◆第六話『逃走劇』
後ろに控えていた3人のバナトリエ兵のうち、2人がすぐさま風銃を構える。
「こいつっ」
しかし、その銃口から風撃が放たれることはなかった。
1人にグリッグが深く腰を落とした状態で肉迫。
左腰に携えたカタナを抜くやいなや、目にも留まらぬ速さで刃を走らせ、敵をあっさりと沈黙させた。
あまりに速い攻撃だったからか。
ほんのわずかな間ではあるが、虚空に美しい緑色の軌跡が残っていた。
もう1人の敵もまた静かに倒されていた。
背後に立ったシギが、その喉に短剣をそわして仕留めたのだ。
もともと気配が薄いほうではあった。
だが、いましがたの動きは極限にまで薄まった状態で行われていた。
まさに一瞬の出来事だった。
2人はシュボスの帝国兵から奪った風翔石製の武器の中から、気に入ったものを携帯してきていた。雑に選んだように見えたが、どうやら思い違いだったようだ。
2人はそれぞれの得物を使いこなしている。
それも達人の域に達するほどに――。
先日の反乱時、ダナガ発着場を死者なく落とせたのは出来すぎだと思っていたが……グリッグとシギの力が大きかったことは間違いないだろう。
「う、うわぁああっ」
残ったバナトリエ兵――発着場で検閲をした1人が大通り側へ逃げようとしていた。ただ、慌てて動きだしたせいか、まろぶように四つんばいになっている。
ゼノはすぐさま追いつき、飛び乗って押し潰した。
短い呻き声を最後に、残ったバナトリエ兵が動かなくなる。
ひとまずこれで間近に迫った脅威は排除できた。
そう思いきや、路地先の大通りからこちらを覗き込むバナトリエ兵を見つけてしまった。バナトリエ兵は「暴徒が現れたぞ!」と叫びながら去っていく。
ゼノは思わず舌打ちしてしまう。
どうやら反抗された際の保険を打たれていたようだ。
「奴らが来る前にさっさとここから逃げるぞっ」
クァーナとの約束はあるが、いまは逃げるしかない。
べつの路地から南側発着場を目指してひた走る。
「みんな、悪い」
「……いえ、さっきのは仕方ないです」
「はい、恋人を守るのは男の役目デスカラ」
シギに続いてグリッグがそう擁護してくれる。
ただ、〝恋人〟という言葉のせいか。
シャラがこっそりと顔を赤くしていた。
偽りの設定のはずだが、どうやらまだ慣れないらしい。
「いたぞ!」
路地の先に回り込まれていた。
振り返ってみても、ぞろぞろとバナトリエ兵が向かってきている。
「こっそり発着場まで逃げ切る、なんてことはできそうにないデスネ」
「……敵を排除しつつ突っ切るほうが楽だ」
「シギに賛成だ。シャラ、そばを離れるなよ!」
「は、はいっ」
もとよりフェザリアさえ使えればそこらの敵に負けることはない。加えていまはグリッグやシギという手練が仲間にいる状態だ。
手こずることなく路地を突破。
大通りへと出て、中央広場をとおる形で南側へ下りはじめる。
飛び散る血や、飛び交う風撃もあってか。
大通りは来たときとは違って混乱の渦に包まれていた。
「空車輪が奪われてたらどうシマスカ?」
「……全部、どっかに移動させられてるかも」
駆けながらグリッグとシギが懸念を口にする。
空車輪がなければ島から脱出はできない。
だが、いまはほかに空を飛ぶ手段がある。
「シャラ、頼めるか!?」
「いやです! わたしはゼノ以外を乗せるつもりはありません!」
「……あ~、そうだった」
翼竜人は選んだ相手以外を決して乗せようとしない。
これはシャラの姉であるソフィアもそうだった。
「最悪、俺がこいつらを持ち上げる。それでいいだろ!?」
「……ら、雷帝に抱っこ」
「わたし、こう見えて重いデスヨ」
肌に触れることを嫌っていると考えたのだが――。
シャラは納得するどころか、さらに不機嫌になっていた。
「そういう問題ではないのです! 翼竜人にとって誰かを乗せることはとても特別で……その……っ」
シャラが言いよどんでいるうちに前方に南発着場が見えてきた。
空車輪は置いてある。
これならシャラに頼ることなく脱出できそうだ。
「……帝国兵っ!?」
シギの動揺した声が響く。
前方左右の路地から次々に黒い服を着た者たち――帝国兵が飛び出てきていた。
なぜ帝国兵が動いたのか。
ダナガやシュボスの存在に気づかれたのか。
疑問が頭を巡るが、答えを出す時間はなかった。
すでに2人の帝国兵が体と手にした剣を緑に光らせ、突っ込んできたのだ。
グリッグとシギが迎撃せんと飛びだした。
だが、どちらも1撃で仕留められずに甲高い音を響かせて刃を交える。
これが1対1の勝負なら問題はない。
だが、敵にはまだ仲間が控えている。
「下がれ!」
ゼノはフェザリアを発動し、一気に加速。グリッグ、シギと入れ替わる形で前に出た。最前線の敵2人から繰り出された攻撃を躱し、そのまま顔面を掴んで後頭部から地面に叩き落とす。
このまま突っ込んでくる敵から迎撃すれば切り抜けられる。そう思ったが、ほかの敵はこちらと一定の距離を保ちながら、包囲する陣形をとりはじめた。
無闇に攻撃を仕掛けてこない。
グリッグやシギとまともに撃ち合えていたこともそうだが、明らかにバナトリエ兵とは錬度が違う。シュボスにいた帝国兵とも比べ物にならない。
包囲陣形をとったおよそ20人の帝国兵が一斉に向かってくる。
個別に対応するのは難しい状況だ。
「お前ら、俺のそばに来い!」
仲間が指示に従って近くに来るやいなや、ゼノはフェザリアを収束させた掌を地面に押しつけた。直後、掌を中心に荒れ狂う稲光が周囲へと迸った。強烈な炸裂音を響かせ、それらは迫りくる帝国兵を瞬く間に沈黙させる。
「す、すさまじいデスネ」
「……ますますファンになってしまう。どうすれば……っ」
「ぼさっとするな! いまのうちに発着場まで行くぞ!」
感嘆するグリッグとシギにそう声をかけ、発着場に向かって再び駆けだす。が、ぞくりと悪寒を感じ、すぐさま仲間に止まるよう手で合図を出した。
「ったく面倒なことをしやがって。こんなとこで派手に暴れられると、俺たち帝国のせいにされちまうだろ」
少し先の路地から1人の男が気だるげに出てきた。
歳は30を少し過ぎた程度。
かきあげた髪に顎を覆う短めの髭。
隆々とした屈強な体つきが特徴的だ。
上質なマントを羽織り、ほかの帝国兵より格上であることが一目でわかる。また滲み出る存在感も別格だった。仮に幼い子どもが前にすれば泣き喚くどころか卒倒してしまうだろう。
ゼノは思わず全身を力ませてしまう。
「面倒な奴が出てきたな」
「知っているのですか?」
シャラがそう問いかけてきた。
ゼノは頷きつつ、小声で伝える。
「……帝国の13輝将、ラドゲイ・ベイザランドだ」




