◆第三話『ヴィンス・ローランド』
帝国本土にほど近い島々は、いまだ騒然としていた。
おそらくコディンたちが引き連れてきた反乱兵と帝国兵によるものだろう。おかげで追撃もなく帝国領内を抜け、現在の第二空域を抜けることができた。
第一空域に入ると、遥か先に浮かぶ巨大な島を捉えた。島の基礎となる足場はほかとなにも変わらない。だが、地表から上はまるで別物だった。
透明な青色をした無骨な結晶があちこちから生えていたのだ。まるで防壁のごとく外縁を巡り、内側では尖塔のごとく天へと伸びている。中でも中心部には山を思わせるほど巨大なものが聳えていた。
世界の中心でありながら、果てと呼ばれる島──。
「あれが《空の果て》か……」
『……わたしたちが目指す場所』
青や赤、緑色を孕んだ薄い靄がまるでカーテンのごとく《空の果て》を包み、揺らいでいる。それがまた《空の果て》を神秘的なものとして昇華させているようだった。
一枚の絵として、まさに完成された光景だ。
しかし、いまは余計なものが映り込んでいた。
帝国のものと思われる2つの島だ。
おそらく、あれらの島を使って聖王国本土を攻め落としたのだろう。
と、なにやら手前の島が連結を外し、こちらに向かってきた。迎撃にでも来たのか。そう思ったが、地表に帝国兵の姿は見えない。いったいどういうことなのか。
「注意してください。なにか変です」
そうフレルダリアが警戒を促してきた、瞬間。
島の下部から極太の光線がこちらへと放たれた。
「シャラッ!」
とっさの反応ではあったが、回避に成功した。フレルダリアのほうもなんとか無事に済んだようだ。ただ、島から飛んでくる光線は1度で終わらなかった。こちらやフレルダリアを狙って幾度も放たれる。
「サクラが造った奴と同じかっ」
ダナガの中央施設に取り付けられたものよりは細く、射程も短いようだ。ただ、匹敵する威力を秘めているのは間違いない。
「一旦距離をとるぞ!」
フレルダリアと示し合わせて島から距離をとる。と、思わず目を見開いてしまった。光線を放たれた箇所を中心に、島を形成する土や岩がはがれていたのだ。いまもそれらはぽろぽろとはがれていき、ついには奥に潜む姿をあらわにした。
──両翼や背面に巨大な空車輪を幾つも取りつけた飛空船。
「なんだあれは……?」
「あんなものまで造っていたのですか……っ」
島に近い大きさを持っていることもそうだが、なにより驚くべきはその砲門の数だ。50どころではない。もしかすると100近いかもしれない。それらが全方位に向けて撃てるように配されている。
「あれだけの数をどうやって……」
「……おそらく幾つもの《流命核》を使っているのでしょう」
フレルダリアがわずかに怒りを滲ませながら言った。
サクラがダナガに取りつけたものより威力が弱いとはいえ、あの数だ。おそらく犠牲にした島は20は下らないだろう。
『ゼノ、あの中を突っ切るのは難しいです』
「だが、突っ切る以外に方法がないのも事実だ」
まさかあんなものを隠していたとは。
完全にしてやられた格好だ。
フレルダリアが青竜をそばまで寄せてくる。
「わたしが囮になります。その隙に」
「待て。あの威力じゃいくらあんたのアストラでも消しきれないだろ」
「それでも時間がありません」
──どうかお願いします。
無言ながら目でそう訴えかけられた。
彼女にとってなにより大事なのは聖王の安全。
こちらが断ったところで彼女は突っ込むだろう。
だが、だからといって見殺しにしていいわけではない。
……ほかに方法はないのか。
そう逡巡していたときだった。
視界の右端から、巨大な影が割り込んできた。
ごつごつの外縁に、ひと気のない荒野。
多くの風銃を配備し、いまやもっとも強固となったあの島は──。
「どうしてダナガがこんなところに……誰が乗ってる!?」
サクラ一味の独断だろうか。
