◆第三話『激翔の刃』
激しい風切り音が聞こえる中、風銃による緑線がそばを翔け抜けていく。南要塞から飛び立って以降、帝国による攻撃は未だシャラを掴まえることはできていない。
さすがの速度だが、いつもに比べれば回避のキレがなかった。あからさまに急な方向転換をなるべく使わないようにしているのだ。
――いつもどおりに飛んでくれ。
そう指示したいところだったが、強がるには難しい状況だった。いまもデヘナを左腕で抱えていることもあり、自由なのは右腕のみだからだ。
まともに攻撃もできず、自滅覚悟で進路を塞いでくる空車輪や輸送船を前に、ただ避けることしかできない状況が続いている。おかげでダナガまで真っ直ぐに飛ぶことができていない。
『……ゼノ、このままでは追いつかれます』
肩越しに振り返れば、3体の黒竜が映り込んだ。騎乗者はヴェヘルにイゴス、フィーネだ。どうやらカナードは追いかけてきていないようだが……3人が相手でも充分に命の危険がある。現状の動きにくさもあってなおさらだ。
序盤はすべてを躱しきっていた風銃による攻撃が、シャラに当たるようになってきた。障壁によって遮断できてはいるものの、かすかな衝撃がシャラの軌道をたしかに歪めていく。
そんな中、デヘナからなにかぼそぼそと声が聞こえてきた。周囲を飛び交う空車輪の駆動音や激しい風の音でよく聞こえなかったが、おそらく「もういい」と言っていた。
「……あたしのことは捨てていい。あんたたちだけならまだ逃げ切れるだろう」
「できない相談だ! あんたを必ず助ける……そう仲間と約束したからな!」
そう大声で返事をした、直後。シャラから『きます』と声が届いた。脳が揺れるほどの急速な方向転換が連続で繰り返される。と、3つの巨大な風撃が視界の端を翔け抜けていった。黒竜が吐き出したものだ。
「――その状態で我々から逃げられると思っているのですか?」
背後から冷たい声とともに迫りくる怖気。半ば反射的に体を前に倒すと、ひゅんっと鋭い音とともに頭上を銀閃が駆け抜けた。フィーネの剣がとおりすぎたのだ。
入れ替わるように上方からイゴスが「ヒァアアアアア!」と咆哮をあげながら突撃してくる。凄まじい気迫と圧だ。ただ体を動かしたところで避けられそうもない。
「シャラッ!」
こちらの声に応じてシャラが左方へとくるりと回転、イゴスの突撃を間一髪のところで躱してみせた。が、その回避先を呼んでいたとばかりに視界の中に銀の煌めきが弧を描く形で走った。こちらの首を刈り取る形でヴェヘルの大鎌が襲ってきている。
とっさに背から抜いた戦斧を割り込ませ、上方へとそらした。が、右手だけなうえ、充分な体勢ではなかったため、思い切りぐらついてしまう。脚に力を込め、半ばしがみつくような格好で空中に放り出されるのを免れた。
「さっさと捨てちまえよ! じゃないと、また繰り返すことになるぜ!? あのときの翼竜人みたいに、またお前の前で殺してやるぞッ!」
飛んでくるヴェヘルの声。
並の挑発であればいっさいの動揺もなく流すことはできる。だが、ことこの件に至っては、どうしても心が反応してしまった。そしてわずかに力んだ脚や手からか、シャラに伝わったようだ。
『ゼノ、気にする必要はありません』
「……ああ、わかってる」
まるでこちらの靄を吹き飛ばすようにシャラが力強くはばたいた。が、左右上下からヴェヘルたち13輝将による妨害を受け、勢いに乗れずに失速してしまう。
やはり問題は13輝将たちだ。あちこちから飛んでくる風銃による攻撃は、いまのところ脅威にはなっていない。シャラもそう判断し、風銃を避けるという行為をあまりとらなくなってきた。
「お前ら、そんな攻撃が意味ねぇってことぐらいわかってんだろ! だったら、なにをやるかわかってるよなぁッ!」
ヴェヘルの苛立った叫びから間もなく、帝国兵による風銃攻撃が止んだ。かと思うや、前方を飛んでいた空車輪や輸送船が隙間なく固り、一斉に突っ込んできた。どうみても自滅覚悟の突撃だ。
質量的にもシャラの障壁で防げるものではなく、即座に回避を選択した。直後、なにを思ったか、ほかの帝国兵たちが固まった空車輪を風銃で攻撃。四散させた。
押し寄せる大量の破片に障壁を破壊され、シャラがたまらずぐらついてしまった。視界の左半分を埋め尽くした黒煙の中から、勢いよく飛び出てくる1頭の黒竜と、冷徹な笑みを浮かべた大鎌を持った男。
「――そうだ、それでいい」
ヴェヘルという男の本質を忘れていた。単純な戦闘能力もほかの13輝将を上回るが、もっとも厄介なのは、その残忍なやり口だ。
「死ね、クラーラッ!」
みたび振られたヴェヘルの大鎌は、騎乗したまま避けられる軌道ではなかった。残された可能性はシャラによる回避だが、彼女は先の衝撃で体勢を崩し、即座に復帰できそうにない。
せめてシャラとデヘナだけでも救わなければと戦斧をぶつける。が、体勢不利なうえに片手とあって完全に押し負けた。巻き込むように脇腹や背から敵の刃がこちらの胴体を両断する――。
直前、ヴェヘルが慌てたように得物を引いて後退した。いったいなにをしているのか。そう思ったのも束の間、とてつもない速度でなにかが眼前を翔け抜けていった。
「この死に損ないがっ!」
ヴェヘルが吐き捨てるように叫ぶ。
その先を見れば、見たこともない飛空船が飛んでいた。
槍のように突き出した細身の前面。相反して幾本もの翼を従えるように膨らんだ後部。まるで鳥を思わせる流線型の形状をしたそれには、いたるところに大小様々な車輪がとりつけられていた。
操縦席と思しき場所にはサクラ。
その後ろにはクァーナが座っている。
そして甲板にも1人。
カタナを構えながら老人が立っていた。
「――シゲミツ・リュッテンバルト。主君の盟友たるデヘナ・ベナ殿救出のため、助太刀に参った!」




