◆第ニ話『クァーナの部屋』
――ちょっといいかな?
会議後のことだ。
クァーナにそう声をかけられ、彼女の部屋に招かれた。
彼女にはシュボス中央塔の4階に位置する部屋を与えていた。もともと位の高い仕官に与えられていたものらしく、2、3階に設けられた一般部屋よりもわずかに広い。
ただ、いまやクァーナによって彩られているからか。もとは軍人の部屋だったとは思えないほどに明るく、また匂いも女の甘いもので満たされていた。
「部屋に来てくれたってことは……今日はいいのかな?」
ベッドに腰を下ろすなり、クァーナが脚を組んだ。
健康的な太腿、さらに視線を上げれば待っているのは豊かな膨らみ。向けられた上目遣いも相まって、男としての欲をかき立てられるのは言うまでもない。
だが、彼女の目の奥に映る色は暗く沈んでいた。
表と裏の態度がひどく乖離しているのは明らかだ。
いまも誘惑してくる彼女をよそに、ゼノはそばの椅子に座った。
「相変わらずだな。けど、俺の前まで強がる必要はない」
「……逆、だけどね。ゼノの前だから強がりたいんだよ」
クァーナは困ったように笑うと、体勢を崩した。
先ほどまでの浮かれた表情を消したのち、静々と話しはじめる。
「ごめんね、あの人のこと……デヘナ様のこと黙ってて」
「その件については俺も納得していたし気にするな。それに話したらまずい相手だってことにも納得できたしな」
「それでも話しておくべきだったかもって」
「当然の対応だ。いまだって誰かに聞かれてるかもしれないしな」
「だったら困るかも。いまからゼノと愉しいことするつもりだし」
クァーナがベッドから立ち上がると、そばにやってきた。両腕を首に巻きつける格好で後ろから抱きついてくる。
「……もう、ゼノってほんと動じないからつまんない」
「そうでもない。いまも我慢するだけで精一杯だ」
彼女が持つ独特の甘い匂いや、いまも背に当たる柔らかな胸。首に触れる女性らしいしなやかな二の腕。どれもが魅力的だ。
「だったらいいのに」
「弱ってる奴に手を出すのは性に合わないだけだ」
「慰めるって言葉がこの世にあることをゼノには知ってもらいたいかも」
耳に息を吹きかけるように、甘い言葉を囁きかけてくる。2人きりになるなり、彼女が積極的に迫ってくるのはよくあることだ。ただ、今回に限っては少し過剰な気がした。きっとそれだけデヘナ処刑の件が衝撃的だったのだろう。
こちらに応じる気がないとわかったか。
クァーナがすっと離れると、対面の席についた。
少しだけ間を置いたのち、視線も合わさずに語りはじめる。
「前に話したよね。あたしがデヘナ様に拾われたって」
「ああ。親みたいな人なんだろ」
「……うん。たまに厳しかったりするけど、大抵のことは笑って許してくれて。最後には大体こう言うんだよね。あんたの好きにしなって」
懐かしむように語るクァーナの顔はとても穏やかで、とても幸せに満ちていた。幼い頃に両親を帝国に殺され、凄惨な過去を経た者とは思えないものだ。どれだけデヘナのことを慕っているかがありありと伝わってくる。
「あたしが《雷帝のクラーラ》の力になりたいってそう思えるぐらい立ち直れたのも、デヘナ様のおかげなんだよね。本当に……本当に返しても返しきれない恩があるの」
そう話すクァーナの目から強い光を感じた。
おかげで次になにを言おうとしているのかわかってしまった。
「救出にはあたしも行かせてほしい」
「足手まといだ」
すぐさまそう返した。
クァーナの顔がくしゃりと歪む。
彼女がなにかを口にする前に制する形で畳みかける。
「わざわざおびき出そうとしてくるぐらいだ。相手が俺を倒せる戦力を用意しているとみて間違いないだろう」
「だったらなおさらっ!」
「逃げるだけならなんとかなる。だが、守りながらだとそれもできない」
残酷ではある。
だが、こうするしかない。
「本当に助けたいのなら我慢しろ」
俯いて唇を噛みしめるクァーナ。
どうやら首肯をもらうことはできなさそうだ。
「……処刑が行われるのは南要塞だ。ここからじゃ遠いし、シャラだけで辿りつくのは難しい。だから、当日はダナガもある程度まで寄せるつもりだ。そこで待ってるのは構わない」
まるで睨むように訴えかけてきたかと思うや、自己嫌悪でもするように目線を落とすクァーナ。彼女の葛藤は痛いほど伝わってきている。だが、いまだけは我慢してもらうしかない。
「心配するな。お前の恩人は俺が必ず助け出す」
「……うん」
最後には頷いてくれたものの、それが偽りであることは明らかだった。
危うさを感じるものの、いまはどうすることもできない。
できるのは、注意して彼女を見守るだけだ。




