◆第一話『処刑日』
南要塞を訪れたことは幾度かあった。
だが、いまや当時の面影はなく、ただの荒野と化していた。もっとも高い建物は、おそらくいまもこの身を拘束する断頭台だろう。
デヘナ・ベナは、己の処刑を待ちつづけていた。
正確な決行時間は本日の正午。
陽が中天に差しかかったところで行われる予定だ。
だが、この場に連れられ、断頭台に配されたのは数刻も前。ずっと首を預けながら両膝をついた格好をしていることもあり、体のあちこちが軋んでいた。
数日前からまともな食事もとっていない。おかげで全身の感覚はほとんど感じなくなっていた。ただ、どうてもいい声だけは聞こえてきていた。
「にしてもコディンとギュネアはなにしてんだ? あいつらも招集かかってんだろ」
13輝将の1人――ヴェヘル・ノルドナートが処刑に立ち会っていた。この身を拘束してからいまのいままで、ずっと監視役としてついている。おかげで逃走する隙はただの一度として生まれなかった。
「2人で逃避行でもしてんでしょ、ヒヒッ」
「……意外よね、あの2人がくっつくなんて。昔からいがみ合ってばかりだったのに」
下卑た笑い声と、相反して上品な話し声が聞こえてくる。
どちらもヴェヘル同様、今回の処刑に立ち会うことになった13輝将のものだ。
1人はイゴス。巨獣の異名に相応しく、人並み外れた大きな体躯を持つ女戦士だ。担いだ得物は、その体に似合った大きさのハンマーだ。並の人間が彼女のハンマーを受け止めようものなら、間違いなく骨ごと地面に押しつぶされることは間違いない。
もう1人はフィーネ・ミスフェレス。高身長ながら腰に届こうかというほど長い髪が特徴的な女だ。帝国貴族の中では、コディンのオーデュラッド家と並び立つほどの力を持つ、ミスフェレス家の現当主でもある。
年齢が30代後半とあってか、13輝将の中では比較的に落ちついた言動が多い。だが、その実、戦闘が始まれば狂ったように得物を振るという話も聞いている。子持ちながら戦場に出てくるのも、それが大きな理由だとも。
「なにか訊いてないのか? カナード」
この場を訪れた最後の13輝将の1人。
カナード・アルバスへとヴェヘルが問いかける。
だが、返事はいくら待っても聞こえてこなかった。
「んだよ、だんまりか? あ、わかったぜ。ギュネアをとられて拗ねてんだろ?」
「……わたしとギュネア殿はそのような関係ではない」
凛とした声がようやく聞こえてきた。
彼は後ろに立っているのか、いまはその姿が見えない。
だが、怒りや苛立ちを感じていることはありありと伝わってきた。
「そうよね。あなたはルピナにぞっこんだったみたいだし」
「そのルピナもゼノ・クラーラにとられちゃったんだよねぇ。ほんと可哀相ぉっ」
フィーネが憐れむように言うと、続けてイゴスが嘲笑するように声をあげた。さらに、その指よりも太い分厚い唇を艶かしく動かし、熱い視線をカナードのほうへと向けはじめる。
「なんだったらあたしが慰めてあげるわよぉ。あんた、見た目だけはいいしねぇ。良い子どもが生まれそうだわぁ」
野獣としか思えないイゴスが、いかにも純朴といったカナードを貪る。そんな光景を想像してか、フィーネが吐き気でも催したかのように顔を歪めていた。ヴェヘルも同様の反応を見せていたが、彼の口は我慢することなく毒を吐き出していた。
「ったく、汚ぇ想像させんじゃねぇよ」
「あ? それ誰のこと言ってんだい!? ヴェヘル!」
「お前のことだよ、イゴス」
侮辱され、その顔を怒りで塗りつぶすイゴス。すぐさまハンマーに手をかけるが、その首にはすでに刃が添えられていた。ヴェヘルの大鎌だ。
「やるなら買うぞ?」
「じょ、冗談に決まってるじゃない。あたしが悪かったから、さ。こいつを下げておくれよ……」
面白くなさそうに大鎌を引くヴェヘル。対して解放されたイゴスは安堵の息をつきつつ、人知れず「くそっ」と悪態をついていた。
2人の揉め事を見たことは幾度かあったが、いつもヴェヘルの一方的な勝利で終わっている。それほどまでに2人の力量差は圧倒的のようだった。
「ヴェヘル、もう少しで中天に差しかかるわ」
フィーネの報告を受け、ヴェヘルが遠くの空を見つめる。
「結局、ゼノ・クラーラの島は来なかったな」
「助ける価値もないって判断されたわけね」
「哀れだな」
揃って鼻で笑いながら同情の目を向けてくる。
その態度を不快には感じたが、現状を嘆くような感情はいっさい抱かなかった。
「……こっちが勝手にやっていただけだからね。当然の判断だよ」
むしろ救出のために危険を冒されるほうが、こちらとしてはやめてもらいたいところだ。ここでゼノ・クラーラたちが敗れるようなことがあれば、いままで積み上げてきたものがすべて無駄に終わるからだ。
「なにか最期に言い残すことはあるか?」
「そうだね……」
デヘナは精一杯口元に笑みを作りながら応じる。
「帝国の人間たちみんなに伝えてくれるかい。長い間、あたしに騙され続けてくれてありがとうってね」
「てめぇ……っ」
ヴェヘルは孤児ながら帝国の王ディメルに目をかけてもらったことで、いまの地位に上り詰めた。ゆえにディメルへの信奉は厚く、そしてそのディメルが治めるジグレール帝国への愛は異常なほど強い。そんな帝国全体を貶めるような発言とあってか、思いのほか心に刺さったようだ。
「もう待つ必要はない。やれ!」
頷いた処刑人が断頭台に手をかける。
すでに刃が落ちてきているのか、あるいはいまから落ちるのか。いずれにせよ、もう自分には未来がないのだということだけはわかっていた。
視界に映るのは、13輝将を始めとした多くの帝国兵たち。この身の最期を一目見んと興味に満ちた瞳を向けてきている。あんな者たちを見ながら最期を迎えたくはない。
そう思いながら、目を閉じようとしたとき。
聞こえてきたざわめきに、思わず困ったように笑ってしまった。
「……ああ、やっぱり来るんだね」
そんな男だと知っていたからこそ支援していた。
いずれ、この世界を正しいものにしてくれると信じて。
だが、いまに限っては余計なお世話としか思えなかった。
地鳴りのような音。幾つもの炸裂音。無数の砂を乗せて肌に吹きつける強い風。どれもがいまの最悪な体調には痛いほど響いたが、不思議と昂揚感を湧き立たされた。
晴れた砂埃の中から現れた1人の男が、こちらに向かって告げてくる。
「デヘナ・ベナ。あんたを迎えにきた」




