◆第ニ話『接近する船』
「戻ったか、ゼノ。それでどうだった?」
「追ってきている気配はない。少なくともシャラの目で捉えられる距離にはいなかった」
いましがたゼノはシャラとともに哨戒から帰還。
シュボス中央塔の指揮所に戻ってきたところだった。
中央に置かれた会議の席につく。
ほかに座っているのはヴィンスにレイカ、ルピナといった馴染みの顔ぶれだ。
南要塞との衝突からすでに2日が経っていた。
あの戦争で各島々は大きな被害を受けた。とくにダナガやシュボス、フォルツィアット、グウェルといった陣形の外側に配置した戦闘特化の島の損耗は激しく、いまだ修復ができていない状況だ。
ヴィンスが背もたれによりかかりながら、大きく息を吐いた。
「とりあえず一安心ってところか」
「とはいえ、完全には安心できませんね……」
「ああ、なにしろ再び孤立した状況だからな」
レイカに続いてルピナが険しい顔でそうこぼした。
こちらが南要塞島と争っている間、連合国がべつの帝国戦力によって落とされた。
南要塞島と衝突したのも、もとは連合国と合流するため。つまり目的を失ったも同義。仲間の間に大きな衝撃が走ったのは言うまでもなかった。
「にしても限界が近かったとはいえ、これまでずっと耐えてきたんだろ。なんでこのタイミングで連合国は落とされたんだろうな」
「こっちが牽制に出てくれと頼んだことが影響したかもしれない」
ヴィンスの疑問に、ゼノはわずかな罪悪感を覚えつつ答えた。
だが、その答えはすぐさまルピナによって否定される。
「いや、多少の牽制で傾くほどの戦力差はなかった。おそらく連合国側の要でもあった剣聖が敗れたか。あるいは帝国側から新たに戦力が投入されたかのどちらかだろう」
敵はこちらを相手にしながら、連合国を攻め落とすだけの力を持っていた。帝国の戦力の多さは理解していたつもりだが……まだまだ甘かったようだ。
「連合国の近くには聖王国の庇護を受けた島もあったのですよね? たしか、その島のせいで帝国は攻めにくかったと聞いていましたが」
「その島の状況はわかりませんが……もし落とされていたとしても、あの聖王国ですから。大義名分があったとしても動くかどうか」
聖王国を巻き込めないか。
そんな思惑を感じさせるシャラの言葉に、レイカが難しい顔でそう見解を述べた。
聖王国の力は底知れないものがある。
だが、実際にその力を行使して戦争しているさまはまるで想像できなかった。
聖王セレス・ビアトルや、聖騎士フレルダリアと直に話したこともあり、その考えはより強くなっている。とはいえ、2人からは非情な一面も垣間見えた。仮に聖王国庇護下の島が落とされたとすれば、なんらかの動きを見せるかもしれない。
とはいえ、聖王国の反応を期待しているだけでは事は解決しない。
ゼノは会議に参加する仲間たちの顔を見回したのち、告げる。
「とにかく、いまの俺たちに必要なのは体勢を立て直すことだ。できれば避けたいところだが……いつでも戦闘ができるように警戒しつつ、各自復興に向けて動いてくれ」
◆◆◆◆◆
南要塞島との戦争前、サクラとある約束をしていた。
それは、クァーナやレイカたちの言う〝ある人〟を明かしてもらうことだ。そのため、ダナガを訪れたのだが……。
「一昨日からずっとあんな調子でな」
ゲンゴロウによって連れられた先の発着場にて。
目当ての人物――サクラが外縁に座り込んで空を眺めていた。いまや機能していない発着場とあって、ひと気もなく廃れている。そのせいか、サクラの背中からかもし出す物寂しさがより強く感じられた。
「やっぱり連合国……ソラール王国の壊滅が理由か?」
「あんま長居したりはしなかったが、俺らの故郷には変わりないからな」
そう語るゲンゴロウの目は遠くの空を見ていた。
きっと、いまや存在しないソラール王国をしのんでいるのだろう。
ゲンゴロウはこちらの肩を軽く叩いたのち、去っていった。まるであとは任せると言いたげだったが、べつにサクラを励ますために来たわけではない。
「隣、座るぞ」
「ああ、きみか」
断りをもらう前から勝手に隣に座った。
片足を立て、もう片方の足を投げ出した格好だ。
対してサクラは両脚ともぶらぶらと投げ出している。
小柄なこともあってか、子どものように見えてならない。だが、憂いを帯びた彼女の顔は、紛れもなく大人のそれだった。
「約束の件だよね」
「こんなときに悪いな」
「いいよ。それに、うじうじしてるのも性に合わないしね。遠慮なく絡んでくるきみをきっかけにそろそろ立ち上がるとするよ」
にかっと気持ちのいい笑みを向けてくるサクラ。
彼女の力はいまや欠かせないものとなっている。ゆえに立ち直ってもらうためにも、ソラール王国について話すかを悩んでいたが……その必要はなかったようだ。
「さて、どう話したものかな……」
サクラがうーんと唸りはじめた、瞬間。
頭の中にかすかな違和感を覚えた。
これはアストラの交信術が飛んでくる前の前兆だ。
「悪い、少し待ってくれ。連絡が入った」
そう断りを入れ、飛んでくる声に意識を向ける。
と、聞き慣れたシャラの声が頭の中に届いてきた。
『――帝国の船が1隻近づいてきています』
「1隻? ほかにはいないのか?」
『現状では確認できません』
南要塞島との戦闘で損耗しているとはいえ、もはやこちらは1隻だけで攻め落とせるような勢力ではない。敵はいったいなにを考えているのか。
「な、なんかあったのかい?」
サクラが隣から顔を覗き込む形で訊いてきた。
「帝国の船が1隻近づいてきているらしい」
「1隻だけって……またおかしな話だね」
「ああ。とにかく俺は戻って警戒に当たる。悪いな、サクラ。こっちから声をかけたってのに」
「気にする必要はないよ。べつにいまだけしか話せないってわけじゃ――」
そこまで言いかけたサクラが目を見開いた。
かと思うや、乾いた笑みを浮かべはじめる。
「はは……さっき悩んでたことがバカらしくなってくるね」
彼女の目はなにかを見ているようだった。釣られるようにして振り返ると、遥か先に1隻の船を見つけた。おそらくあれがシャラの言っていた船だろう。
「あれは帝国の船じゃなくてボスクィルのだから大丈夫だよ」
「いや、ボスクィルが帝国側だってことはお前も知って――」
最後まで言い切る必要がなくなった。
確信しきったサクラの顔から〝なぜ大丈夫なのか〟を理解できたからだ。
「……そういうことか。たしかに、とんだ大物だ」
「うん。クァーナやレイカ、ボクが言っていた〝あの人〟ってのは――」
サクラがすっくと立ち上がったのち、ゆっくりと接近してくる商船を見つめながらその名を口にした。
「ボスクィル商会の頭領、デヘナ・ベナだ」




