここに来ると予測してたのか?」
「そうだと言いたいところだが、たまたまだ。ここらの空域に出たっつう《竜の亡骸》の調査でこの島に寄っただけだ」
竜の亡骸は古代の遺物だ。
空を漂っては出会った島を見境なく食らい尽くす。しかも帝国や聖王国ですらも破壊できず野放し状態のため、天災として多くの者に恐れられている。
「退屈な任務でイライラしてたが、まさかお前と出会えるなんてな。最高の気分だ」
「こっちは最悪な気分だ」
「はっ、つれねえこと言うなよ。にしても1人じゃねえってことはまさかシュボスを潰したのか? 島は見えないが、どうせ近くに止めてんだろ。……ま、残念だが、ここで反乱ごっこは終わりだ」
ラドゲイがおどけたように言い終える。
と、ぎらついた目であからさまな殺気を放ってきた。
直後、グリッグとシギが弾かれたように飛びだす。
「やめろっ! 奴には手を出すなっ!」
叫んで制するが、遅かった。
「お前らはお呼びじゃねえんだよ」
ラドゲイがそう吐き捨てた、瞬間。
彼の体から可視化できる緑の風が同心円状に噴出。同様に激しい風を纏った大剣が振られ、グリッグとシギがあっけなく吹き飛ばされてしまった。2人とも左右の建物に勢いよくぶつかり、ずるずると座り込む。
なんとか武器を割り込ませたようでどちらも生きている。だが、武器は破壊されたうえに、その顔も苦痛に歪んでいる。
グリッグとシギを御せなかったのは完全に失態だ。
だが、手を出してしまったものはしかたない。
この機を利用するだけだ。
ゼノは地を這うように疾駆。閃光のごとく一瞬のうちに肉迫し、拳を敵の腹へと突き出す。が、間に敵の大剣が割って入ってきた。眩い緑の光を発する刃が迫る。
――触れれば拳が潰される。
反射的に拳を引っ込めた。眼前を激しい風をまとった刃が通過していく。湧き上がる恐怖を押し殺して懐にもぐろうとするが、すでに敵の大剣が上方から振り下ろされていた。
膝がきしむほどに思い切り地面を踏み、後退する。と、先ほど踏み込もうとした――ラドゲイ前の石畳が大剣によって大きく穿たれた。
ラドゲイはほかの帝国兵とは格が違う。
武器なしで挑むのは無謀だ、と即座に判断。そばに落ちていた帝国兵の剣を手にし、再び斬りかかる。だが、ラドゲイの大剣と接触した瞬間にあっけなく破壊されてしまった。
武器の破片が飛び散る中、ラドゲイの残念がる顔が目に入る。
「お前が全力を出せる武器がそこらに落ちてるわけないだろ?」
ゼノは追撃を警戒して一旦大きく後退する。
だが、ラドゲイは詰めてくることなく泰然と立ったままだった。
シャラが「ゼノっ」とそばに駆け寄ってきた。
決していいとは言えない状況とあってか。
その顔からは不安を感じているのが見て取れた。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
そう言い聞かせながら、シャラを背にする。
そんなこちらの必死なさまを見てか。
ラドゲイが余裕の笑みを浮かべていた。
「懐かしいな。あのときもこんな感じだった。もっとも、こっちはいまと違って4人がかりだったけどな」
いまから約2年前。
こちらが《雷帝のクラーラ》として帝国相手に反抗を続け、ついに敗北したときのことを言っているのだろう。
相手は13輝将が4人。
なんとか1人は殺したが、残りの3人を相手に敗北を喫してしまった。あのときの光景はいまでもよく覚えている。なぜなら、そのあと――。
「このままお前を殺そうとすれば、今度はその女が庇って死んだりしてな」
ラドゲイが鼻で笑いながら何気なく放った言葉。
それは腹の奥底に溜まったどす黒い感情を一気に噴出させるには充分過ぎた。溢れ出る感情に身を任せるがままフェザリアを全開で発動する。
「ははっ、腑抜けちまったかと思ったが、まだそんな顔もできるんじゃねえか。いいねぇ、俺はお前のその顔が見たかったんだよ!」
ラドゲイの楽しげな声が響く。
まるで自分が負けると思っていない。
武器のあるなしなんて関係ない。
――この身を犠牲にしてでもあいつを殺してやる。
そう決死の覚悟で怒りを全身に行き届かせた、瞬間。
後ろから服の裾をぐいと引っ張られた。
振り向くと、シャラの真っ直ぐな目に見返された。
「あなたにはわたしがついています」
いましがた彼女の〝姉の死〟が語られたばかりだ。
にもかかわらず、その青い瞳に悲嘆はない。
それどころか何者にも屈しない強さを湛えていた。
「……シャラ」
不思議だ。
気づけば急速に怒りが静まっていた。
ゼノは長く息を吐きだす。
いまはラドゲイを殺すことが目的ではない。
仲間とともに逃げることが最優先だ。
「グリッグ、シギ! 動けるか!?」
「はい、なんとか動けマス……」
「……よ、余裕です」
2人がフラつきながらもこちらと合流する。
あとはどうこの場をどう切り抜けるかだ。
「おいおい、せっかくいいところだったのによ。そこの女、邪魔をしてんじゃ――」
ラドゲイが苛立ち混じりに声を荒げた、そのとき。
背後から騒がしい音が聞こえてきた。
いったい何事かと振り返る。
瞬間、思わず目を瞬いてしまう。
1機の輸送船が大通りを低空飛行で向かってきたのだ。
しかも速度はかなりのもの。
風圧で両脇の露店が無残なことになっている。
シャラが恐怖で顔を引きつらせる。
「こ、このままだと轢かれてしまいそうです……っ」
「ああ、避けろっ!」
ゼノは仲間とともに通りの端へと身を投げる。
ほぼ間を置かずして輸送船が突っ込んできた。
ただ、ラドゲイもお構いなしに突っ切るのかと思いきや、一気に減速。ちょうどこちらのそばに止まった。
「なんなんだよ、おい! 邪魔ばっか入ってきやがって……っ! おい、あの輸送船はどこのだ!? バナトリエのじゃなければ、さっさと破壊し――」
またもラドゲイの言葉が遮られた。
輸送船の下部から白い煙幕が大量に噴出。
瞬く間に辺りを覆い尽くしたのだ。
「もうっ、こんな騒ぎ起こして! 色々台無しじゃない!」
声の出所は輸送船の操縦席からだ。
煙幕越しにうっすらと映った姿には覚えがあった。
間違いない。
彼女は先ほど別れたばかりの情報屋――。
クァーナ・ビスキシュだ。
「乗って! 早く!」




