◆第一話『報いるために』
翌朝。
シュボス中央塔の指揮所に多くの者を集め、会議を行っていた。議題は『6日後に執り行われるデヘナ・ベナ処刑への対応について』だ。
「完全に罠だ」
第一に考えを口にしたのはルピナだった。
低く圧するようなその声は、場の空気を一瞬にして引き締める。
「こちらは6日あったとしても立て直すことはできない。対して帝国側にはそれが可能だ。いや、前回の南要塞以上の戦力を用意することだって可能だろう」
「わたしも反対です」
ルピナに続いて、そう声をあげたのはレイカだ。
「あえてこのような情報を渡すぐらいです。こちらに勝てる戦力、あるいは策を用意していると見て間違いないでしょう。そんな中にわざわざ突っ込むようなことは避けるべきです」
彼女たちの声に、会議に参加した多くの者が頷いている。実際、彼女たちの考えが彼我の戦力状況から見ても正しいことは間違いなかった。
また今回の件には、反対の材料として感情的な面もある。まるで見計らったようにそれをヴィンスが口にしはじめた。
「大体、帝国側の商人だぜ。俺たちに利するように動いてたっていっても、助ける義理があるのか? あっちだってこうなることを予測してなかったわけじゃないだろ」
「たしかに頭領――デヘナ様は、この未来を予測し、そして自らを切り捨てるよう我々に伝えておりました」
そう答えたのは、ボスクィル商会の人間だ。
ただ、デヘナの言葉を彼が納得していないことは苦々しい表情から容易に読み取れた。
デヘナ・ベナという人物とは顔を会わせたことも話したこともない。だが、彼の口振りから、その人物像は浮かび上がってくる。
そんなデヘナを慕う人間は彼らだけではなかった。
視界の端、俯きながら悔しげな顔を見せるクァーナが映っていた。
「あの人は……デヘナ様は恩人だから。あたしは1人でも行くつもり」
説得したところで考えが変わることはない。
そう思わされるほど彼女の目は決意に満ちている。
そんなクァーナほど態度に出していないものの、救出に一票を投じる者がいた。最近、仲間になったばかりのサクラだ。
「あ~、ボクもこの組織としては行くべきじゃないと思う。でも、個人的には行きたいかな。ムカつく女だけど、一応恩義はあるしね」
「サクラちゃん……っ」
いまにも泣きそうなクァーナに、サクラがわずかに照れた様子で微笑みかける。同じくデヘナを知る者とあってか、彼女たちの間にはなにか絆のようなものが生まれているようだ。
心温まる光景が繰り広げられてはいるものの、まだ会議は終わっていない。依然としてなにも決まっていない状態だ。必然的に、すべての視線がこちらに集まってきた。
まだなにか言いたげな者たちはいる。
だが、大方が先に挙げられた意見に収まるようだ。
ゼノは静観するのをやめ、口を開いた。
「改めて訊くが、ボスクィル商会は帝国側じゃないんだな?」
「帝国がいまの支配力を有するには我々商会の力がなくとも可能でした。ですが、そこを我々が担うことでわずかながらではありますが、抑制していました」
「……ボスクィル商会が実は帝国に敵対していた。この先、帝国が潰れたとしてそれを信じる奴はいると思うか?」
「いいえ。頭領も覚悟の上です」
完全に自己犠牲をもとに動いているようだ。
サクラ率いるナナツガネ商会を潰したことや、帝国の支配を遅らせたこと。それらが仮に真実だったとすれば、かなり打算的な人間だと思わざるを得ない。
そんな人間が果たして自らの商会の未来が奪われるような選択をするだろうか。……答えはわからないが、サクラやクァーナ、ボスクィル商会の話を聞く限り、いま持っている情報からデヘナ・ベナという人間を推し量らないほうがよさそうだ。
いずれにせよ、問題は最初から変わらない。
デヘナ救出がこちらの得になるのかという点だ。
「悪いが、現状、ダナガ全体で救出に動くことはできない」
そう告げた瞬間、クァーナが「そんな……っ」と絶望したような顔を見せた。傍らではサクラが悔しげに体を震わせている。彼女たちの反応も無理はないが、まだ話は終わっていない。
「――だが、仲間がデヘナに助けられたと言っている。俺も、この斧を用意してもらった恩義がある。もしこの斧がなければ、いまもこうして仲間たちと一緒にいるなんてことはできなかった」
一転して笑みをこぼすクァーナとサクラ。
相反してほかの者たちが動揺をあらわにさせた。
場が騒然としはじめる中、ヴィンスが荒々しく立ち上がる。
「おい、ゼノッ! まさかマジで行くってんじゃないだろうな!? たった1人の、それも会ったこともない人間を助けるために、いまの仲間を危険にさらすつもりか!?」
「……たしかに、救出に向かえばそれだけ仲間が危険にさらされるだろう。いまの疲弊した状況ならなおさら被害が大きくなることは間違いない。だから――」
ゼノはシャラと目を合わせたのち、ほか全員の顔を見回した。
「救出には俺とシャラだけで向かう」




