◆第四話『剣聖の忠義』
「は、放せ! ワシは……ワシは行かねばならんのだ!」
「ダメです! 体中ケガだらけなんですから! 安静にしていただかないと――って、言ってるそばから傷口開いてるじゃないですか!」
シュボス中央塔2階の医務室前にて。
部屋から廊下に踏み出そうとする老人と、それを押さえる医師や看護師たちといった光景が繰り広げられていた。老人のほうは、先日重体で運び込まれてきたシゲミツ・リュッテンバルトだ。
「……なんかすごいことになってるね」
「とても目を冷ました直後とは思えないな」
ともに駆けつけたサクラとともに、ゼノは思わず困惑してしまった。
シゲミツのケガは、ほんの数日で治るような浅いものではなかった。その証拠に、いまも彼の体に巻きつけられた包帯が赤く滲んでいる。間違いなく無理に動いたせいだ。
「あ、ゼノさん! ちょうどいいところに! この人、言っても聞かなくて! なんとか止めてくださいっ!」
医師がこちらを見つけるなり懇願してきた。
彼にとって、シゲミツは見ず知らずの人間だ。
にもかかわらずここまで必死になるのは、やはり医師としての矜持だろう。
と、シゲミツがぴたりと動きを止めた。
いぶかるように目を細めたのち、こちらをじっと見てくる。
「……ゼノ? まさか貴公がリュイエス殿の言っていたゼノ・クラーラか」
「そうだ。剣聖――シゲミツ・リュッテンバルト」
シゲミツの目がさらに力を増しはじめる。
「なるほど。たしかに噂どおりの猛者のようだ」
言葉をそっくりそのまま返したかった。
感じる圧は、これまでに対峙したどんな人間よりも強い。おそらくルピナをも上回る。話には聞いていたが、まさかこれほどの戦士がまだ世界にいるとは思いもしなかった。
「ともあれ、都合がいい。この身を救ってくれたことには感謝している。だが、これ以上は不要。ワシは、いますぐにでもユーリ様の……ソラール王国の仇をとりに行かねばならんのだ……!」
「そんな体で行っても仇なんてとれるわけないだろ」
「主君と国を失ってもなお、この身はまだ動いている。これでは生き恥をさらしているようなもの」
1人で帝国に勝てないことは、今回で痛いほど理解できているはずだ。しかし、シゲミツは死を恐れることなく、再び帝国に刃を向けんとしている。……勇敢か、蛮勇か。いずれが正しいかは明白だ。
「もっと確率の高い方法で仇をとる手段があるにもかかわらず、それを捨てるのか? それじゃ忠義というより、ただ自分のために動いてるようなものだろ」
「うんうん、いまはケガを治して万全の状態で臨む。それが一番だとボクも思うよ」
続けて、サクラがにこやかに言った。
途端、シゲミツがきょとんとした。
やがて信じられないとばかりに、その目がどんどん開いていく。
「あ、あなたは……?」
「ん? ボクはサクラ。サクラ・ナナツガネ」
サクラがさらりと自己紹介をすませた。
その名が持つ意味を知っているのか、シゲミツの皺交じりのまぶたがさらに開いた。まるで真実かどうかを確かめるように、こちらに目線を向けてくる。
「初代ソラール王の妹。オウカ・ナナツガネの子孫らしいな」
「……リュイエス殿から聞いていましたが、そうですか……あなたさまが。ユーリ様に本当によく似ていらっしゃる」
シゲミツがその場で体を震えさせはじめた。
どんな感情を抱いているのかはわからないが、祖国とともに主君を殺された直後のことだ。きっと思うところが色々とあったのだろう。
ゼノは気になっていたことがあった。
「サクラ。さっきも気になったんだが、ユーリってのは?」
「いまのソラール王の娘さんだよ。ボクも直に会ったことはないんだけど……どうやらすごく似てたみたいだ」
幾代にも渡っているため、色々な血も混ざっているはずだ。きっと似ているとは、面影や雰囲気といったようなものだろう。
「とにかく、いまなら話を聞いてくれそうだね」
サクラが得意気な顔で前に出た。
いまも目を瞑ったままのシゲミツへと話しはじめる。
「さっき彼も言ってたように、いまは行くべきじゃない。それに知ってると思うけど、ボクたちは帝国と戦ってる身だ。仇を取るつもりなら、一緒に行動したほうがいいと思うんだけど、どうかな?」
シゲミツをあわよくばこちら側に引きこみたい。
その思惑はどうやらサクラにも伝わっていたようだ。
言い終えるなり、こちらに向かってウィンクをしてきた。
当のシゲミツはいまだ様々な想いを胸に抱いているようだ。「この出会いは神がもたらしたものか」と口にしながら天を仰いでいる。やがてゆっくりと目を開けたかと思うや、おもむろに片膝をついた。
「もとよりこの身は死んだも同然のもの。ソラール王家に連なるお方の力になれるのであれば、またそれがユーリ様の仇に繋がるのであれば、このシゲミツに断る理由などありませぬ」
サクラと出会うのは今回が初めてのはずだ。にもかかわらず、怖いぐらいにあっさりとシゲミツは受け入れてくれた。彼にとってソラール王家の血がいかに大きな意味を持つかがわかる。
シゲミツが顔を上げたのち、決意に満ちた目をサクラに向ける。
「このシゲミツ・リュッテンバルト。これより御君サクラ・ナナツガネ様の剣となり盾となり戦うことを誓います」
「あ、いや。シゲミツさん。ボクはべつに従えって言ってるわけじゃなくて」
「どうぞわたくしのことは、〝シゲミツ〟とお呼びください」
どうやら思っている以上に頑固な人のようだ。
助けてと言わんばかりにサクラから懇願の目を向けられた。
個人的には、ソラール王国を急襲した13輝将の詳細をなにより先に知りたいところだ。だが、いまはそれよりも重傷の老人に膝をつかせている状況をどうにかする必要があった。
「ともかくいまは部屋に戻って大人しく治療を受けてもらえるか? これ以上、血だらけの奴を放ったまま話すのはさすがに落ち着かない」
「ボ、ボクもそう思ってたところなんだよね! ってことだから、よろしく!」
「……承知、しました」
新たな主君であるサクラの一声もあってか。
血だらけの怪我人がようやく部屋に戻ってくれた。