見たところ障壁は展開していない。だが、防衛設備の風銃たちは機能し、いまもあちこちに風弾をばらまいている。おかげで取りつこうとする帝国の空車輪を水際で抑えている状態だ。
『……ヴィンスさんだけのようです。いま、交信術を繋ぎました』
「どういうつもりだ、あいつ。あんな目立つもので突っ込んだらいい的になるだけだ。いますぐに引き返すよう伝えろ!」
シャラにそう指示を出している間にもダナガの速度は落ちなかった。それどころか勢いを増したように突き進んでいる。そしてその進路を辿った先にあるのは帝国の巨大飛空船だ。
当然と言うべきか、巨大飛空船が接近するダナガを攻撃しはじめた。その無数の砲門から光線を発射し、ダナガを削りはじめる。ひとつひとつが削る量はそれほどでもないが、数が数だ。みるみるうちにダナガがやせ細っていく。
その光景を見ながらフレルダリアが険しい顔でこぼす。
「止まる気配がありませんね」
「シャラ! 返事はどうなってる!?」
そう急かしてみたところ、交信術の前触れを感じた。
一言も逃すまいと集中したが、すぐには届かなかった。やがて少しの間を置いて、ためらいがちなシャラの声が聞こえてくる。
『──なにか俺でも役に立てることがあるならと出てきたら、おあつらえ向きの敵がいるじゃないか。これは俺がやるしかないだろ──』
「おい、なにを言ってるんだ……」
『安心しろ。俺が道を作る、と。……すべてヴィンスさんの言葉です』
その瞬間、すべてを理解した。
ヴィンスはあの巨大飛空船にダナガをぶつけるつもりだ。
「シャラ、ダナガに寄せてくれ!」
気づけばそう指示を出していた。
まるで予想していたかのように素早い加速でシャラが翔けだす。
いまも視界の中では、ダナガは大量の光線にさらされている。勇ましかったその巨大な姿は、いまや肉をそがれたものとなってしまっていた。迎撃用に配された風銃たちも足場ごと抉れ、見るも無残な姿と化している。中央施設の姿ももうない。
「ヴィンス、引き返せッ! ヴィンスッ!」
『ゼノ、これ以上は──』
「ヴィーンスッ!」
光線の射程内に入ったからか、こちらにも幾つか飛んできた。シャラが回避しつつ、後退する。最中、ダナガが巨大飛空船に激突した。
皮肉にも削られて尖った外縁が、巨大飛空船の腹を突き破った形だ。接触してからも光線の発射は続いていたが、やがてすべてが停止した。一瞬の静けさが辺りを包み込んだ、そのとき──。
まるで世界全体を覆うのではないかと思うほどの光が巨大飛空船から迸った。行き場を失ったフェザリアの力が暴発でもしたのか。巨大飛空船が破裂し、巻き込む形でダナガをも粉砕した。
双方の破片がぱらぱらと散っていく。巨大飛空船の破片は地上へと落ち、ダナガの破片はそこかしこの空に浮いている。ただ、ダナガの《流明核》はどこにも見当たらない。ダナガという島が終わった瞬間だった。
『──ごめんな、ゼノ。でもって、ありがとよ……衝突の直前、そうヴィンスさんは言っていました』
シャラが、ヴィンスの残した言葉をそのまま伝えてくれる。
ダナガに囚われていた者たちを煽動し、帝国との戦いにいざなったことをヴィンスはずっと後悔していた。だが、彼はわかっていなかった。ともに戦った仲間の誰もが感謝こそすれ恨んでいないことを。
どこまで進んでも暗闇しかない奴隷島ダナガ。
そんな場所に一筋の光をさしてくれたのは紛れもなくヴィンスだ。
……英雄だなんて誰もが俺のことをもてはやす。だが、本当の英雄はあいつだ。
そう胸中でこぼしながら、ゼノはなにもない澄んだ天を見上げた。
「あなたの仲間の雄姿に敬意を。……わたしは先に行っています」
フレルダリアがそう静かにこぼしたのち、《空の果て》へと向かっていった。そんな彼女をよそにダナガの破片を見つめつづけていると、シャラから気遣うように声をかけられた。
『……ゼノ』
「わかってる。俺たちも行くぞ」
いまは進むしかない。
それが唯一、ヴィンスの覚悟に報いる方法だ。




