◆第ニ話『錯綜する思惑』
南要塞に連結された帝国の島は約30。
前回とそう変わらないが、処刑場である南要塞島に配された帝国兵の密集具合は異常だった。地上、空ともに大半が彼らの特徴色である黒で埋め尽くされている。
シャラによる高高度の飛行がなければ、この地に降り立つどころか接近すらできなかっただろう。
先の衝撃により処刑人は吹き飛んでいる。
断頭台も半壊し、ただちにデヘナに危険はないが、周囲は帝国兵で溢れている状態だ。依然として時間的な猶予はない。
ゼノは、砂埃が晴れた瞬間から即座に周囲の状況を把握。断頭台へと駆け出すが、早々に足を止めるハメになった。前方に2人の女が割り込んできたのだ。どちらも並の速さではない。交差する形で繰り出された敵の得物へと戦斧をぶち当てた。
「まさか本当に来るとは……どうやら聞いていた以上に無謀な人間のようですね」
「なんだよ、あたし好みのいいオトコじゃないか、ヒヒっ」
たとえ2人がかりとはいえ、こちらの攻撃は並の人間に止められる威力ではない。
事前に聞いていた情報からして、細身の長剣持ちがフィーネ・ミスフェレス。巨躯にハンマー持ちがイゴスで間違いないだろう。
どちらも実力者であることは明白だ。
しかし、いまは悠長に相手をしている暇はない。
「――どけ」
「「なっ」」
行く手を遮る2つの獲物を弾き飛ばし、ゼノは突き進む。が、すぐさま湾曲した刃物が迫ってきた。先よりも数段鋭い攻撃だ。間一髪で戦斧を割り込ませ、受け止めたものの、完全に駆けた勢いをそがれてしまった。
陽光を受けてきらりと煌めいた刃。その向こう側には長い黒髪を持つ者が映っていた。相手のことを知らなければ、きっと女と思っていたことは間違いない。それほどまでに美しい顔を持つ者だった。
「久しぶりだな、クラーラ」
「ヴェヘル……ッ」
大鎌を操る13輝将の1人。
そして過去、ソフィアを直接手にかけた男だ。
「構わずに殺れ!」
ヴェヘルの声に応じて断頭台のそばに1人の帝国兵――処刑人が立った。そのまま断頭台に拘束されたままのデヘナ・ベナの首を落とさんと剣を振り上げる。
このままではデヘナが殺されてしまう。急いで眼前の大鎌ごとヴェヘルを弾き飛ばすが、その間にイゴスとフィーネが体勢を整えて追いついてきた。
右方からイゴスによるハンマーの豪快な一撃が振り下ろされる。直前に地を蹴りなんとか回避したが、とおりすぎたそれはとてつもない轟音とともに大穴を地面に生み出していた。力自慢だとは聞いていたが、これは予想以上だ。
襲いくる衝撃波に全身がぐらつく中、左方からフィーネの長剣による突きが迫ってきた。派手さこそないものの、まるで放たれた矢のごとく鋭い一撃だ。戦斧を割り込ませようにも間に合わない。
「ちぃっ」
強引に身をよじり、連動する形で頭を動かした。こめかみのそばを突き抜けた敵の刃が髪の幾本かを裂いていく。死を間近にした独特の圧迫感が胸中を駆け巡る中、先ほど身をよじった反動を利用して戦斧を振り上げ、フィーネの剣を弾き上げた。そのままフィーネの後ろ首を左手で掴み、右方で攻撃による反動で硬直中のイゴスへとぶつける。
「きゃっ」「ふごっ」
異なる呻き声をもらし、2人の13輝将がもつれる形で転んだ。
辛うじてやり過ごせたものの、手こずってしまった。視界の中、処刑人の剣がすでに振り下ろされていた。
クァーナとサクラに、必ずデヘナを助けると約束した。
だが、このままではもう間に合わない。
ついに振り下ろされた刃がデヘナの首を切断せんと触れる――。
直前、甲高い衝突音が響き渡った。
いったいなにが起こったのか。
眼前の光景を即座に理解することはとうていできそうになかった。
処刑人が振り下ろした剣を遮る形で、べつの剣が差し込まれたのだ。その剣の持ち主は、ほかの帝国兵とは違う服――13輝将の服を着ている。
カナード・アルバス。
北西要塞島で一戦交えた13輝将だ。
彼は動揺する処刑人の剣を弾き飛ばすと、断頭台までも刻んで完全に破壊。デヘナを解放してみせた。
なにが起こっているのかはわからない。
だが、デヘナの命が助かったのは幸いだ。
この機を逃す手はない。
即座にデヘナのもとに駆け寄った。
かなり憔悴しているようだ。抱き上げた体からは、とても大商人とは思えないほどふくよかさが感じられなかった。処刑が決まって以来、まともに食事もできていないのだろう。
「おい、カナード……お前、自分がなにしたかわかってるよな……!?」
「……わたしは〝彼女〟のためなら、なんでもすると誓った。ただ、それだけのこと」
どうやら、ヴェヘルにとってもカナードの行動は想定外だったらしい。いまにも飛びかかりそうな勢いで怒り狂っている。相反して、カナードは無表情で淡々とした様子だ。
「心配しないでほしい、ヴェヘル。あなた方と戦うつもりはない」
「戦うつもりがないって……お前、ふざけてんのか!?」
よくわからない状況だが、周囲は混乱している。
逃げるなら、いまこのときを置いてほかはない。
「シャラッ!」
相手に実力者が多いことや陸上戦になることから、どうしても翼竜の巨体は足枷になってしまう。ゆえに、デヘナとの接触が完了するまで上空に控えてもらっていた。
呼びかけに応じて、帝国船が密集する空を翔け抜けてくる白銀の翼竜。そのまま勢いよく着陸すると、周囲を威嚇するように咆哮をあげた。あわせて巻き起こった突風のせいか、あるいは怯えてか。幾人かの帝国兵が不恰好に尻をついていた。
「少し手荒になるが、我慢してくれ」
ゼノはデヘナを左肩に担いだ格好でシャラの背に飛び乗った。直後、シャラが翼をはばたかせ、瞬く間に離陸をはじめた。流れるような離脱とあってか、13輝将に捕まることはなかった。下方から「くそが!」とヴェヘルの悪態が聞こえてくる。
「おい、カナード! お前の処分はあとだ! ――お前ら、撃て! 多少傷ついたところで生きていれば問題はない!」
ヴェヘルの声に応じて、帝国兵たちが風銃を撃ちはじめた。先ほどまでは青と黒ばかりだった空に、風銃による緑線が無数に引かれはじめる。
「絶対に奴を逃がすな! ここで仕留めるぞ!」




