◆第三話『ダナガの地下施設』
「この短期間で随分と様変わりしてきたな」
帝国から伝えられたデヘナ処刑日より2日前。
ゼノは視察の名目でダナガを訪れていた。
「ボスクィルの人たちが手を貸してくれてるのもあるし、彼らの商船に色々と使えるものがあったからね。もうここ2、3日で一気に進んだよ」
そう得意気に語ってくれたのはサクラだ。
先の南要塞島との戦いにより地表のあちこちが抉れてはいるものの、以前より力強さや物々しさが増している。簡易ではあるが、配備された風銃を守るように幾つもの防壁が設けられていたのだ。
さらに防壁は増えるようで、いまもサクラ一味やボスクィル商会の者たちがせっせと働いている。……いつか帝国の要塞島を上回る鋼鉄の城が出来上がりそうだ。
「あ、そうそう。地下も少し広げたんだ。ちょっと見ていかないかい?」
そんな誘いに応じて、中央施設から続く階段を下りはじめる。これまで流命核への道はまるで坑道のように荒い造りだったが、いまや通路が舗装され、見違えるほど綺麗になっていた。
階段を下りた先、真正面に幅広の通路が続いている。位置的にもおそらく流命核までの道のりだろう。左右に目を向けると、いずれにも細い通路が続いていた。壁には扉が幾つも見える。以前まではなかったものだ。
「ダナガって戦場になることが多いから地上は危ないだろ。だから、ボクらの居住区は地下に造ることにしたんだ」
言いながら、サクラが一番近い部屋の扉を開けた。
中を覗いてみると、充分な空間が広がっていた。生活に最低限の家具も揃っている。ダナガという荒れ果てた島であっても、どうやら彼女たちは持ち前の技術で上手く暮らせているようだ。とはいえ、この発展具合には驚かざるを得ない。
「……いずれヒュレンみたいに広がっていきそうだな」
「あそこまでってなると、かなりの期間が必要になるけど、できれば挑戦したいところだね」
間違いなくヒュレン以上に広大で多機能な地下施設が生まれるに違いない。
と、サクラが静かに戸を閉めながら、「そういえば」と話を切り出してきた。
「クァーナさんに来るなって言ったんだって?」
「……聞いたのか」
「あの女の繋がりもあるしね。拗ねてたよー、彼女」
責める口振りながら、彼女の顔は冗談染みたように笑っていた。
「クァーナには悪いが、これが最善だ」
「女の子の悩みも聞いてあげるのが男ってものじゃないのかい?」
「それで死なれたらたまったもんじゃない」
「そりゃあね」
おどけるように肩を竦めるサクラ。
完全に他人事といったような態度だ。
「サクラはついてくるって言わないんだな」
「あいにくと戦闘はまったくできないからね」
「もし戦う力があったらついてこようとしたのか?」
そう問いかけると、サクラが「ん~」と唸りだした。
「どうだろなぁ。こう見えて臆病者なんだよね」
「……前回、最前線に立ってた奴のセリフじゃないな」
「あ~、それは自分が造ったものに囲まれてたからかな」
なんとも職人的な発言だ。
とはいえ、サクラが怯えているところをあまり想像できなかった。出会ってからというもの、動揺するさまは見たものの、怯えているところは見たことがない。いつも自信満々で飄々としている感じだ。
「信じられないってんなら証拠を見せてやろうか、クラーラの旦那」
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
振り向いた先に立っていたのは、半裸の男。
サクラ一味のゲンゴロウだ。
彼の不穏な発言を聞いてか、サクラが睨みつける。
「ゲンゴロウ……証拠って、お前いったいなに考えて――」
「いや、ちょうどさっき拾ったもんで」
ゲンゴロウがサクラの前に右手を持っていった。
その指先でつままれる格好でぶら下がっていたものを見た、瞬間。
「うぎゃぁあっ!」
サクラが喉を傷めそうな悲鳴とともに尻から転んだ。
「お頭は虫が大の苦手なんだ」
そう告げてくるゲンゴロウの顔は、使命を果たしたとばかりに得意気だった。ただ、その顔はすぐに終わりを迎える。彼の特徴でもある長い三つ網を、こっそりと裏に回り込んだサクラが思い切り引っ張ったのだ。
「こんの、ゲンゴロウ!」
「あいたっ、お頭、勘弁してくださいっ!」
「嫌いなのわかってて持ってくる奴があるか! このっ、このっ!」
「これはお頭のためを思ってしたことで、いぎっ」
地下には鬱屈とした印象が強いが、どうやらここはそんなものとは無縁のようだ。いつものごとく愉快なサクラたちを前に思わず笑みをこぼしてしまう。
と、頭に妙な圧迫感を覚えた。
これは交信術が届く直前に感じるものだ。
『ゼノ、いまいいですか?』
「シャラか。ああ、構わない。どうした?」
『つい先ほどのことなのですが――』
続けてシャラから告げられた内容を聞いた瞬間、ゼノは思わずまぶたを跳ね上げてしまった。〝あの様子〟からして、もう少し先になると思っていたからだ。
「わかった。すぐに行く」
「……なにかあったの?」
サクラがゲンゴロウを解放しつつ、そう問いかけてきた。こちらの真剣な顔を見て、なにか深刻な事態が起きたと思ったのだろう。
この件に関して彼女は無関係とは言えない。
加えていまはれっきとした仲間だ。
話さない理由はなかった。
「剣聖……シゲミツ・リュッテンバルトが目を覚ましたそうだ」




