◆第五話『情報屋のクァーナ』
現れたのは1人の女だった。
歳は20代前半。
背丈はシャラより少し高いぐらいか。
背にかかるほどの髪を後ろで結っている。
なにより特徴的なのは肩や太腿を大胆に露出した衣装だ。愛嬌のある顔立ちからも、男に言い寄られる日々を送っているのは間違いないだろう。
「ああ。……そっちは情報屋か?」
「こんな身なりだけど、一応ね」
彼女は自分の体を見下ろしたのち、くすりと笑った。
どうやら疑念を持っていたことに気づかれたようだ。
「たしかに、もっと柄の悪い奴が来ると思っていた」
「あはは、実際そんな感じの人のが多いかも。ま、職業柄やばそうな人を相手にしてるからね。例えばあなたたちみたいな?」
情報屋がグリッグとシギをちらりと見やる。
たしかに彼ら2人の外見はそこらの悪党より危険な香りを出している。彼女の言う〝やばそう〟に含まれてもおかしくはなかった。
「そんな風に見てるわりには軽く声をかけてきたな」
「金払いが良さそうな顔をしてたし、なにより女の子もいたからね」
今度はシャラのほうを見ながら、パチンと片目をつぶる情報屋。その垢抜けた空気と見た目もあいまって妙にさまになっていた。
対するシャラは慣れていない挨拶だったのか。
戸惑いつつ、こちらの背に隠れてしまった。
残念そうに苦笑する情報屋。
ただ、見た目ほど落ち込んでいなかったようだ。
さっと空気を切り替え、仕事の顔を向けてきた。
「それで欲しいのは?」
「食糧を大量に売ってくれる人間を探してる」
そう伝えつつ、小袋を手渡した。
情報屋に頼むと決めてから風翔石をわけて入れておいた。価値は、発着場の衛兵に払ったもののおよそ5倍だ。
小袋の中を見た情報屋が顔を綻ばせる。
が、すぐに訝るような目を向けてきた。
「……報酬のわりに簡単な内容ね」
「急ぎなんだ。引き合わせてくれれば追加でもう少し払う」
「当たりの依頼主ってことにしておくわ」
さすがに警戒はしているようだったが、少しの間を置いて情報屋は小袋をポーチにしまいこんだ。ひとまず話を受けてくれるようだ。
「量って言ってもどれぐらい?」
「約100人。2、3ヶ月分欲しい」
「……それはまた大量ね。でも、その規模となると、さすがに難しいんじゃないかな。この島の商人は、そっち方面を専門でやってる人いないし」
情報屋が途端に渋い顔をした。
「やはり難しいデスカ……」
「……どうする」
グリッグとシギが後ろで困ったように唸る。
ダナガもシュボスも土地が荒れているために農耕が厳しい環境だ。仮にできたとしても長い時を要する。ゆえに、いまはどうしても現物が必要なのだが……。
「もう少し少なくてもいい。どうにかならないか?」
次の手を考えるだけの猶予ができればいい。
こちらの切羽詰った顔を前にしてか。
情報屋が再び考える素振りをみせた。
「ん~、1か月分ぐらいなら心当たりはあるかも」
「本当か? それでも助かる」
「ただその人、気難しい人でね。用途を話して納得してもらわないとかも」
どう? と情報屋が窺うような目を向けてくる。
なにやら初対面のときから雰囲気が変わっていた。
情報屋から感じる〝探る〟という意思が強くなっている気がする。危ない話だとわかった時点で当然のことかもしれないが……逆に警戒の色は薄くなっていた。
本能が違和感を訴えている。
いずれにせよ、理由について話すわけにはいかなかった。
「悪いが、話せない」
「……そっか。ま、ダメもとで訊いてみるよ」
「いいのか?」
「それぐらいしても損はないぐらいもらっちゃってるからね」
情報屋がぱんぱんとポーチを叩いた。
多めに払ったかいがあったというわけだ。
「ってことで少し待っててくれる? って、そうだ。名前を訊いても?」
「……ヴィンスだ」
困ったときの偽名だ。
情報屋がなんともいえない顔を見せる。
「なんか似合わないかも。ちなみにあたしはクァーナ。クァーナ・ビスキシュよ」
交渉成立の意味も兼ねて、いまさらながら握手を交わした。
「それじゃ行ってくるわ。なるべく急ぐからっ」
人懐っこい笑みを残し、情報屋のクァーナが路地裏に消えていく。彼女の気配が完全になくなったとき、シャラがぼそりとこぼす。
「あの人、なにか隠しているような気がします」
「ま、隠してるのはこっちもだけどな」
帝国に反乱したことを指したつもりだった。
だが、グリッグとシギはべつのことを考えていたらしい。
「ヴィンス島のヴィンス……くっ」
「便利な名前デスネ」
やけにウケていた。
べつに彼らを喜ばせようとしているわけではないが、適当な名前としてほかに思い浮かぶものがなかった。おそらく今後も無意識に使うことになりそうだ。
「しかし、さっきの感じだと厳しそうだな」
「先の露店で買えるだけでも買っていきますか?」
「そうするしかないか」
帝国の目もある中だ。あまり派手な買いつけができないうえに輸送の手間もある。買えてもせいぜい2、3日分程度といったところだろう。できればしたくはなかった手段だが、こうなればしかたない。
「グリッグ、シギ。一旦、島に戻って事情を話してきてくれるか?」
「こちらで輸送船も用意する必要がありそうデスネ」
「ああ、2機ぐらい頼む」
そう指示を出した、直後。
「不正に上陸したというのはお前たちのことだな?」
通りに近い側から声が聞こえてきた。
見れば、風銃を持った3人の男が立っていた。
全員、発着場にいたバナトリエの衛兵と同じ制服だ。
「人違いじゃないか?」
「そんなはずはない。なにしろお前たちをとおした者がここにいるからな」
答えた衛兵が振り返ると、奥からさらにもう1人の衛兵が顔をみせた。
たしかに発着場で検閲をしてきた衛兵だ。
にやにやといやらしい笑みを浮かべている。
どうやらハメられたようだ。
「これでも商人をしててな。取引先を見つけにきた」
「そんな風には見えないな」
「……いくら払えばいい」
「持っているものすべてだ。それで見逃してやる」
これは話がまったく通じない相手だ。
ただ金をむしりとることしか考えていない。
「……こいつ」
「シギさん、落ちついてクダサイ」
いまにも襲いかかりそうなシギをグリッグが制する。
この衛兵たちが相手ならすぐにでも制圧できる。
だが、できれば荒事は避けたいというのが本音だ。
島には資金的な蓄えがある。
最悪の場合、いまの手持ちをすべて渡すことも考慮に入れるべきかもしれない。
「まさかここまで腐った島だったとはな」
「わたしのせいです。わたしがこの島が勧めたから……」
隣でシャラが悔いるようにこぼす。
瞬間、バナトリエ兵の1人が下卑た笑みを浮かべた。
その手をシャラに向かって伸ばしはじめる。
「もちろんわかっていると思うが、そこの女も――」
交渉が通じる相手ではない、と。
そうわかってからも、なんとか平和的に解決できないかと考えていた。だが、すべてがばからしくなった。
「ぐぁああああああああああッ」
ゼノは伸ばされたバナトリエ兵の腕を握り潰した。
その場で崩れ落ちた相手を見下ろしながら吐き捨てる。
「その下衆な手でこいつに触れるな」




