◆第五話『忌まわしき記憶』
「連合国を急襲した13輝将が3人ってことは、あんたの付き人から聞いてる。知りたいのは、そいつらの詳細だ」
シゲミツの応急処置が終わるなり、ゼノはそう話を切り出した。
負けた戦いの記憶を掘り返すようなこととあってか、シゲミツの顔には影が落ちていた。だが、感情を振り切るように静かに息を吐いたのち、彼はおうように語りはじめる。
「3人とも覚えている。1人は、イゴスと名乗る女の戦士だ。巨獣と呼ばれているそうだが、その名に相応しい体格と膂力を持ち合わせていた。この老体の身で、あやつの攻撃をまともに受ければ間違いなく潰れていただろう」
怪力系の戦士は基本的に大振りが多いことから対処がしやすい。だが、勝負を決める〝一発〟を持っている。充分に警戒する必要があるだろう。
「もう1人はフィーネ・ミスフェレス。先のイゴスとは相反して流麗な剣を扱う戦士で、ひどくべっぴんだった」
「あ~……最後の上方は必要か?」
「その見目に惑わされぬように、との忠告だ」
シゲミツの厳格な顔は崩れていない。
真面目な顔で言われると冗談かどうかも判断がつきにくい。
「もちろん、姫の美しさに勝るものではないが」
「そこでどうしてボクを引き合いに出すんだよ! ていうか姫っ!?」
困惑しつつ、動揺をあらわにするサクラ。
シゲミツは相変わらず真剣な顔のまま答える。
「姫は姫でございます」
「い、意味がわからないんだけどっ。大体、ボクが姫って……柄じゃないよっ」
「いいんじゃないか、サクラ姫」
試しに冗談交じりに言ってみたところ、サクラから恨みがましい目を向けられた。「きみは味方だと思ってたのに……っ」とサクラが頬を膨らましたかと思うや、怒気を抜くように盛大に息を吐きだす。
「好きにすればいいよ。呼び名に関してはもう色々諦めてるし」
シゲミツはなんのことかわからず怪訝な顔をしていた。
ゲンゴロウやほかの一味連中から〝お頭〟と呼ばれているサクラを見てシゲミツがどんな反応を見せるのか、あとが楽しみだ。
「はい、この話はもう終わり。次、3人目のことを話して」
逃げるように次なる話へと催促するサクラ。
シゲミツは頷いたものの、すぐには口を開こうとしなかった。充分な間を置いたのち、まるで意を決するように話しはじめる。
「……ヴェヘル・ノルドナート。大鎌を巧みに操る男だった」
その名を聞いた途端、ゼノは思わず眉根を寄せてしまった。あわせて腹の底から噴出した感情が全身に熱を届けはじめる。そんなこちらの変化を感じ取ったのか、隣に立っていたサクラが不安げな顔で覗き込んできた。
「もしかして知ってるのかい?」
「ああ、昔にやりあった奴だ」
帝国13輝将の中において、あの男の名だけは絶対に忘れることはない。なぜならヴェヘルは、かつての相棒であるソフィアの命を奪った張本人だからだ。
「相当な手練だった」
「だろうな。奴はほかの13輝将とはモノが違う」
「きみがそこまで言うなんて、よほどの相手なんだろうね」
サクラがこわばった様子でそう言った。
実力はもちろんだが、コディン以上に狡猾な戦い方をする男だ。1対1であれば負ける気はしないが……相手は最低でも3人。さらに多くの13輝将が待ち受けている可能性がある。間違いなく、難しい戦いになるだろう。
「しかし、なぜ奴らのことを知りたがる?」
そんな問いかけとともに、シゲミツが細めた目を向けてきた。
「敵の情報はなんでも欲しいだろ」
「急いでいるように見受けられたが」
デヘナ・ベナを処刑から救出する作戦について、シゲミツにはまだ話していない。帝国が接近する機会だ。血気に満ちたいまのシゲミツに話すことは避けたいところだが、当日になればわかることだ。サクラと目線で頷きあったのち、話すことにした。
「あんたが眠ってる間に色々あってな。サクラの友人が帝国に囚われたんだ」
「なんと……」
「友人っていうか腐れ縁みたいな関係だけどね」
サクラが肩を竦めながらそう補足した。
「そいつを助けにいくことになったんだが、処刑の場所が南要塞とあっておそらく連合国を急襲した奴らが来るだろうと踏んでる」
南要塞を守護していた13輝将カフル・ダイラーは潰した。おそらくナタトリアも無事ではない。そんな状況とあって、位置的にもっとも近いヴェヘルたちが召集されている可能性は高いはずだ。
「なれば、このシゲミツを連れていってくだされ。姫の友人とあれば、ワシにも助ける理由がある」
いまにもベッドから飛び出さんとばかりに前かがみになるシゲミツ。その予想どおりの反応に、ゼノはため息をこぼさずにはいられなかった。
「こんなボロボロの体の奴を連れていくわけがないだろ」
「そうだよ。いまは安静にしてないと!」
「しかしっ」
「ひ、姫の言うことが聞けないのかなっ」
サクラが必要以上に大きな声をあげた。
慣れない言葉を使ったからか、その顔は面白いことになっている。
「顔、真っ赤だぞ」
「だろうね! いまも顔が熱くてたまらないよ!」
やけくそ気味に応じるサクラ。
しかし、彼女が恥をかいたかいがあったようだ。
シゲミツが渋々ながら身を引いてくれた。
「申し訳ありませぬ、姫。このシゲミツ。頭に血が昇ってしまい、危うく姫のお気遣いを無駄にしてしまうところでした」
「わかってくれたならいいよ」
ほっとしたように息をつくサクラ。
ただ、先の羞恥心はまだ消えていないようで耳や首もとまで赤みが残っていた。
「そもそも今回の目的はデヘナの救出で敵を倒すことじゃない。シゲミツ、あんたの望みが叶えられる場所は必ずやってくる。そのときのために、サクラが言ったようにいまは体を休めてくれ」
「……承知した。いまは刃を研ぐことだけに専念しよう」
そう口にしつつ、眼光を鋭くするシゲミツ。
戦闘には出なくとも、いまにも訓練しだしそうな気がしてならない。いずれにせよ、死んでも死ななさそうな老人だ。戦いに出ることを我慢してくれただけでもマシと思ったほうがいいかもしれない。
「サクラ、お前の周りは個性的な奴ばかりが集まるみたいだな」
「言わないでくれるかい。ボクもそう思ってたところなんだ」
あはは、とサクラが乾いた笑みとともに応じた。
シゲミツの意識は回復したものの、次なる戦いに変更はない。救出には1人で向かうことになる。ただ……。
――ヴェヘル・ノルドナート。
その名を聞いてから、全身に必要以上の力が入ってしまっていた。すべては連想されるようにして幾度も浮かび上がる光景――ソフィアの死が原因だ。
目的はデヘナの救出。
だが、あわよくば――。
そんな余計な考えを殺すように、ゼノは人知れず拳を強く握りしめた。




