◆第一話『ボスクィル商会』
帝国本土と連結する商業島アイエル。
その中央部に領主として設けた屋敷の執務室にて。
デヘナ・ベナは部下からの報告を聞いていた。
「やはりナタトリア殿下が戦死なされたのは間違いないようです」
「……おかしいね。戦力じゃ圧倒していたはずだが……北西要塞組の被害は?」
「まだ把握できていない状況です。というより、オーデュラッド卿はいまだ本土に戻ってきていないようです」
コディンは、これで2度の敗北だ。
大失態で戻ることができないともとれるが……。
「可能な限りでいい。オーデュラッドの動向を追ってくれるかい」
「承知しました」
デヘナはため息をつきつつソファに背を預けた。
両腕も背もたれに置いて天井を見上げる。
「連合国の件といい、予想外なことばかりだね」
「そう、ですね。デヘナ様が予め〝対策〟を講じていなければ、取り返しがつかないところでした」
「ま、それも苦肉の策って感じだったけどね」
無事に彼へと届くだろうか。
いや、届いてくれなければならない。
「いずれにせよ、連合国が潰れたことで状況が一気に動く。ここからはもう時間との勝負だよ」
真剣な顔とともに部下へ告げた、そのとき。
扉が小突かれた。
「入りな」
そう命じると、部下の女が入ってきた。
彼女はわずかに高揚した様子で脇に古びた1冊の本を抱えている。その姿を見た途端、デヘナは思わず目を見開いてしまった。
「まさか見つかったのかい?」
「はい、ほんの一部ではありますが、白銀の翼竜についての記述を見つけました」
帝国本土や連結する島々が抱える書物の中から、白銀の翼竜に関する記述が書かれた本を探らせていた。もちろん〝公にされていないもの〟も含んでいる。
「……内容は?」
「白銀の翼竜が空の様子を見ては地上に戻る、というものです」
「地上に戻る……つまり白銀の翼竜が地上から来たということか……?」
人は地上に行くこともできなければ、雲で覆われているために確認することもできない。ましてや、地上から生物が来るなんてこともなかった。いや、本の記述が正しければ、白銀の翼竜以外が来ることはなかった、ということになるが……。
帝国の王ディメルは、すでに〝答え〟に行きついているのだろうか。
そんな疑問を抱いた、瞬間。
扉が荒々しく開けられ、多くの帝国兵が踏み入ってきた。瞬く間に包囲され、風銃を向けられる。
「なんだい? 人様の屋敷に勝手に上がり込んどいて随分な態度じゃないか」
「貴様こそよくこんな状況で落ちついていられるな。なあ、デヘナ・ベナ」
大鎌を担いだ長身の男が入ってきた。
切り揃えられた前髪に、腰まである長い黒髪が特徴的な男だ。顔のほうは女だと言われても信じられるほど美しいものを持っている。ただ、醜悪に歪んでいるせいですべてが台無しとなっている。
彼はヴェヘル・ノルドナート。
13輝将の1人だ。
連合国に講じた〝策〟がバレたのか。
――いや、それにしては早すぎる。
顔に動揺は出していないつもりだった。
だが、そんな対応すら愉しむようにヴェヘルがにやりと笑う。
「よく聞け、陛下からのお言葉だ。〝世界の心理を追い求め、我が領内を嗅ぎまわっていたことは許そう。だが、反帝国の動きは許さない〟」
13輝将が出向いたことで、こちらに反論の余地は残されていない。いや、そもそも反論できることなどひとつもなかった。なぜなら、すべてが事実だからだ。
「殺せと言われていたにもかかわらず、アストス島にナナツガネを匿っていたそうだな。また各所で反抗組織と繋がっていたことが幾度か確認されている」
「……それで、あたしをどうする気だい?」
あいにくと戦闘は得意ではない。ましてや13輝将を相手に逃げるなんてことはできはしない。抵抗するだけ無駄だ。デヘナは肩を竦めつつ、ソファにどかっと座った。
「心配するな。我らが王は寛大だ」
ヴェヘルは大鎌の刃を舌でねっとりと舐めたのち、言葉を継いだ。
「――貴様の処刑が決まった」




