◆第三話『連合国の惨状』
ボスクィルの商船をシュボス外縁へと誘導し、着陸させた。敵ではないとサクラから説明されたものの、これまでずっと敵側に立っていた相手だ。体面的な理由から最低限の警戒の中、搭乗者が降りてくるのを迎えた。
商船から続々とボスクィル商会の人間と思しき者たちが降りてくる。全員が状況を理解しているようで両手を挙げた状態だ。ただ、その目に怯えはなく、ただ使命をまっとうせんとばかりに強い意志を宿している。
1人前に出てきた男が声を張り上げる。
「我らはボスクィル商会! 頭領であるデヘナ・ベナ様の命により、貴公らのもとに剣聖シゲミツ・リュッテンバルトをお連れした!」
ゼノは思わず耳を疑ってしまった。
周囲を取り囲むこちらの仲間たちもざわついている。
無理もない。ボスクィル商船が接触をはかってくるだけでなく、まったく繋がりを想像できないソラール王国の剣聖を連れてきたのだ。
商会の者たちはまだ商船の荷室を開けていない。
警戒しつつ、こちらの出方を窺っている様子だ。
「ゼノッ」
後ろからクァーナの声が聞こえてきた。
彼女は隣に来るなり、不安げな顔を向けてくる。
それだけでなにを言いたいかが見て取れた。
「サクラから聞いた。こいつらは〝あの人〟の部下なんだろ?」
「……うん」
クァーナがばつの悪そうな顔で頷いた。
きっと自分の口から言わなかったことを悔いているのだろう。
とはいえ、いまなら彼女が警戒して言わなかったのも充分に理解できる。それほどまでに少しでも情報が漏れれば、命が危うい場所に、あの人――デヘナは立っていた。
ゼノは仲間たちに風銃を下げるよう命じたのち、ボスクィル商会の人間に頷き返した。こちらが受け入れることを示したからか、ボスクィル商会の者たちが荷室を開けはじめる。
上方へと持ち上がった戸の先、見えたのは雑多な資材だ。一見すれば、ただの輸送船の中とも言えるが、よく見れば異質なものが混ざっていた。
寝転んだまま動かない、血だらけの老人だ。
彼のそばには赤基調の服を着た1人の青年が膝をついていた。
彼は陽光に誘われるようにこちらへと顔を向けると、まるで神にでもすがるかのように顔をくしゃりと歪ませた。
「どうか……どうかシゲミツ様をお救いください……っ」
◆◆◆◆◆
「最低限の止血はできていたようです。ただ、かなり衰弱しているようなので……」
シュボス中央塔の医務室にて。
ゼノはシャラとともにレイカからの報告を受けていた。
視界の中、寝台に初老の男が横たわっている。
歳は50代後半。体格は平均的な男に比べると低いほうか。顔のそこかしこに皺は見られるものの、ほかの肉体に関しては年齢に似つかわしくない力強さを持っている。白い髪に髭がなければ、もう少し若く見えたかもしれない。
この男が剣聖と謳われた、シゲミツ・リュッテンバルト。
鍛え抜かれた体から相当な手練であることは窺い知れる。だが、傷だらけで憔悴しきった姿とあって本当の彼の力まではわからない。
「連合国が落とされたときのことを教えてくれるか?」
付き添いの青年はシゲミツの従者らしかった。
彼はゆっくりとこちらに向き直り、こくりと頷く。
「……はい。といっても本当に一瞬のことでした。帝国は13輝将を3人。そしてこれまでにないほど多くの戦力を投入してきたのです」
青年が凄惨な記憶を思い出してか、怯えたように口をつぐんでしまった。
ただ、こちらも切羽詰まっている状況だ。
もう話さなくてもいいなんて優しい言葉をかける余裕はなかった。
わずかな沈黙の間を経て、青年が深呼吸をしたのち、ゆっくりと話を再開する。
「ただ、それだけであれば、こんなにも早く落とされることはありませんでした。間違いなく、あの狂人たちのせいです。あいつらさえいなければ……っ」
「狂人……風翔石を体に埋め込んだ人のことですか?」
シャラがそう問いかけると、青年が頷いた。
「……ゼノ」
「ああ、俺たちが南要塞で戦った相手と同じかもしれない」
しかも、青年は〝狂人たち〟と言っていた。仮にあれと同じ強さの兵が複数放たれたとすれば、いまのダナガでも持ちこたえるのは難しいだろう。
「ボスクィル商会とはどうやって接触した?」
「重傷によりシゲミツ様が後方の島々に運ばれたのですが、そこもすぐさま狂人に囲まれてしまって……もう逃げ場がなくなり、諦めかけたところであの方々が助けてくださったのです」
あまりにもタイミングがよすぎる。おそらくボスクィル商会は帝国の勝利を確信し、接触できる機会をずっと待っていたのだろう。
「リューキは?」
「……勇ましき最期でした」
「そうか」
交信玉越しでしか会話を交わしたことがなかった。
できれば直に話してみたかったが……どうやらもう叶わないようだ。
「レイカ、こいつらのことを頼めるか。可能な限り要求には応えてやってくれ」
「承知しました」
残念ながら合流はできなかったが、連合国は厳しい状況ながら共闘のために動いてくれた。そんな彼らを捨て置くことはできなかった。
「とにかくいまは休んでくれ」
「……お心遣い痛み入ります」
言いながら、青年が深々と頭を下げた。
彼も多くのものを失ったことは間違いないだろう。にもかかわらず、いまのいままで気をたしかにもっている。……大した忠義だ。
部屋の外に出ると、サクラに迎えられた。
中での話を聞いていたのだろうか。
困ったように笑うだけで彼女は口を開かない。
ただ、その目は話がしたいと願っていることだけは伝わってきた。




